Ⅱ‐6

 人の評判というものは目には見えないくせに確実に存在しているし、その日の天気みたいにコロコロと姿かたちを変える。気まぐれで、つかみどころの無い、まるでナマズと猫のあいの子みたいなやつだ。


 このナマズ猫の油断のならないところは、そればかりを気にしていると物の本質を見失わせるくせに、無視をするとたちまち牙をむいて襲い掛かってくる。ウナギイヌと似ているのは名前の語感くらいなもので、まったくの別種。妖怪や怪異現象と呼ぶ方がふさわしい。


 ナマズ猫の親戚に民意や世論、SNSのいいねなんてのもいるけれど、そのどれもがナマズ猫同様に気まぐれで、つかみどころが無い。とてもじゃないけど真剣にかかずらわるような大層なものでもないと思っているのに、今では大人も子供も老若男女問わず夢中になってびて、おもねって、忖度そんたくしながら、ナマズ猫やそのたぐいを躍起やっきになって捕まえようとしてる。


 前置きが長くてすんません。何だか偉そうに能書き垂れたくなっちゃったから垂れたけど、要するに俺は人の評判だ何だってのは普段腹の足しにもならないくせに、何かを成そうって時に限って邪魔ばっかしてくるノイズだと思ってる。


 空気を読んで成し遂げられた偉業なんて聞いたことが無い。まあ、色々ともっともそうな能書き垂れたけど、俺はナマズ猫を捕まえるのが苦手。ほいで、俺には小学校からの連れでナマズ猫獲りの名人がいて、そいつが予想外の新しいナマズ猫を捕まえてきたんだよ。


 宮城さんのことがあってから2日後、ヨッチに話があるって言われて夜にヨッチのマンションに呼び出されて行ったんだけど、会ったらヨッチが浮かない顔をしてて「どしたん?」って聞いたらヨッチが「宮城さん、微妙かも」って。


 それ聞いて、最初は宮城さんを助けられないって意味だと思ったんだけどそれだけじゃなくて、宮城さんの人間性も微妙ってことらしくてね。


 最初、ヨッチは蘆名と仲の悪い女子を味方にできないか考えてたみたいで、宮城さんから聞いた情報を基に蘆名の交友関係の裏どりしてたらしいんだけど、蘆名のことが嫌いな子は宮城さんも嫌いな子が多かったんだって。


 しかも、蘆名と宮城さんとのLINEの存在も女子の間では結構知られてて、そのことに関しては蘆名に好意的な子が多いってことが分かった。


 というのも宮城さんは自分がやられる前は、蘆名と一緒になって同じようなことをLINEで他の子にやってたらしい。だから、みんなに自業自得だって思われてるんだって。


 蘆名のことを嫌いな子達ですらそんな感じで、他の好きでも嫌いでもない子達も批判とまではいかなくても同情もしてないらしい。


 俺もここまで聞いて、微妙だなぁとは思ったんだけど、まだ続きがあって、宮城さんは俺といい感じになってるって蘆名達にも自分のクラスの子達にも匂わせてるらしいし、何なら鏑木先輩使ってのし上がった蘆名みたいになろうとしてる節があるらしい。


 ヨッチが完全に呆れてて「地雷でしょ?」って。もともと宮城さんは蘆名グループのナンバー2みたいなポジションだったらしいんだけど、三番手、四番手の子達にクーデターを起こされていじめが起きたんだって。


 ヨッチが「マジくだらねえんだけど。俺も秀ちゃんも、蘆名のグループの内輪もめにいいように使われてるだけじゃん」ってキレてて「もし、俺がよく調べもしないで動いてたら、俺達まで蘆名にやり込められてたかもしんないよ? ちょっと調べただけでこんなボロが出てくる軽率なやつが人を使ってどうこうしようなんて100年はええよ。まだ蘆名の方がマシに見えてきたんだけど」


「蘆名がデマを流させた可能性は?」

「無いね。蘆名のグループと完全に関係無い子達にもかなり確認した」

「じゃあ何で西島は宮城さんの味方してんの?」

「あー、それね。西島さんは宮城さんのいじめより前から、そもそもいじめ自体をするのをやめなよって感じで蘆名に言ってたみたいだよ。

 でもそれは鏑木先輩と付き合ってた全盛期の頃から言ってたらしいし、それでも平気だったんだから、今さら西島さんが蘆名にどうこうされることも無いと思う」

「そっか、分かった。悪いな、こんなん頼んじゃって」

「いいけどさ、俺はもう手伝わないからね」

「うん、俺もテンション下がったし、どうしようかなぁ?」

「ほっとけばいいっしょ」

「まあ、そうなんだけど、そうなったら宮城さんは独りで蘆名とやり合うよね? しかも、俺達使って蘆名にやり返そうとしたのも知った状態でってさぁ、厳しくない?」

「厳しいよ。特大ブーメラン食らえばいいじゃん」


 俺にはまだヨッチやバンブーやおみやんがいるけど宮城さんは本当に独りになると思う。それは俺がこの1年間学校で見てたどの景色よりももっと残酷なものなわけで、それを想像するとヨッチみたいにバッサリ切り捨てられない。


「どうしたの? 秀ちゃんも身の程知らずで空気が読めないやつ嫌いじゃん」

「そうだけど、そんなこと言ったら俺だって身の程知らずで空気が読めないじゃん」

「自覚あるんだ? でも、秀ちゃんの場合は喧嘩の最中とかあえてな感じもするし、いいんじゃない?」

「そりゃ、喧嘩の最中に相手の空気読んだら負けるっしょ」

「そういう基本的なことはサラッと理解してるんだよねぇ。まずそこが宮城さんとは違うし、俺が許せないのはさ、宮城さんが自分も同じようなことしてたくせに、そんな大事なことを俺達に隠してたところと反省してないところだよ。

 あと、秀ちゃんみたいに気難しいやつを簡単に利用できると思ってるところもそうだし、蘆名と同じようなことをあの程度の頭の出来でできると勘違いしてるところもバカだと思うし性格も悪いじゃん」

「そこは俺も引っ掛かるんだけどさ」

「じゃあ何? 宮城さんにホレてるの?」

「ちっげえよ、バカ! そんなんじゃないけどさぁ」

「全然分かんない」


 今の俺の状況でもつらいのに、女の子がさらにつらい状況になるのはかわいそうじゃないかってヨッチに正直に言えなくてうまく説明できなかった。

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