Ⅱ‐7

 ヨッチの協力が無くなって、さあどうしようかと考えたけど、どうせスマートな解決策なんてひらめかないのは知ってたからシンプルに考えることにした。


 宮城さんの立場を悪くしてるのは、宮城さん自身が以前はいじめをしてたことと、蘆名の件だ。人を傷つけないように根回ししながらやるにはどうすればいいかとか考えてたからやることも増えるし難しくなるけど、解決しなきゃいけないのは2つだって思えば自分にもできる気がしてきた。


 ヨッチと話をした次の日の放課後、宮城さんにまず伝えたのはヨッチには全部話が筒抜けになってて、協力を打ち切られたこと。


 次に、宮城さんが前に蘆名達と一緒になっていじめてた瀬川さんって子を宮城さんが今はどう思っているのか聞いた。宮城さんは、いじめてる時は何も思っていなかったと正直に答えた。どれだけ酷いことをしているか本当の意味で分かったのは自分がやられてからだったとも。


 俺は瀬川さんに謝りに行くつもりはあるか聞いて、宮城さんはあると答えた。宮城さんの味方は今のところ俺しかいなくなったわけで、俺の機嫌を損ねたくはなかっただろうから俺が望んでいる答えを察して言っただけかもしれない。それに謝りに行く気はあるかって聞いて無いなんて答えたらまずいのは宮城さんだって分かってるはずだから、このやり取りは半ば強制的に言わせたようなものなんだけど俺はそれも承知の上で瀬川さんに謝罪するよう勧めた。


 誰かに言われてする謝罪に価値が無いのは知っていたし、謝罪された瀬川さんだって、いきなり押し掛けられて迷惑だっただろうとも思う。


 謝罪の場には俺も近くにいたし、瀬川さんが宮城さんをまだ恨みに思っていても許さないとはなかなか言いづらい状況だったわけで、宮城さんにも瀬川さんにも出来レースみたいな、台本のある芝居を打たせた形になった。


 俺は瀬川さんにこれで全部水に流してくれってわけじゃないんだとは言ったものの、俺がやらせたこの和解が茶番だと言われればそうだねとしか言えない。


 ヨッチだったらもっとスマートにやってただろうなとか教師とやること変わんないじゃんって思ったけど瀬川さんへの謝罪無しに宮城さんを助ける気になれなかったし、蘆名とのことよりもまず最初に瀬川さんとのことを形だけでもちゃんとしたかった。


 人が集まると役割や序列が自然とできて、競争が起こって勝ち負けが生まれてって、そういう社会の縮図みたいなスクールカーストの中で俺達は生きてる。


 宮城さんは今回、謝る側になったけど、蘆名の標的になる順番が逆だったら、瀬川さんが宮城さんをいじめてた可能性だってある。


 宮城さんからしたら、瀬川さんをいじめないと自分がいじめられる状況だったかもしれない。自分の身を守るために学年主任や鏑木先輩をぶっ飛ばした俺に何の権利があってこんなことを宮城さんにさせてるんだって思ったら、自分は間違ったことをしているんじゃないかって怖くなったりもした。


 ただ、言い分や事情は宮城さんにだけではなくて、俺やヨッチや蘆名にもある。誰かに寄り添ったり気を使い過ぎてばかりいたら何もできなくなってがんじがらめだ。宮城さんは俺に自分の身の振り方を預けたのだから、宮城さんには俺が正しいと思うことをやってもらう他ない。


 瀬川さんへの謝罪が終わって、俺は宮城さんを家まで送った。帰りしな、宮城さんが「私って終わってるね」って言ってきて、そんなことないよって言ってもらいたがってるのが分かってウンザリした。


「何でそんな風に思うの?」

「だってそうでしょ? 私みたいにブスでバカで性格の悪い子、誰も相手になんかしたくないよ。櫻井さくらい君もさ、本当はそう思ってるんでしょ? だったらヨッチ君みたいに私のことは、ほっといていいから」

「俺が宮城さんをほっといた後、宮城さんはどうするの?」

「そうなったら、私がその後どうしようと櫻井君には関係無いことじゃん」


 すっげえ性格の悪くてネガティブなこと言われて胸くそ悪くなった。自分から助けてって言ってきてやっぱやめていいよって何? 心が弱ってくると誰かに自分を分かってもらいたがるのはしょうがないけど、ブスだ何だって話は「そんなことないよ」待ちじゃん。


 反省や後悔から出た言葉じゃなくて、私は自分の身の程を知ってるし、客観視できてますってアピールっぽくて嫌だった。よっぽど空気を読めないと思われるのが嫌なのかな? 何かこの問題を自分でどうにかするのを諦めてるし、死ぬことばっか考えてそうだし、宮城さんと一緒にいると、こっちまで気が滅入ってくる。


「あのさぁ、俺は宮城さんをブスだともバカだとも思わないよ。性格は人並みに悪いと思うけど。でも宮城さんは性格の悪さでいじめられたんじゃないよ。性格の悪さでいじめられるなら、俺やヨッチや蘆名は今頃誰かにフルボッコになってなきゃおかしいし。宮城さんがいじめられたのは、蘆名に負けたからでしょ。そんで空気読んで負けた相手の言いなりになってるからだよ」


「知ったようなこと言わないでよ。私が好きで蘆名さんの言いなりになってたと思う? みんながみんな櫻井君みたいに立ち向かえる人ばっかりだと思わないで」


「別にそんなん思ってないよ。ただ、自分がいじめられたのはブスだ何だって話をしたから違うんじゃないって言っただけ。まあでも俺にそれだけ言えるくらいの気持ちがまだあるならさ、全部諦めちゃう前に蘆名にその気持ちぶつけてやればよかったじゃんとは思ったかな」


 ちょっと熱くなってたかもしれない。言葉を選べなかった。俺はマジで宮城さんをブスだなんて思ってなかったし、どちらかというとカワイイ方に分類される人だと思ってた。バカだとも思ってないし、性格だって普通なんじゃないって。人並みに憶病でズルくて、まあ多少ネガティブだなとは思ったけどその程度。


 だからこの場合は宮城さんをやんわり励ましたり話をもっと丁寧に聞いてあげて、宮城さんの承認欲求を満たすような行動を取ればよかったんだろうけど、イライラして売り言葉に買い言葉でこうなっちゃって、結果「櫻井君みたいな人に私の気持ちなんて分からないよ」って言われて完全に心を閉ざされた。


「どうせ、私のことなんて誰も分かってくれない」とか「みんな私ばっかりを責めてくる」みたいなネガティブの塊になってたし、自虐的で卑屈なその態度は見てて全然かわいそうとか助けてあげたいって思えなくて「じゃあ、そんなあなたの気持ちが分からないやつに助けなんて求めてくるなよ」とか「宮城さんも俺の気持ちは分からないよね?」とか、もっとイライラしてきてどんどん宮城さんを傷つけるような言葉が湧いてきたから、ヤバいと思って無理やり飲み込んだ。


 宮城さんと俺に信頼関係なんて無くなってたし「もうやめちゃわない?」って俺の心の声がささやきかけてきてて、それでも「明日、蘆名の所に行って話をつけてくる」って言ったのは、ここまできて引けるかっていう俺のクソ意地が出しゃばったせいだ。

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