Ⅰ‐5

 俺はおみやんの頼み事を可能な限り全部聞いた。塾でおみやんをいじめたやつを女子の前で恥をかかせながらボコボコにして、そこにおみやんが登場して仲裁に入って俺が「おみやんがそこまで言うなら」とその場を去る。茶番も茶番だったけど効果はあったみたいで、おみやんはとても満足そうだったし、俺もおみやんが満足してるならいいかと思ったんだけど、やっぱりこういうもめ事っていうのは一回始まると続くことの方が普通で前回の尾笠原みたいなケースの方が稀なようだった。


 おみやんが俺を出してきたみたいに、おみやんをいじめたやつも先輩を出してきて、しかも俺に直接来る前に北総中の他の生徒に手を出して、今回ばかりは大ごとになった。


 俺のところにクレームが来た段階ですぐ動いて相手を黙らせたんだけど、殴られたやつからしたらそんなのやって当然だし、まったく関係の無いことでそんな目に遭った身としては、ふざけんなってなるし、そいつもそいつの友達も俺にヘイト貯めるから、結構な人数に嫌われた。


 中一の頃からムラケンに用も無いのによく深夜のコンビニに呼び出されてて、タバコとかもその頃には吸ってた。ムラケンは自分から呼んだくせにやること無くて暇だって、よその中学のヤンキーとか見つけると「あいつとタイマン張ってこい」とか言われて喧嘩とかもしてて、だから俺としては喧嘩することにあんまり抵抗は無かったんだけど、そういう日常で生きてないクラスの連中とかからものすごい拒絶反応が出た。前回の尾笠原が執行猶予で今回が実刑判決。合わせ技のダブルパンチでもう大変。


 中学生でタバコ吸ってよその中学の人と日常的に喧嘩してて、しかもそれが原因で他の関係無い人達まで巻き込んだってなったらそりゃ悪者になる。


 ホントに「こんなに変わる?」ってくらい。「俺の中身、1ミリも変わってないんだけど」って思ってたけど無理なものは無理らしい。女子の拒絶反応が出た後に生まれる団結力って半端ない。生徒づてに教師の耳にも入って目を付けられたし、受験を控えた先輩達もいい顔はしなかった。そんな状況になって、おみやんの一件から一週間後には学年主任に宿直室に呼ばれた。


 それでまたこの職員室でも生徒指導室でもなくて宿直室っていうのが嫌らしい場所なわけなんですよ。普段は教師が夜間に寝泊まりするのに使う場所なんだけど、ドアを閉めると完全な密室になって、外からだと誰も何も見えないし不透明なことが起きやすい場所で、教師が生徒を秘密裏にボコボコにするのにも使われてた場所だったりもした。


 もうね、ドア閉めて二人きりになった瞬間から俺のことボコそうって感じで学年主任の顔つきが変わってて「うわぁ…」って思ったし「村田といいお前といい、柔道部はどうなってんだ?」って嫌な言い方してきた時のうろんげな目付きがすごい嫌だった。理解できないものへの攻撃的で排他的な態度のようでもあったし、道を誤った愚かな人間に対する蔑みみたいな感情がダイレクトに伝わってきた。


 学年主任は汚物でも見るような視線を向けながら俺にクチャクチャと長いお説教を垂れてきて、お前は人の人生をめちゃくちゃにして平気なのかみたいなことから始まって、お前のせいでうちの学校の評判は悪くなったし、そのせいで今年受験の俺の1個上の先輩達がすでに迷惑してる。来年度から受験のお前の同級生は、もっと迷惑するだろうから、これ以上問題を起こすなら学校には来なくていいとか言われたんだよ。


 この後の俺の選択肢って2つしかなくて、1つ目は、めちゃくちゃにへりくだって謝って学校と教師の犬になるか、2つ目は、これからも好き勝手やるし、テメェらに言われなくてもはなから学校なんか来ねえよって突っぱねるかじゃん。


 この2択のうち、1つ目を選ぶと思う? 俺が? 冗談でしょ? 多数決や立場を利用して誰かに言うことを聞かすようなやり方が大っ嫌いな俺のやってやんよスイッチがまたポチリと押された気がしたし、ポチッた瞬間に逆張りの反骨精神が火を噴いた。


「マジっすか? 義務教育なのに免除してくれるなんて最高っすね」


 言葉がするりと口から滑り出た。一度口に出したら二度と取り消せない言葉の弾丸は、いつもこんな風に簡単に放たれて、不可逆的な状況をつくりだす。


「お前らはいつもそうだ」


 呪うように言葉を吐き捨てながらも、学年主任は自分の見通しは間違っていなかったと、むしろ清々しい顔をしていた。持ち合わせていた正義感が、憎悪が、目の前の人間は何をしても許される忌むべき存在だと確信したのか笑みすらたたえている。


「お前ら? 目の前にいるの俺だけですけど?」


 俺は学年主任の目を真っすぐに見つめた。自分を傷つけようとしてくる人間に傷つくのは嫌だった。悪意を持った相手の思惑通りになんてなってやるつもりはなかった。そういう俺の態度が気に食わなかったのか「お前らみたいなのはみんな一緒だ」って、暗い目をしながら学年主任は俺をにらみつけてきた。


 俺はまだ14歳で大人に本気ですごまれて怖くないわけじゃなかったけど、ちょっと怖い空気出せばビビると思われているのが許せなかった。


 殺す気でにらみ返す俺を見て学年主任は俺のことを殴りたくなったのか「人を殴るんだったら、殴られる覚悟もあるんだよな?」って聞いてきた。それと同時に急に立ち上がって殴りかかってきて、不覚ながらも学年主任に返事をしようとしてた俺は不意を突かれて結構殴られた。頭も踏んづけられたし腹も蹴っ飛ばされた。


 日常で人を殴る蹴るなんてまずしないじゃん? やるとアドレナリンが出まくって止まらなくなるくらいボコボコにしちゃう時があるんだけど、この時の学年主任がまさにそれで、それでも学年主任は自分は指導してるんだって気でいたのが怖かった。生意気なやつにムカついて殴りたくなったから殴っただけのくせに「お前がやったのはこういうことだ」みたいな、指導って大義名分付けて14歳のガキんちょの顔面を平気で蹴っ飛ばしてんだから。


 俺は学年主任の足に組み付いて転ばして、すぐさま両肩と頭を抑え込んで馬乗りになる。殴ろうとして拳を振り上げると、学年主任が「何だその手は?」と恐る恐る聞いてきた。


「テメェのことぶん殴るんだよ」


 大人が自分の力に脅えるのを見たのは、これが初めてだった。構わず横っ面を殴りつける。


「自分が何をやってるのか分かってるのか?」


 学年主任は聞いてきたけど、もう答えなかった。殴るんだったら殴られる覚悟もあるのか聞いてきたのは学年主任の方だ。殴られて驚いてるの見ると、ガキんちょ相手にいじめみたいなことしかしてこなかったんだろうね。やり返されたことも無かったんだろうし、自分がやられるところを想像もしてないやつが人に手を上げるべきじゃないでしょ。そう思うと余計に腹が立ってこのまま無言で気絶するまで殴り続けてやるつもりだった。


 きっちりガシャガシャにしてやろうとしてたら、途中でタイミング良く俺の担任の教師がドアを開けて入ってきて、多分だけどガキ一人に見張りまでつけてたっぽい。ドアを閉めた宿直室は、近くで聞き耳でも立ててなきゃ中の様子なんか分かりっこない。少なくとも大人二人がガキんちょボコすのを容認してたってことだ。


「お前は何をしてるんだ!」って担任の教師が怒鳴ってきて「お前こそ、さっきまで何してたんだよ?」って聞いたら黙った。


 次の日に柔道部の顧問に呼び出されて説教されて、学年主任に謝罪するように言われて柔道部も辞めた。カズさんやバンブー達に考え直すように言われたけど顧問含めて学年主任とか他の教師に頭を下げるのが嫌で根こそぎ全部を拒絶した。

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