彼女が秘密結社の幹部だった場合

数多 玲

プロローグ

 夕食を終え、終電も近い時間。

 彼女とのデートも今日で3回目ということで、そろそろ次のステップに進みたいと思っている。

 今どきのデートというものは、果たして何回目に次に進むのが正解なのかが非常に気になるところである。

 地域の違いもあるのだろうか……などと考えていると、彼女の方から「ごめん、この後用事があるから」と言って帰ってしまった。

 彼女に限って浮気ということはないと思うのだが、仮にも付き合っている身としてはとても心配になる。

 「今私が入っているサークル、夜中に打ち合わせがあることが多くてさー」

 というのは彼女の弁だが、こんな終電ギリギリの夜中に打ち合わせをするサークルが果たしてあるのだろうかと思う。

 全くないとは言い切れないだろうが、正直なところあまり常識的なものとは考えにくい。何か僕に言えない秘密でもあるのだろうか、と勘繰ってしまうのも不自然ではないように思うのだが。


 「うーん、そりゃ彼氏としては心配になるわな」

 そう言うのは、幼稚園のころから付き合いのある腐れ縁の親友だ。

 仕方がないのでデートの後飲み直しもかねて相談してみた。

 「でも解せないんだよな。ホントにお前に言えない何かがあるなら、単に門限があるから、とでも言えばいい話だ」

 なるほど。

 「それを敢えて打ち合わせと言うからには、お前に嘘はつきたくないという気持ちが働いているからだとも言えるわけで、本当に夜にしか集まれない連中と打ち合わせをしているという線はある」

 それにしても、そこに男が混じっているとすれば彼氏としては許容しがたいな、とも続ける。

 「自分以外は全員男だって言ってた」

 僕が知りえた情報を補足すると、親友もさすがにむむぅ、と唸った。

 「……ほらアレだ、わざわざ男の存在もオープンにするということはだな、逆にやましいこともないという可能性もあるな」

 俺が彼氏だったらそんなこと言われたら全力で嫌だし、不安しかないだろうけどな、とも続ける。

 「で、何のサークルかは教えてくれないわけ?」

 「サークルの名前と概要だけ聞いたらたぶんドン引きするだろうから、ということで教えてもらってない」

 「いや、引く云々より隠される方が嫌だわ」

 間髪入れずにツッコむ。

 「どうするよ、すごくいかがわしい会合だったら」

 彼女に限ってそんなことはないと信じたいし、想像もしたくない。でもまだ付き合って3回しかデートをしたことがない身としては、絶対に信用できるかと言われればそこまで彼女のことをわかっている自信もない。

 「どう転ぶかわからんが、どうしても気になるなら手はある」

 まあド直球だけどな、と親友は続けた。


 「え、サークルに入りたいの?」

 入るも何もどんなサークルなのかはわからないけど、君がそんなに熱心に参加しているサークルがどういうものなのか気になるんだ。

 うーん、と深く悩む彼女。

 どこまでなら話せるかな……と前置きしたうえで、彼女は言葉を選ぶように慎重に話してくれた。

 「あのね、私が入っているサークルは一度入ったら二度と抜けられないの」

 いきなりものすげえ重たい球が飛んできた。

 「え……っと、何だか秘密結社みたいだね」

 「そ、そうなの。まさに秘密結社」

 「抜けたいってなったらどうなるの?」

 「通信機を体に埋め込まれて一生それで過ごすか、人生をやめるかのどっちか」

 ヤバイ。これはヤバイ。

 「じょ、冗談……だよね?」

 彼女は否定も肯定もしない。目も笑ってない。これはマジなのか。

 「か、活動内容がわからないから何とも言いようがないけど、差し支えない範囲で内容とか教えてもらえないかな」

 ある程度この質問は想像できていたんだろう、彼女は慎重だがそれほど迷いなく口を開く。

 「あまり表に出せない依頼を受けて動く慈善団体、かな」

 表に出せないときた。

 彼女のことは好きなつもりだが、手に負えない……というか、深追いしない方がいい気がしてきた。

 「活動や打ち合わせはどれくらいの頻度で行われるの?」

 「基本的には月1回ぐらいだけど、依頼が入ればその規模によって臨時の打ち合わせが入るの。今は1日おきに報告会がある」

 「落ち着きそうなのはいつぐらい?」

 「依頼が片付くまでだから……早くてあと10日ぐらいかな」

 「サークルの人数はどれくらい?」

 「私も正確な人数は知らないけど……今打ち合わせに参加してる構成員は私を入れて5人、あとはリモートでその打ち合わせの内容が本部に送られてる」

 「僕の存在はそのサークルに伝わってるの?」

 しばらく考えた後、彼女は小さく頷いた。

 「ごめん、これ以上話すとあなたをサークルに入れないといけなくなるかも」

 ……彼女はこれで僕と別れる覚悟で話をしてくれてるんだ、と思った。

 少なくとも、サークルの打ち合わせを口実に浮気をしているわけではなさそうだ。

 その代わり、もっと重いものが後ろに控えているようだけれども。

 「あの、私はね、君にはサークルには関わってほしくはない、けど、お付き合いは続けていきたいの」

 真剣な眼差しにドキッとした。

 「正直、私自身にも行動に制限はある。通信もされてる。でもこの依頼が無事に解決してもう少し私の階級が上がれば、通信されない自由な時間がもっとできる。そうすれば、君ともっと深い……お付き合いもできる」

 彼女の顔が少し赤らむ。僕の顔もたぶん赤くなっている気がする。

 「だから、信じてほしい。私の気持ちを」


 「……で、お前は目の前の欲望と唇の感触に負けた、と」

 「おっしゃる通りです」

 親友が明らかにアホを見る目でこちらを見ながら呟いた。

 ここで目先の欲望に負けなければよかったと後悔することになるとはうすうす感づいていた。

 ただ、そこまで想像を絶する活動内容だとは思わなかったのだ。

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