Ⅲ‐4

 西島以外の他の部員達と仲良くなれたしそれはそれでよかったんだけど、肝心の西島との仲は全然進まなかった。近づくと姫を守る取り巻き女子部員にガードされたし、本人も演劇の主役やってたから忙しそうにしてた。


 それで、俺は大道具係みたいなことをして手伝ってて、西島を遠巻きに見てたんだけど、そうしてるうちに分かったことがあった。


 多分だけど、塚本も西島のことが好きだ。まあ、そんなこと言ったら演劇部全員が西島のことを好きなんだけど、塚本の好きは他の部員みたいな憧れ混じりなんかじゃなくて、ちゃんと男として好きだった。


 塚本は自信があるから俺にも優しくできたのかな? 俺が塚本の立場だったら絶対に邪険にしたし、無視するか他の部員と結託して部室から追い出したと思う。


 ちゃんと好きなのに明らかに西島狙いで部室に通うようになったぽっと出の俺にも優しくしてくれたり、他の部員とも仲良くなれるようにしてくれて、塚本はそういう俺には死んでも真似できないことをできるやつだった。


 今度コンクールに出場する作品で監督兼脚本家の塚本は西島とも劇のことで話もするし、時々二人で話している時に笑ったりしてて、それを見てると苦しくなる。水槽すいそうの中に墨汁を垂らしたみたいに、暗い感情がにじんで広がって心の中がくすんでいく。


 ついこの間、己の幸不幸をどうのこうのと偉そうに講釈垂れたくせに、全然実践できない不細工な自分の内面にがっかりした。


 自分の内面を否定し続けるのは苦しいし、かといって受け入れるのも一苦労だ。俺だって塚本みたいに優しいやつになりたいけど、俺は塚本じゃないし、西島を好きなのは俺も一緒なわけで、残念なことに西島はビスケットみたいに叩いて割って半分こにはできない。


 受け入れたくない自分を全部飲み込んで喉に引っ掛かったのだけ吐き出して再構築して自分を自分でいい感じに洗脳するのは得意だ。遠慮すればいいって話でもないし、遠慮したら塚本がうまくいくのかも、俺が遠慮しないでガンガン攻めてたら西島と付き合えるかとかも全部想像の話でしかない。してもしょうがない話はしない方がいい。


 今自分がやらなきゃならないのは西島にどうやって好きになってもらうかってことなわけだし、全然言ってなかったけど中学最大のイベント修学旅行がもうすぐそこまで来ている。


 マンガとかだと、修学旅行中に同じ班になってくっつくとか、同じ班にならなくても、主人公とヒロインにハプニングが重なって自由行動中にばったり出会うとか、夜中に女子の部屋に忍び込んで教師が見回りに来た時に、同じ布団に隠れるとか、そういうイベントがある。


 西島が不良に絡まれてるとこを助けて「大丈夫だった?」って言ってみたい。恋にご利益のある神社とか寺でお願いごとして「何のお願いしたの?」って聞いて「秘密」って意味深に匂わせしてほしい。


 それかあれだな、同じく修学旅行で京都に来てたツンデレでメンヘラであざとくて顔しか取り柄が無いって同姓から嫌われてる女の子に運命的に出会って飛び切りのパンチライン食らって前頭葉ダメにしてほしい。


 偏差値の低いハッピーな妄想は楽しいしワクワクしてたんだけど、実際にはヨッチとバンブーと同じ班になって「どこ行く?」って、自由行動の時に坂本龍馬の墓に行きたいって希望は出したけど、それ以外は普通に京都観光って感じのプランにしかならなかった。


 修学旅行を前にして周りが恋バナとか告ったりとかし始めて、ざわついてるってのになんてこったい。


 ヨッチとか流行りに乗るタイプだからか元々付き合いそうだったのか分かんないけど同じクラスの宮本さんと付き合い始めやがって、鴨川とか古民家を改築したカフェとか行きたいとか急に言い出し始めてよく考えたら腹立つなあいつ。


 新選組のファンなんだから壬生寺みぶでら行きたいとか言えや。女の子と付き合いだすとつまんないやつになる典型だな、あいつは。


 バンブーは歴史に興味無いし、ミーハーだから金閣寺にだけ行ければいいんだって。そのことでバンブーにクレームを入れたら「誰かと落ち合う約束でもしてるの?」って聞かれて「そういうわけじゃないんだけど」って言って口ごもった。


 別に西島のことをヨッチやバンブーに相談してもいいんだけど、何となくこいつらに恋バナするのは照れくさい。


 結局ミラクルは起きなかったし、この後も起きそうにないまま、修学旅行の当日を迎えた。

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