Ⅱ‐4

「あの時にああ言えばよかった」とか「もっと色々と準備しとけばよかった」とか、尾笠原の時も学年主任の時も鏑木先輩の時もこれっぽっちも思ったこと無かったのに、西島佳奈子と名乗った女の子のことになった途端に変な空気になっただけでもめっちゃ後悔してた。


 ああでもねえ、こうでもねえってウダウダ考えて思い出してヘコんで、もしかしたら今日は図書室に来てくれないかもしんないなぁとかって一限目からそわそわしてたんだけど、給食が終わって昼休みになって寝ようとしてたら隣のクラスの宮城さんから声をかけられて、蘆名あしな春香はるかが呼んでるよって言われた。


 でもご飯食べて眠くなっちゃってたし、めんどくさくて「用事があるなら、お前から来いって言っといて」って無視して寝た。


 宮城さん、すごい困ってたんだけど、そんなお前、人を使って呼び出すなんて偉そうじゃん? それで、無視して寝てたんだけど、またしばらくしたら宮城さんが話しかけてきて「蘆名さんが怒ってるから来て」って。何かそうしないと、宮城さんが蘆名から責められるみたいで、宮城さんが泣きそうな顔して頼んできてさ、しょうがないから「分かった」って蘆名のとこに行った。


 ちなみに蘆名春香と俺は小学校も一緒だったし、家も近所でたまに遊んだこともあって知らない仲じゃない。小学校の頃は割と地味で大人しいやつだったんだよ。それが中学に入ってじょバスの派手めなメンツとつるむようになってから変わってった。化粧だの何だの色々やるようになって、それで結構カワイイって噂になるくらい化けて、先輩とかからも人気が出た。もう別れたみたいだけど鏑木先輩の元カノ。


 何を言ってくるのか分かんないけど、どうせめんどくさいことなんだろうなって気乗りしないし、人のこと呼び出してきて偉そうだし、ちょっとムカついてた。


 それで呼び出された女バスの部室に行ったんだけど部室には蘆名の他にも男が2人と女子が3人いて、男の一人が「おせえよ」ってなれなれしく話しかけてきてカッチンきた。何だ貴様その口の利き方はって一気に怒りのボルテージがMAXまで上がった。


 名前もろくに知らないんだよ? そいつのこと。俺より喧嘩弱いくせにさぁ。あったまきて、壁ガンって蹴っ飛ばして「偉そうに人使って呼び出してんじゃねえよ」ってまず言って「鏑木先輩関連の苦情は一切受け付けねえから。あのサゲチン野郎のせいで色々と風評被害も出たしケチが付いてんのこっちだから」って言った勢いそのままにさっきの名前も知らない男の頭ひっぱたいた。


 向こうは完全にひるんで「じゃあな」って帰ろうとしたら蘆名が「待って」って。 「西島と仲良くしてるってホント?」って聞いてきて「俺がどこで誰と仲良くしようがおめえに関係無えだろ」って言ったら西島が俺を利用しようとして近寄ってるみたいなことを蘆名が言いだしてさ、西島の悪口を並べ立てて、俺が西島のいいように利用されそうだから教えてあげたみたいなね、しょうもないことペラペラ喋って恩着せがましく言ってくるんですよ。


 そもそも何で俺を西島が利用するんだって話になって、蘆名が言うには、蘆名と西島との間でいざこざが起こってもめてて、そのタイミングで西島が俺と仲良くし始めてるのは不自然過ぎるって。


 蘆名はもともと鏑木先輩の彼女ってことを背景にのし上がってきたとこあって、それが俺との一件で校内のパワーバランスがおかしくなってて、それに目を付けた西島が蘆名に対抗するために俺を利用するために近づいてきてるんだってそこをめっちゃ強調して言ってきた。


 でも俺は蘆名の話を聞いてて思ったんだけど、もし蘆名の言うように俺を利用しようとして西島が俺に近づいてるんだとしても、蘆名が鏑木先輩使ってやったことを西島がやろうとしてるだけじゃね? みたいなね。どの口が言ってんだと思って。


 それに俺の見る目が無いだけかもしれないけど、西島の振る舞いに人を利用してやろうみたいなずるさは感じなかったし、俺を利用しようとするために、わざわざ部活を休んで俺の後をつけて直接話しかけたりしないで廊下でセリフの練習? やり方がトリッキー過ぎでしょ。俺が図書室に寄ったのもたまたまだしさ、蘆名の言い分は苦しい。しかも仮に西島が俺を利用しようとしてるんだとしても俺は別に困らない。


「要するに西島と仲良くすんなって話?」って言ったら蘆名がようやく状況が分かったの? みたいな顔してたし、だまされるところを助けてあげた恩人に無礼な態度取ったり頭ひっぱたいたりしたことを謝れみたいな空気出されてげんなり。他のやつらも蘆名に乗っかって同調圧力かけてきた。


 こいつら数で圧倒的に有利だからか相手のこと見下しまくってて自分達が不利な状況になるだとか負けるだとか、これっぽっちも考えてないんだろうなって。ほいで自分達の予想通りに動かないやつを空気読めないって見下して攻撃してくる感じが鏑木先輩や学年主任とそっくり。


 嫌いやわぁ、ホントこういう人達嫌い。多分、去年は先輩とこんなんばっかりしてたんだろうなって思うと急いでこの場から立ち去って、弱虫菌がうつる前に手洗いとうがいしなくちゃって思う。


 さすが鏑木先輩の元カノで先輩が落ち目になったら即行で別れただけある。取り巻きも、ちまいことするのが得意そうなやつらばっかり。連れてる男なんて、最初あれだけ粋がってたのに俺がキレて理不尽に頭をはたかれても大人しくなっちゃうようなやつだし使いもんになるわけないじゃん。小物の弱虫になれなれしく話しかけられるなんて胸くそ悪いったらありゃしない。


 蘆名の話を聞いてる間「ここでタバコ吸わないで」って言われても無視して無言でタバコ吸って、吸い終わったら火の付いたままのタバコを指先で弾いて男達にぶつけたり輩モード突入です。「話終わった?」って。帰り際にバチンバチンって名前も知らない男二人の頬っぺた張って、髪の毛つかんで蹴っ転ばした。みんなビビってて最後までにらんでたのは蘆名だけ。「調子乗ってんじゃねえよ!」って言われたけど、ニヤニヤ笑って何も言わないで帰った。


 切った張ったの世界とまでは言わないけど、もし不幸にもガラの悪い中学生を相手に喧嘩をすることになってしまった場合、できる限り相手に不快な思いをさせるべきだし、理不尽なことをするべきだし、必要以上に暴力を振るうべきだ。ただし勝算のある場合に限る。

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