Ⅴ‐5

 コンディションは最悪だったけど腹の虫の居所も悪くて自分に文句のある世の中の人間全部にやってやんよスイッチが入っちゃってたんだけど、声をかけてきたのが楢崎で本当によかった。


 近くに公園があって公園のベンチに腰を下ろしてタバコを吸った。楢崎が水を買ってきてくれて、血まみれになった口をゆすいだ。ゆすいだ瞬間から口の中を血の味が広がって、諦めて傷口を舌でペロペロなめてその後はほっとくことにした。


「鎌田やったのお前だろ?」

「え? 鎌田? 知らんけど」

「お前がさっき喧嘩したやつだよ。せっかく俺がぶっ飛ばそうと思ってたのに、ダメだよ、人の獲物取っちゃ」

「いや、知らんし」

「助太刀に来たんじゃねえの?」

「だから、知らないって。普通にデートしてたらバカに絡まれただけ」

「えっ、デート? そういえば初めて会った時もそんなん言ってたな。で、彼女は? ちょっと見てみたいんだけど」

「彼女じゃねえし」


 口に出した瞬間、現実を思い出して自分の魂が全部抜けてしまったんじゃないかと思うくらいに力が抜けて、ズーンと体が重くなった。


「どうしたん?」

「何でもねえから。っていうか、お前こそあちこちケガしてんじゃねえかよ」

「ああ、これな」


 楢崎の話だと、原田に襲われてからというもの何回か襲われたり喧嘩売られたりがあったらしい。今まで楢崎にビビってたやつが弱ってるとこ調子こいてのパターンもあれば、原田にシメられたやつが原田の手先になってっていうパターンもあって、要するに一回ボコられたことで楢崎は今いろんなやつになめられてるらしい。


「日頃の行いだな。困ってる時に誰も助けてくれないどころかここぞとばかりに狙われるなんて、よっぽどだぞ」

「うるせえな、今日はたまたま一人なんだよ。仲間くらい俺にもいるわ」

「さよか。まあ頑張ってくれ」

「何言ってんだよ、他人事みたいに言ってるけどお前ももう参加してるから」

「えっ、何で?」

「お前、鎌田やったじゃん」

「いや、知らんし。向こうが喧嘩売ってきたんだし」

「そんなん向こうに通用しねえだろ」


 楢崎の話だと鎌田というのは原田側の中では結構重要なポジションのやつだったみたいで、そんなやつをやったお前は原田に狙われるぞって言われたけど知らんよ。正直、俺は楢崎の近況も地元のヤンキー事情もどうでもよかった。俺は楢崎と話してる最中もずっと西島のことばっかり頭の中で浮かんでは消え浮かんでは消えしてた。


「なあ、お前、話聞いてる?」

「ん? うーん。何かめんどくせえなぁ。全然気乗りしないわ」

「お前が気乗りしなくたって向こうは来るぞ」

「ねえ、とっとと原田ぶったたけないの?」

「原田潰しても戯神どうにかしないとダメだからなぁ。今、方々で情報集めてて、誰がバックなのか調べてるからそれまでは本腰入れて動けねえんだよ」

「ふーん。もうさ、喧嘩売ってきたら全部買う。そんで片っ端からぶっ飛ばすでいいじゃん。もう知らん。バックがどうのとか誰がどうのとか知らん」

「原田とは近いうちにケリつけるから、それまで大人しくしてろよ」

「知らない。喧嘩売られたら買うし、殴られたら殴り返す。それがヤンキーってもんだろうが」

「あっそ、忠告はしたからな」


 楢崎も時間の無駄だと思ったのか、話はそれっきりで帰っていった。結局その後のことなんだけど、戯神のケツ持ちがやーさんではなくて、ガキんちょ相手に脅して小遣い稼ぎをしようとしてたチンピラだってことが分かって事態は大きく動いた。楢崎の先輩の先輩くらいの人が仲介に入って、楢崎と原田がタイマンでケリをつけるってことで話がまとまって、俺も楢崎に呼ばれたからそのタイマンは見た。


 原田は身長が180超えてて結構ガタイがよかったし腕もぶっとかった。その腕見た時は、さすがに楢崎ヤベえんじゃねえかと思ったんだけど、あいつ喧嘩がうまくてね。


 うーん、うまいっていうのは何て言うんだろう、あんまり専門的な知識が無いからうまく説明できないんだけど、フットワークが軽い? よけるのがうまくて、よけた後に自分が攻撃しやすい場所によけてる感じで殴れるベストタイミングで殴るっていうかそんな感じ。


 俺の聞き間違いかもしれないんだけど、原田のパンチが空を切った時、たまに「ブン」って音が聞こえたんだよね、あのアクション映画とかの効果音みたいなやつがマジで。ムラケン以外でそんな音出せるやつは初めて見た。


 原田だって黙って殴られてるわけじゃないし、楢崎も全部をよけてるわけじゃなくて、たまにガードとかしてたんだけど、ガードしてても体が持ってかれるようなパンチで、そんなでっかい鉄球みたいなパンチをビビらずにかいくぐれる度胸とセンスを楢崎は持ってた。


 二人のタイマンは最初はパワーで原田が押してるようにも見えたんだけど、時間がたつにつれて原田の足が止まってきて楢崎優勢の一方的な喧嘩になってって、そこからは原田がどんどん血まみれになってさ、でもやめないのよ、原田も楢崎も。


 原田根性あるなぁとは思ったけど、顔が殴られ過ぎてエグい感じになってきてて、最後、原田側の先輩が止めに入って終わった。


 このタイマンに勝ったことで楢崎が俺達の代のチャンプになったし、俺は二人のタイマンを見て、楢崎にも原田にも勝てないんじゃないかって思ってる自分に気付いてショックだった。西島とも音信不通になっててすんごいブルーだったから、なおさらヘコんだし。


 呼ばれたから行ったけどさぁ、あんなタイマン見なきゃよかった。この喧嘩で鎌田をやった俺の名前も多少は上がったらしいけど知るかクソったれ。銅メダルだか敢闘賞もらって喜べるほどかわいげのあるやつじゃないから。

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