Ⅵ‐1

 今までも楽しい話じゃなかったかもしれないし、胸くその悪い話をしてたかもしれないけど、これからしばらくもっと楽しくなくて胸くその悪い話をすることになる。男子中学生の本気でグレてすさんだ心の中をのぞくというのはそういうことなのだ。


 バカだと思われたくなかった。弱いやつとも憶病なやつとも思われたくなかった。人にも自分自身にも。


 自分が何をしたらいいのか分からなくなって、何となくノリでグレて、喧嘩っていう自分の売りにしてた分野で楢崎と原田に自分よりもずっと上の実力を見せつけられた。


 後に残ったのは、へし折られたプライドと中途半端に名前が売れて、その名前にビビりまくってる元友達か、噂聞いて媚びてくる名前も知らないどこかの誰か。


 そんなんが先輩にもいたし、タメにも後輩にもいて、そいつらを見てると心がささくれだった。「俺達のとこに遊びに来いよ」とか「最近どこどこの誰それがムカつくんすよね」とか俺には何の興味も湧かない話ばっかり持ってくる。


 俺がなりたかったのは、こんなもんじゃないのは分かっていても、じゃあ、何になれるのかが分からない。分からなくてイライラした。媚びてくる後輩を理由も無く殴ったし、仲間に誘ってくる先輩に「俺にタイマンで勝てたら入ってやるよ」とか平気で言えちゃった。心がパッサパサに乾いてすさんで荒れてねじ曲がってた。全部がどうでもいいと思ってるのに関わる全てにイラついて、自分とまったく関係の無い人間に当たり散らしてた。


 俺と鏑木先輩が会ったのは、そういう、俺がまさにグレまくってて、毎日殴る相手を探し回ってるような時だった。


 見つけた時、「どうもー」ってヘラヘラしながら近づいてって鏑木先輩を蹴っ飛ばして「挨拶は?」ってメンチ切った。


「ちょっと名前が売れたからって、あんま調子に乗んなよ」

「えっ、俺の名前売れてるんすか? 先輩も買います? 先輩にだったら名前でも喧嘩でも何でも安く売りますよ」って、また蹴っ飛ばした。


 鏑木先輩がとっさににらんできて、すぐに目を伏せた。その態度が気に入らなくて「ビビってるくせに中途半端なことしてんじゃねえよ!」ってボッコボコにした。


 鏑木先輩からしたら俺こそがうまくいっていた自分の人生を転落させた元凶だし、そのことで鏑木先輩は周囲に後輩に負けた雑魚扱いされて小バカにされて、その状態で行きたくもない高校に行かなくちゃならなくなった。


 でも、あそこで俺が何もしないでやられていたら、鏑木先輩だけじゃなくて他の先輩や俺とタメのやつらも俺を踏みつぶしに来たと思う。


 俺が学校に踏みとどまれたのは、俺がやり返すやつだったからだ。あそこでやり返さなかったらとか鏑木先輩に喧嘩に負けてたらと思うとゾッとする。


 間違いなくいじめの対象になってただろうし、そうなった時に、ヨッチやバンブーがいなくなるとは思わないけど、俺が二人を避けたと思う。あいつらに助けてもらうとか冗談じゃないし、プライドがそれを許さない。多分、学校に行かなくなって、そのことを親には言わないで学校行ったふりをし続けていたと思う。


 人を傷つけたり迷惑かけたりするような目立ち方したら、その後一度でも失敗したら終わりだ。負けた相手に全部奪われて周りは敵だらけ。誰も助けようなんて思わない。


 俺は今、奪う側と奪われる側が簡単に入れ替わる世界で生きてる。俺は奪われる側になりたくないから奪う側になった。奪われる側にならないでいるコツはシンプルで、嫌ならチキンレースみたいなこの世界に足を踏み入れないか、踏み入れてしまってもすぐに足を洗うか奪えるやつからより奪い続けることだ。無慈悲に、他人の痛みに不感症になって、より残忍なやり方で、再起不能になって立ち上がれないくらいに叩き潰すべきだ。そうでもしないと、いつか誰かに奪い取られてしまう恐怖に耐えられないままどこかの誰かに潰される。

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