Ⅵ‐11
バンブーは推薦が決まって受験一抜けだったし、俺は鼻クソほじってても受かるようなとこだったから楽勝だったし、ヨッチも西島も無事に第一志望に合格したらしい。
あとは卒業を待つだけの状態だったんだけど、何となくバツが悪くて、ヨッチとも西島とも顔を合わせてなくてそれが気がかりだった。どこかで顔合わせておこうって思ったんだけど、全然会えなくて、結局、自分から西島に会いに行った。会いに行ったっていうか西島の家の前で待ち伏せしてた。
その日の西島はグレーのPコートと赤いマフラーがよく似合ってた。「あれ? しばらく会ってない間に、ちょっとかわいくなってない?」みたいな、軽薄でおちゃらけた気持ちが全開になってワクワクしてきたんだけど、西島は会った瞬間に「何?」って言ってきて、その言い方が「どちら様でしたっけ?」みたいなトゲのある言い方だった。
俺はそのトゲのある言い方に不安を覚えながらも「お嬢ちゃん、ちょっとわしと茶ぁでもしばきまへんかぁ?」って言ったんだけど食い気味で「ヤダ」って。「えっ? 何で?」って思ったし、思った言葉をそのまま口に出してた。
「何でってヤダから」
「何でヤなの?」
「っていうか、櫻井の誘いを私が100%断らないと思ってるのこそ何で?」
「そんなのに理由など無い!」
「私にも理由なんか無いの」
「何で? 理由あるんでしょ? 分かんない、教えて」
俺は素直に許しを乞うように言ったはずなのに、それは西島にとって怒りを増幅させるだけだったみたいだ。格闘家がKO狙って仕留めにいってる時の目になってた。
「あのさ、一緒に参考書買いに行った時あったよね? あの時、ついてこなくていいって言ったのに無理やりついてきたよね?
そんでいきなり喧嘩し始めてさ、心配して見に行ったのに、あっち行けみたいな邪険な感じで私に命令してきて、しかも喋りもしないで顎で私に命令してきたよね?
私を危険な目に遭わせたっていう自覚はありますか? 超ムカついたんだけど。それでもその後に私、LINE送ったよね? その時だって…」
「ごめん、あのさ、ここ寒いからさ、どこか暖かい所で話さない?」
俺は西島を落ち着かせる必要があると思って言ったんだけど、西島は深いため息をついて、めちゃくちゃ機嫌が悪そうだった。近くのファミレス行こうよって渋る西島を何とか誘って、二人でファミレスに向かってる間も俺に対する不平不満が止まんない。
参考書の件があってからも気を使って送ったLINEに対してあの返しは何なのか? 気が立ってたのか何か知らないけど、まずは私の用事に自分でついていきたいって言ってついてったくせに勝手にめちゃくちゃにして最後にあんな態度を取ったことに対して私に何か一言くらいあってもいいのではないでしょうかと。
返事を返すなら、まずはそこをちゃんとしてから私のLINEの返事を返せと。その時点でまずおかしいし、それを抜きにしても突然距離を置くような突き放すようなあの返答はおかしいのではないでしょうかと。
雪の日に会った時だってそうだと。私が雪の中、散々あなたを探し回ってる間、自分の好き勝手に暴れられて楽しかったですか? 心配してる人は私だけではなくて他にももっといて、それをあなたは一瞬でも想像したことがありますか? それとこの際だから言うけど女子に対して使う言葉遣いじゃない時あるけど不愉快だからやめてくださいとか西島佳奈子お嬢様の怒りが大爆発。
もうね、ファミレス着く頃にはおなかいっぱい。俺、この辺の中学じゃ、ちょっとは名の通ったヤンキーだと思ってたんだけど気のせいだったのかなと思うくらいボロカスに言われた。
全て自分の未熟さ、身勝手さ、西島佳奈子さんへの配慮の至らなさが招いた結果だと深く反省いたしておりますみたいな、不祥事を起こした官僚の答弁みたいな謝り方したもんね。
途中「何、この状況?」って思ったらヘラヘラ笑っちゃって、それ見て西島が「何ヘラヘラしてんの!」って大変。もう困っちゃって、笑いながら「もういいじゃん、許してよ」って「カワイイよ、カワイイから怒んないで」ってね、ヘラヘラ笑いながら怒りの矛を収めてもらう、対西島用の新しい技開発したりしてた。
西島の不満ラッシュがやんで、頼んだチョコパみたいなのが出てきて「あっ、おいしそう。西島、このクッキーみたいなの食べる?」とかごますって「クッキーじゃなくてブラウニーだから」って言われて「あっ、そうなんだ。食べる?」「いらない」みたいな会話の後にラリーが途切れて、唐突に「で、話したいことって何なの?」って西島に言われてドキッとした。
「話したいこと?」
「ずーっと上の空だよね? 私に対して謝りたいのかと思ってたけど、その話をしても初耳だったみたいな顔して驚いてるしさ、何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「うん、あると思う」
「思うって何?」
「あるのは間違いないんだけど、それが何なのかも自分でもいまいち分かんなくて言葉にもできない」
「そんなこと、私に言われたって分かるわけないじゃん」
「そうだね」
俺はそれしか言えなかった。知ってる? 本当にドストレートにものを言われると「そうだね」しか言えなくなるんだよ。黙ってると相手も不機嫌になってくるし、困ったもんだよね。西島に何か伝えたかったのは本当。じゃなきゃ自分から会いに行ったりしないし。
じゃあ、何で言葉にできないんだろうってなって、何となく分かった。俺は西島がとても好きで大好きで、そんなとても好きで大好きな人に嫌われたくなくて、自分をいいように見せたくなってたり、都合の悪いとこをどう取り繕うかってことを気にしてるから、俺はうまく口に出せないでいたのだ。
俺は「何か分かったかも」って言った。西島は「うん」とだけうなずいて、俺を真っすぐに見つめて次の言葉を待ってた。
「うまく話せるか自信も無いし、話す順序が前後したり結論までの前振りが、めっちゃ長くなるかも。これから話すことって、そういうめんどくさくて分かりにくくて間違ってて危険な思想なんだとも思う。普通は誰かに言ったりとかしないだろうし、言ったりしたら軽蔑されたり嫌われるような類の話」
「私に嫌われたり軽蔑されたりするような話なのに、私に聞いてほしいの?」
「うーん、できればこのまま俺の胸にしまったまま墓場まで持ってった方がいいんじゃないかと思ってる」
「よく分かんない。もういいから話してみて」
西島にうながされて、ゆっくりと大きく息を吸って腹に力を入れ直す。これで西島に会うのは最後になるかもなと思って怖くて逃げだしたくなった。
俺は本当はバンブーみたいに喧嘩じゃ学校の中で一番強くなりたかった。勉強もできて西島とかヨッチとかが行く偏差値の高い高校に入りたかった。みんなに好かれる人気者にもなりたかったし、サブいのは嫌い。カズさんみたいに器が大きくて面白い人になりたかった。将来のことを考えてないわけじゃなかったけど、俺が欲しいものって何にも手に入らなくて、周りにいた大切な人間達に置いていかれるんじゃないかって怖くなって、でもそれを声にしないで
初め、俺がグレた時に、みんなの態度が変わってショックだった。ヨッチとかバンブーだけじゃなくて、みんなと仲良くしたかった。前にも言ったかもしれないけど、俺は周りのことを考えてるようで考えてない。周りがどう感じるかじゃなくて、自分がどう思われるかばっかり考えてた。うまくいってる時は別にそんなことも無かったけど、東中のことがあってから、自分の周り全部に嫌われたって思って、それが寂しかったし傷ついた。でも、傷ついたことを傷ついたと口に出すのは恥ずかしいことだって思ってて、ずっと我慢してのみ込んでたし、傷つくような弱い自分を認めたくもなかった。俺は西島に思ってたこと全部を話した。
あの時ああしてればとか、本当はこんな風に思ってたんだとか、言いたいことがでたらめな順番で頭の中をよぎって、かすめて、浮かんでは消えてった。こみ上げてくる感情に言葉が追い付かなくて、言葉の代わりに涙がポロポロと頬を伝っていった。
誰かに自分を知ってほしかった。自分が本当はビビりでヘタレで弱いやつなんだって知ってもらいたかった。そんな俺を知った上でもこの世界で生きてていいって誰かに言ってほしかった。
そんな俺の話を黙って聞いてた西島は、何て答えていいのか分からない困った顔をしてて、そんな困った顔までかわいくてズルいなと思った。西島は片方の腕をテーブルに肘をついて、もう片方で髪をかき上げながら「えっとね…、まずそれ全部知ってる」って。
「えっ? マジで?」
「うん。別に嫌いになったり軽蔑するような話ではなかったかな。っていうか櫻井が人一倍気にしいなのも周りに強がってたのも知ってるし。だからホント、ようやく白状したかって感じ」
「えっ、そうなの?」
「むしろ気付いてないと思ってたのがびっくりです。そんなの私だけじゃなくて、ヨッチ君もバンブー君も分かってるよ?」
「まあ、あいつらにはバレてただろうけどさ」
「っていうか、学校で一番喧嘩強くて面白くて人気者とかさ、志が低くない? 自然とそうなってたならいいけど、なりたがってるのはダサいよ。櫻井ってもっと大河ドラマ的な壮大な野望をちょっと期待してたんだけど」
「うーん、分かんない。色々あっちこっちで動いてるうちに身の程が分かってきちゃって小ぢんまりした感じはあるね」
「だよね。そうだ、思い出した。私に内申書がどうのこうのってLINEあったじゃん? あれ、めっちゃムカついたんだけど」
「それさっきもファミレス来る前に言わなかったっけ?」って言ったら「言ってたらもう一回言っちゃダメなの?」って顔でにらんできたから両手の人差し指を頬に当ててテヘペロってやったら頭を叩かれた。
「うっそ。冗談。だってさ、内申書に響くけど、このまま仲良くしましょうねなんて言えなくない?」
「違う、言わなくていいの、いちいちそんなこと。今回のこともそうだけど、口に出し過ぎだよ。言わなくていいことを言わなくていいタイミングで言うくせに肝心な時に肝心なことは言わないじゃん。
バランス悪いよね。あれだけ周りに味方がいて、助けてくれる人もいっぱいいたのに何なの? 私のLINEの件もそうだけどさ、雪の日の時もヨッチ君にもバンブー君にも頼らなかったでしょ? あれは二人にしたらショックだったと思う。いざって時に独りになりたがるのやめた方がいいよ」
「もとはといえば自分でまいた種なんですけど、自分じゃとてもケツ拭けそうにないんで、受験で忙しいとは思うけど俺のケツ拭いてくれませんかって?」
「そんなへりくだった言い方しろなんて言ってない。ねえ、知らないと思うけど、この前の喧嘩の時、最初は私、行くつもりなかったから断ったんだよ。でも、ヨッチ君がどうしてもって頼んできたの。俺じゃダメだからって」
多分、ヨッチには全部バレてたんだと思う。俺が一人で喧嘩しに行くことも、俺がズタボロになったら誰に一番会いたがるかも、俺が何を一番ビビってたのかもぜーんぶ。
「俺、めっちゃめんどくさいやつだね」
「自覚した? ヨッチ君もバンブー君も、それにカズさんって人もだけど、何で櫻井のためにそこまでするのか分かんない。逆にそうやって甘やかしてるからダメなんだと思った」
「子育てについて語ってるみたいになってるよ」
「あなたのことです」
「でも、俺ってそういうやつじゃん。あっ、それと、前振り部分は終わったけど、結論というか西島に聞いてほしいと思ってたことは、まだ言ってないんだけど」
「えっ、今のが前振り? まだあるの?」
「俺は前もって、それでもいいか確認したから」
「話してみてよとは言ったけどさ。うん、それで結論は?」
「結論というか俺が西島に対して今思ってることなんだけど、俺は今回のことで俺自身がすぐ調子に乗って人に迷惑かけるし、自信無くすと勝手に
「えっ? 最後、何て?」
「そんな俺でも西島には好きでいてほしいって思ってる」
「聞き間違いじゃなかったんだ…」
西島は意外とものごと全般に寛容というか、俺の変なとこに対する免疫もあるんだけど、今回ばっかりはドン引きしてた。
「好きでいてほしいって、私が現在進行形で好きみたいになってるんですけど」
「違うの?」
俺はガチで言ってたんだけど西島は「うわぁ…」って感じでガチでまた引いてた。
「ねえ、さっきの話聞いてた? 言わなくていいことは言わないで」
「だから、間違ってて危険な思想なんだとも思うって言ったし、できれば墓場まで持ってった方がいいんじゃないかって話もしたじゃん」
「えっ、私が悪いの? 分かんない。櫻井が何を考えてるのか全然分かんないし、ついていけないんだけど取りあえずね、私は暴力振るう人なんか大嫌いだし、精神的に自立してない人が無理だから、メンヘラでかまってちゃんなんか一番無理。もし好きになってほしいなら、まず精神的に自立してください。あと、何でも正直に言えばいいってもんじゃないから」
「そうなんだけど、思ってること黙ってるとか嘘ついてるみたいで何か金玉のすわりが悪いなみたいな、何か気持ち悪いんだよね」
「私がそれを聞いて、櫻井君って正直でステキねってなると思う?」
「思わない」
「じゃあ、何で言うの?」
「聞いてくるから」
西島はあきれたような戸惑っているような複雑な顔をしていた。ただ俺は西島に嘘をつきたくなかったし、駆け引きもしたくなかった。めちゃくちゃヤバいことを告白するけど俺にとってこれは渾身のフルスイングだった。
「そうなんだ。じゃあ、今度から告白する時は一度私に告白してもいいかどうか聞いて。いきなりだとびっくりするから」
「告白していい?」
「ダメ」
「じゃあ、明日は?」
「ダメ。せめて次回は精神的に自立したなって思ったらにして」
気持ちを伝える前まで、それを口に出したら二度と西島とは会っちゃいけなくなるかもってめっちゃビビってたけど、何か次も普通に会って良さげだし、また告白しても良さげだなぁって、そう思ったら雨雲がたちこめる曇り空に雲間から光が差す映像が頭の中をいっぱいにして、明るい未来が待っていそうな気がしてきた。
西島とはこれから高校も違うし、しばらく会うことも無いかもねって話になって「その間に俺が別の人を好きになっちゃったらどうする?」って聞いたら「どうぞ、お好きに」だって。
「逆に聞きたいんだけど、私がいつまでも彼氏がいないだなんて思ってるの?」って言われて、西島が俺以外のやつと付き合うだなんて考えたことも無かったから衝撃を受けて、焦って「告白していい?」ってまた聞いたんだけど食い気味で「ダメ」ってまた言ってきてカワイイ顔して笑ってた。
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