Ⅱ‐2

 うちの学校の図書室は結構立派で、大きさは普通の教室の2つ分くらいある。今までろくに利用なんかしたことなかったものの、時間を潰すのにはちょうどいい。


 ヨッチみたいに頭いいやつだと思われたくて哲学書に挑戦して出だしですでに何を言ってるのか分かんなくて挫折して、博学だと思われたくて日本画と西洋画の美術書をパラパラめくってすぐに飽きて、マンガで歴史を紹介する本ばっかり読んでたら眠くなって、やっぱり知識は動画にまとめてもらった方が分かりやすいわぁって本を読むのを諦めて、誰もいない図書室の隅っこで、カバンを枕代わりにして寝てた。


 そんなにガッツリ寝てたわけじゃなくて、目を閉じて横になってるくらいだったんだけど、窓から差し込む春の日差しが俺を優しく温めてくれた。気持ちいいなぁって、しばらく寝そべってたんだけど寝てる間に誰かが来てたみたいで話し声が聞こえてきた。


 見たら女の子が一人、体育座りしてて本を抱えたまま宙を見上げながら独り言を言ってるのが見えて「何やってんの?」って聞いたら、その子めっちゃ驚いてた。


「うわっ、恥ずかしい。見てたの?」

「見てたっていうか目に入ったっていうかね。何やってんの?」


 よっぽどまずいところを見られたと思ったのか、しどろもどろになってて、演劇部の練習でセリフを覚えてたって説明するのに「えっと…」とか「何て言うのか…」とか「あれだよ」を繰り返してすごい時間をかけてた。


「そっちこそ何やってんの?」


 説明を終えると女の子は恥ずかしさを紛らわすためか、ちょっと攻撃的で問い詰めるような口調になってにじり寄ってきたから「別にそんなに恥ずかしがることじゃないと思うよ」って言ったんだけどヤブヘビだったみたいで女の子は俺に腹パンを入れてきた。


「恥ずかしいとかそんな話、全然してないじゃん! 何してたのか聞いてるんだけど」って言われたから、ここで寝てたことを普通に伝えたんだけど伝えたら伝えたで、なぜこんな場所で寝てるのか、部活はどうしたのかと矢継ぎ早に質問してくる。


「眠かったから寝ただけだし、部活は結構前に辞めてるよ」


 俺はこの返答で納得してくれるのか心配になって、目の前の女の子が次に何を言い出すのかドキドキしながら見守った。


 女の子は、何かを考えてたみたいなんだけど急に名案が閃いたように顔がパァっと明るくなって「ねえ、暇ならここのセリフ覚えるの手伝ってよ」って。


 お願いをする時のクリっとした黒目がちな瞳が俺の顔をのぞき込むようにして見てきて超絶カワイイ。距離が近いからか女の子の前髪が揺れるたびにシャンプーのいい匂いがしてくるし、視覚と嗅覚がバカになった。


 誘われてめっちゃ嬉しかったのに「どうせ暇だからいいけどさ」みたいなしょうもないスタンスでカッコつけた。


 俺がロミオ役。女の子がジュリエット役で、ロミオが月にジュリエットへの愛を誓うシーンをやることになった。ロミオが美しい月に愛を誓うと、ジュリエットが満ち欠けを繰り返す移り気な月には愛を誓わないでと言うシーン。


 最初は照れたり恥ずかしがったりカッコつけたりしながら読んでたんだけど、女の子に「真面目にやって」って言われてめっちゃ怒られた。でもさ、超カワイイなって思ってる子に面と向かって「私は月に誓ってあなたを愛します」っていきなり言える? 恥ずかしいんだけど俺。

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