2
「今日はノートチェックをします。授業が終わったら、みんな教卓にノートを出しにきてください。英語係の人はクラス全員分のノートがあるか確認して、放課後までに先生のところに持ってきてください」
授業終了の挨拶をしたあと、英語の先生がクラス全員の顔を見渡すようにして声を張り上げた。先生が教室を出て行くと、クラスメート達が教卓の上にそれぞれのノートを積み上げていく。
今年の英語の先生は生徒にはっきりと具体的な指示を出してくれるから、英語係の仕事も楽だ。
六時間目の授業が始まるまでに、ノートは教卓の上に集まっていて。わたしはそれを自分の席に運ぶと、冊数を数えた。
うちのクラスは、全部で三十人。だけど数えてみると、集まったノートは二十九冊。一冊足りない。
ノートを出席番号順に並べ直してもう一度数えてみたけど、手元にあるのはやっぱり二十九冊。ノートを提出していないのは、出席番号三十番の高見くんだ。
左斜め前の席にちらっと視線を向けると高見くんは起きていて、頬杖をつきながら、ぼーっと窓のほうを見ている。
気付いてないみたいだし。声かけてあげたほうがいいよね……。
席から立ち上がると、わたしは少しドキドキしながら高見くんに近付いた。
「あの、高見くん」
斜め後ろから遠慮がちに声をかけると、高見くんが驚いたように振り返る。
「英語のノート、高見くんだけまだ出てないみたいなんだけど……」
真ん丸な目をしてわたしを見上げてくる高見くんにそう言うと、彼が「ああ」と頷いた。
「わざわざありがとう。でも、おれ、授業中ほとんど寝ててまともにノートとってないから。出しても意味ないだろうし、別にいいよ」
そう答えた高見くんの話し方は、なんとなく投げやりに聞こえた。
「わたしのでよかったら写す? まだ二学期が始まって二週間だから、写す分量もそんなに多くないし。ノートは放課後までに持っていけば間に合うから」
「いや、でも……」
わたしは自分の机から英語のノートをとってくると、戸惑っている様子の高見くんに渡した。
「これ、使って」
わたしにノートを押し付けられた高見くんが、表紙をじっと見つめる。それから、おもむろに口を開いた。
「きららって、下の名前じゃなかったんだ」
「え?」
「あんた、いつも女子達にきららって呼ばれてるだろ。名前だと思ってたけど、名字がきららだったんだな。珍しいね」
高見くんがノートの表紙の下のほうを指差す。
雲母
高見くんのことは、わたしが一方的に気にかけているだけだと思っていたのに。転校してきてまだ二週間足らずの彼に、認識してもらえていたことが嬉しい。
「うん。ほとんどの人がまず
つい調子にのって自分のあだ名の由来を語ったら、高見くんから「ふーん、そうなんだ」というそっけない反応が返ってきた。
高見くんに認識はされていたけど、どうやらわたしは、彼に興味を持ってもらえていたわけではないらしい。少しがっかりしたけど、あまりしつこくして嫌われたくない。
「ノート、放課後までにわたしのところに持ってきてね」
そう伝えると、わたしは高見くんのそばを離れた。
***
六時間目。いつもは授業が始まってから五分で寝てしまう高見くんが、めずらしく起きていた。
だけど真面目に数学の授業を聞いているわけではなく、わたしが貸してあげた英語のノートを写している。
これまで斜め後ろの席から高見くんの寝顔や眠たそうな横顔ばかり見てきたから、真剣な眼差しで机に向かう彼の姿が新鮮だ。
授業を聞きながらこっそり様子を窺っていると、しばらくしてシャーペンを置いた高見くんが両腕を前に突き出して伸びをする。
ノート、写し終えたのかな。
そう思った瞬間、高見くんの上半身がパタンと脱力するように机に倒れた。横向きに伏せた高見くんは、なんだかウトウトと眠そうにしている。
ノートを写すだけで、体力消耗しちゃったのかな。
そう思ったらおかしくて、少しだけ口元がニヤけてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます