Ⅵ‐3

 俺達は一服してカズさんの家を後にする。獣臭のした部屋から出た直後だからか、冬の外の空気は一段とうまかった。


「ラーメン屋どこっすか?」

「ほら、あそこだよ」

「あれっすか! うまそうっすね」

「醤油だけらしいけど、大丈夫だよね?」

「いいんじゃないっすか」


 ドラマに出てくるいかにも屋台のラーメン屋って感じで外観から隠れた名店の予感がした。


「おじさん、ラーメン2つ」

「はいよ」


 俺はいつもスープからいく。スープで様子を見て、麺いって、その次にチャーシューとかメンマとか卵とか、とにかく具の全部と麺を一遍に口いっぱいに詰め込んで食う。一仕事終えて腹もすいてたから、コンディションとしては申し分ない。


 でも一発目のスープから「あれ?」と思ったし、麺だけ食って箸が止まって、全部一遍に食って確信に変わった。このラーメンはクソまずい。スープが生臭いし、繊細な薄味では決してなくて、単純に味が薄い。麺が伸びてるわけじゃないのに全然シコシコもツルツルもしてなくて、チャーシューは輪ゴムの食感。店主が何かを取りにその場を離れ、その瞬間を待っていたかのようにカズさんが話しかけてきた。


「なあ」

「はい」

「俺ら、なめられてんのかな?」

「えっ?」

「俺たち、なめられてんじゃないのか?」

「何でですか?」

「貧乏な家のペットの飯だって、もっとましなもん出てくるだろ? 絶対なめられてるんだって」

「確かにクソまずいっすね。スープが水道水に醤油ちょぴっと垂らしたみたいな薄味だし、麺がインスタントラーメンに負けるクオリティーだし」

「逃げるぞ」

「えっ?」


 言うなりカズさんが俺を置いてその場から走りだした。俺もカズさんを追いかける。それに気付いた屋台のおっちゃんも。三人の追いかけっこ。


「ウヒャハハッ。何だよ? ついてくんじゃねぇよバカ」


 カズさんが笑う。俺も笑う。おっちゃんだけがマジギレ。普段の生活習慣が悪いからか、俺は体力が無い。カズさんも。けど、おっちゃんはもっと体力が無かった。200メートルも走るとおっちゃんが追跡するのを諦めて怒鳴る。


「このクソガキがぁ! ぶっ殺すぞ!」

「うっせ、クソじっじが! 何であんな小便ラーメン食わされて殺されなきゃいけねんだよ!」


 俺が挑発すると、またおっちゃんが、こっちに向かって走りだしてきた。


「うっひょー、また来たぁー。怖いんだけど、マジ殺されそうだよ」


 走ってる間、笑いが止まらなくて転びそうになった。疲れたし、どうでもよくなって、おっちゃんに捕まってもいい気がしてきたけど頑張って走る。おっちゃんの「バカ野郎!」って諦めの声が後ろから聞こえてようやく足を止めた。


「お前といると、ろくなことが起きねえよ」

「それはこっちのセリフっすよ」


 しばらく沈黙があって、それから「プッ」っとカズさんが吹きだしたと思ったら、そのまま笑いだして、つられて俺も笑った。


 服が汚れて部屋の掃除して、クソまずいもん食わされて汗まみれ。今日のこの一日が、めっちゃくだらないと思ってんのに笑いが止まらなかった。

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