第4話 幸せになるために
魔女だというだけで、火あぶりにされそうになった恐怖は、何百年たってもおぼえています。
──わたしは、生きてはいけない存在なのだろうか。
生きる意味も見いだせないまま、日本へ逃れてきた魔女は、長崎の出島に引きこもりました。
そこなら、魔女も安心できたからです。
男性ばかりが死にいたるはやり病を『治す』代わりに、魔女たちは保護されました。
鎖国は、そんな彼女たちを異国から守るための政策だったともいわれています。
時代はながれ、時は大正。
文明開化によって様がわりする街並みのなか、蒼い瞳をした魔女が出歩いても、そう不思議がられることはなくなりました。
けれど魔女は、祖国にもどりたいとは思いませんでした。
病を治して感謝されても、どうしたってじぶんは魔女なのです。人には、なれないのです。
孤独な日々に、とうとう疲れ果ててしまいました。
『生きること』と『ただ息をすること』は、まったくの別物なのです。
「……ばかだよね」
だれかの声が、くぐもってきこえます。
ここは地獄でしょうか。
業火に
「……魔女さんの、ばか」
声がきこえます。
聞きおぼえのあるこれは、閻魔さまなんかではありません。
「僕を置いて死のうとするなんて、ほんっとうにばか!」
黒い瞳からぼろぼろと涙をながす、青年のものです。
ぼんやりと視界に、見慣れた自宅の景色が映り込みました。
そこでようやく、魔女は覚醒するのです。
「起きちゃだめ、じっとしてて!」
飛び起きたそばから、
いったい、なにが起きているの。
わたし、どうして。
混乱する魔女を目にして、涙をながす壱が、口をひらきます。
「魔女さんが僕を『治した』んだよね」
「そうやって怪我や病気を『吸い取る』のが、魔女の魔法だから」
「でも、『限界』をこえたら、死んでしまう」
「魔女協会の会長さんから、きいたよ」
壱はすべてを知ったようでした。
あの雨の日、お茶屋を逃げ出す際に女将から受けた
その傷を『吸い取った』反動で、魔女は声が出なくなってしまったこと。
それでも、魔女が死にきれずにいたこと。
魔女が、死にたがっていたことを。
「魔女さんは、じぶんでは死ねないんだよね?」
「でも、怪我や病気をたくさん『吸い取る』か、他人に心臓を刺されたら死ねるってきいた」
「僕に、殺させようとは思わなかったの?」
それはいけません。
そんなことをしたら、壱が傷ついてしまいますから。
「そうだよね。魔女さんは、そういうひとなんだよ」
どういう、ひとなのでしょうか。
「ねぇおぼえてる? 僕がここにきたばかりのこと。魔女さんに反抗ばっかりしてた」
「そうしたら、ビードロをくれたよね。ヘンテコな音で、おかしくなっちゃって」
「いつの間にか、ほっとしちゃってた」
「そうやってさ、宝物みたいにたいせつにしてたものをくれたの」
「そういう、やさしすぎるくらいやさしいあなたを、好きにならないわけがない」
そういえば、壱は言っていました。
──あなたは僕にとって、特別なひとだよ、と。
「なんにも知らなくて、ごめんね」
「つらい思いをしてたのに、気づいてあげられなくて、ごめんね」
「でも、もっとごめん。僕は魔女さんを、死なせてあげられない」
「ごめんね、恨んでいいよ。それでも僕は、魔女さんが好き、大好き」
「僕を育ててくれて、いっぱい愛情をくれて、ありがとう」
嗚呼。
雨に濡れて、おびえていた子猫のような少年は、いつの間に、こんなに大きくなったのでしょう。
立派に成長してゆくすがたを毎日見守っていたはずなのに、いまさらになって思い知るなんて。
「おねがい、魔女さん。いっしょに生きてよ。おじいちゃんになっても、そばにいたいよ」
『あなたが必要だ』と、壱は言うのです。
それは、何百年と生きてきた魔女が、欲してやまない言葉でした。
魔女だから。
親に捨てられたから。
不幸に生まれたから、不幸なんでしょうか?
いいえ。
「これからふたりで、幸せをつくっていこうよ」
未来は、つむいでゆけるのです。
ほかのだれでもない、じぶんたちの手で。
それに気づいてしまったから、ほら。
死にたいなんて、言えなくなってしまったではないですか。
「魔女さん、大好き」
まばゆいえがおで、とどめのひと言でした。
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