そんなの、全部。

月ヶ瀬 杏

「ねえ、きらら。一組に来た転校生の顔見た?」

「今廊下ですれ違ったんだけど、すっごいイケメン!」


 中二の二学期が始まって二週間が過ぎた頃。昼休みにふたりで連れ立ってトイレに行っていたユキノとマイが、教室に戻ってくるなり、わたしの前で騒ぎ始めた。


「里見くんって言うんだって。背が高くて、笑顔がめっちゃ爽やかだった」

「一組の男子たちと一緒にいたけど、里見くんだけが飛び抜けてかっこよかったよね。絶対モテるし、前の学校でもモテてたよ」

「前の学校でカノジョとかいたのかなー」


 興奮気味に二年一組のイケメン転校生について語るユキノとマイのテンションは高い。


「うちのクラスに転入して来たのが里見くんだったら良かったのに」

「ほんとだよ。里見くんと一字違いなのに、高見はほんとに期待外れだったよね」

「だよね。クラスに馴染む気なさそうだし、陰キャだし」


 ユキノとマイが、大きな声で遠慮なく高見くんの悪口を言う。


 わたしの斜め左前の席に座る高見くんは、机に伏せて寝ているふうだったけど……。わたしはユキノたちの悪口が彼の耳に届いていやしないかと、気が気じゃなかった。


 そんなところへ、「きららもそう思うでしょ?」とユキノから同意を求められて、返答に困る。


 わたしが明言を避けてハハッと笑うと、ユキノとマイは特に気にする様子もなく、また一組のイケメン転校生の話題で盛り上がり始めた。ふたりの話を聞きながら、わたしは斜め前の席で背中を丸めている高見くんにさりげなく視線を向ける。


 ユキノ達に陰キャで期待外れだと酷評された高見たかみ佑一ゆういちは、二学期初日にわたし達のクラスに入ってきた転校生だ。


 クラスメートたちの前でうつむきがちにボソボソと無愛想な自己紹介をした高見くんは決して好印象ではなかったし、明るくも爽やかでもなかった。


 転校して来た初日はクラスの中でも社交的な男子数人が高見くんに話しかけていたけれど、人見知りな性格なのか、誰が話しかけても反応が薄くて。三日目には、誰も高見くんに近付かなくなった。


 転校生というのはたいてい、しばらくの間チヤホヤされるものだけど、高見くんの場合はかなり早い段階でクラスメート達からの興味と関心を失った。


 だけどわたしは、ユキノやマイのように高見くんが「期待外れ」だとは思わない。


 転校生というものに対して勝手な理想や期待を抱いていたのはユキノ達で、高見くんにはなんの責任もないのだから。そう思うのは、わたしも小学生のときに「期待外れ」というレッテルを貼られた転校生だったからかもしれない。


 わたしが今住んでいる街に引っ越してきたのは、小学四年生のとき。人見知りな性格のわたしは、転校初日に一斉に群がってきたクラスメート達に対してにこやかな対応ができなかった。何を訊ねられてもうまく答えられず、赤くなってうつむくばかりのわたしに、クラスメート達はすぐに興味を持たなくなった。


 無口でつまらない子。


 クラスメート達――、特にクラスの中心グループの女の子達にそう思われてしまったことは明らかで。数ヶ月後にクラスの中でもおとなしい女の子達のグループに入れてもらうまで、わたしは教室でずっとひとりぼっちだった。


 中学生になってからは昔ほど極度な人見知りではなくなったし、知らない子に話しかけられても赤面せずに返事ができるくらいのコミュ力は身に付いた。友達も、多いわけではないがそれなりにいる。


 それでも、高見くんみたいに転校してきたあともクラスでずっとひとりでいる子を見ると、小学生のときの自分を思い出して苦しくなる。気になって、つい視線で追いかけてしまう。


 ユキノやマイの話を聞いているうちに、昼休みが終わって五時間目の授業の予鈴が鳴る。


 バラバラと教室に戻ってきたクラスメート達が席に着いて、五時間目を担当する英語の先生が入ってくると、昼休みの間ずっと机に伏せていた高見くんが急にむくっと起き上がった。


 腕におでこを押し付けていたからか、前髪の一部分に寝癖がついて、上向に立っている。ゴシゴシと目を擦っている高見くんの横顔は少し眠そうだ。


 英語の授業はいつも先生の英語の挨拶と生徒達への簡単な質疑応答で始まり、そのあとで本格的に授業に入る。先生が教科書を開いて英語の文法説明を始める頃、高見くんは机に頬杖をついてウトウトとしていた。カクン、カクンと何度か揺れたあと、高見くんの頭がコテンと机にくっつく。


 昼休みもずっと寝ていたのに、高見くんはまだ眠いらしい。


 斜め後ろに座るわたしの席から、横向きに机に伏せた高見くんの寝顔が見えている。うっすらと口を開いた寝顔が小さな子どもみたいで、授業中にも関わらず、思わずクスッと笑ってしまった。


 転校初日の高見くんの第一印象は、真面目でおとなしそうな子という感じだったけど。実際の高見くんは意外にも不真面目で、休み時間だけでなく授業中もほとんど寝ている。


 一日の中で高見くんが起きているのは、基本的に授業の初めの五分間と終わりの五分間だけ。


 どの教科のときも授業が始まって五分くらいでウトウトとし始め、授業の中盤では完全に教科書とノートを広げた机の上に伏せてしまい、授業が終わる五分くらい前に、まるでアラームでもかけてたみたいにビクッと肩を揺らして起き上がる。


 先生やクラスメート達は高見くんの授業態度を全く気に留めていないけど、斜め後ろの席からこっそりと高見くんの様子を観察しているわたしだけはそのことに気付いている。


 気持ち良さそうにスヤスヤ寝ている高見くんのことを眺めながら授業を受けていると、わたしもときどき、つられて眠くなる。でも英語の教科係をしているわたしは、英語の授業だけはうっかり気を抜けない。


 先生の授業を真面目に聞いて、黒板に書かれた英文や文法の説明をノートに写していると、斜め前の席で高見くんがむくっと起き上がった。


 黒板の上の掛け時計を見ると、ちょうど五時間目の授業が終わる五分前。高見くんは今回も、時間きっかりに目を覚ました。


 口元に手をあてて、ふわーっと眠たそうに欠伸した高見くんは、黒板のほうをぼんやりと見つめて残り五分の授業を気怠そうに聞いている。その横顔を眺めているうちに、授業終了のチャイムが鳴った。


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