Ⅵ‐10

 鏑木先輩達のことがひと段落して、しばらくたってからカズさんが俺のうちに来た。


「いいんですか?」って俺が聞いたら「あー、つまんないこと言われたらしいな、ムラケンから聞いたよ」って。


「ったくよー、付き合う人間くらい、自分で決めるっつーの。あっ、そうだ、ムラケンからの伝言。次になめた口利いたらぶっ殺すって。お前、ムラケンに何したの?」

「いや、ぶん殴って返り討ちにされました」

「マジで? ダメだよ、あの人に手ぇ出したりしちゃ。ふーん、でもその割にはムラケン機嫌が良かったけどなぁ」

「気のせいですよ、殺されかけましたもん」

「あの人に喧嘩売って生きてるだけラッキーだって」


 自分から会うつもりは無かったけど、もし会うことになったら真っ先に謝ろうと思ってたのに、あまりにもすんなり懐まで入られてしまって、謝るタイミングを逃してた。それでも「カズさん」って言って改まって謝ろうとする俺に、カズさんは「いいって」と心底めんどくさそうな顔をして嫌がった。


「いいの。そんなんじゃなくて、俺はお前に礼を言いに来たんだよ」

「礼? そんなこと言われる覚えないですよ?」

「いや、ある。ありがとな。お前、仕返しに行ってくれたんだって? できる後輩持って、俺は果報者だ」


 巻き込んだ相手に礼まで言われて俺の立場は無かったけど、カズさんは俺に謝られるのが本当に嫌なのだけは伝わってきた。多分だけど、カズさんは普段通りの対応を俺にしてほしがってて、俺はカズさんが望むように振る舞うのが礼儀だと思った。


「マジ、拳痛めてオナニーができねっす。今度から何かの武器で殴ることにしようかなって思ってますよ」

「いや、もう喧嘩はいいだろ。喧嘩つまんない。前から思ってたけど」

「カズさんが喧嘩弱いからですよ」

「喧嘩が弱くちゃいけねえのかよ」

「おみやんと同じようなこと言ってますよ」

「いいんだよ。それに、どうせ自分より強いやつってのは世界のどっかに必ずいるだろ。強いとか弱いとかアホらしいわ」

「弱いのヤなんですけど」

「喧嘩の強さにこだわってるようじゃ、まだまだだな。結局、世の中ってのは気合だから。ビビんなきゃいいの。殴りたきゃ殴ればいいじゃんって気持ちがあれば、ほとんどのことなんて怖くも何ともないし」


 何の迷いもなくカズさんは自分が弱いと言ってのけた。俺にはそれが羨ましかった。


「カズさん、今回のこと、全部中途半端な感じで終わっちゃいましたよ」

「それぐらいがちょうどいいんじゃないか。俺は中途半端だなんて思ってないけど、お前の言う中途半端で終わって良かったとマジで思ってるよ。俺達の出番は今じゃなかったってことだろ。お前、あれか? やーさん一直線でいきたかったの?」

「ぶっちゃけ、そうなってもいいくらいの気持ちでやったんですけどね」

「いや今のご時世、反社との付き合いはちょっとなぁ」

「何でですか、俺がどんなに悪くなっても遊んでくださいよ」

「ヤだよ、反社と交際があるなんて、ご近所に聞こえが悪いわ」

「世間体を気にするなんて、ちっちゃくないっすか?」

「そうだよ、俺は喧嘩が弱くて世間体を気にする器のちっちゃい男だよ。いいんだよ、それでも世界は俺の出番を待ってる」

「その自信、どっから来るんすか?」

「分かんない。生まれつきだ」


 カズさんの将来の夢はヨッチの妹の奈緒子と結婚して裸にエプロンを奈緒子にさせて、奈緒子が料理を作ってる最中に後ろからおっぱいをもみしだくことらしい。世界を変革するとか歴史に名を残すよりもずっと難しい大事業だって言ってた。さっきまでかなりマジな話をしてたのに、奈緒子との新婚生活を想像して楽しそうに語ってた。


 カズさんはいつだって、とんでもねえハッピーバカ野郎だ。無邪気で根拠が無くて大ぼら吹きで、カズさんの口から出る言葉一つ一つがうらやましくて嫉妬しっとしたくなって、悔しいくらいに腹の中に染みていった。

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