Ⅰ‐3

 ヨッチから情報を得た俺は、嫌がるバンブーを引き連れて東中の校門前にある梨畑に隠れ、性悪イケメンの尾笠原を待つことにした。ヨッチからの情報だと、尾笠原は背が高くてロン毛でレイカーズのバッグを持っているらしい。人のことぶん殴っといて人違いでしたじゃ済まないから、一応そのくらいの情報は仕入れておくくらいの知性は俺にだってある。


 尾笠原はまだ部活をやってるのか、なかなか校門前に姿を現さない。退屈してきて、この前カズさんと部室で二人きりになった時にカズさんが急に真顔になって「セックスする?」って聞いてきた話とかしてた。


「あの人イカれてるよな」

「カズさんのことホント好きだよね」

「だって、面白くない? お前、『北斗の拳』読み終わった直後だからって、胸に7つも根性焼き入れられるか?」

「あれは、みんなできるけどやらないって種類のことだよ」

「そうやって、みんな言い訳しちゃうんだよ」


 俺は自分にはできないことをできる人間を無条件に尊敬してしまう癖があるためか、カズさんに弱い。ヨッチの妹の奈緒子のパンツを盗んだ時だってそうだ。盗んだのがバレてからカズさんと奈緒子が遭遇したとこ見たことあるけど、その時もカズさんは実に堂々としていて器のでかさを感じた。気まずそうにしてる分、逆に奈緒子の方が悪いことをしているようにすら見えたもん。


 カズさんは喧嘩も柔道も弱いし勉強もできない。この人に喧嘩か勉学の才覚があれば天下だって取れたんじゃないかと思うけど、天はカズさんに器のでかさだけを与え、二物を与えなかったのが残念でならない。


 俺はそのことをバンブーに言ったんだけどバンブーは俺ほどカズさんにハマってたわけじゃないからかあんまり話に乗ってこなくて、カズさんの話が終わるとやること無くてめっちゃ暇になって「TikTokではあんなにもカワイイ子がいっぱいいるのに何故自分達の周りにいないのか」とか「世界が崩壊して地球上に自分とゴルバットしかいなくなっても俺はゴルバットを好きにならない自信がある」とか散々しょうもない話をしてたらようやく尾笠原っぽいやつが来た。生意気にも女連れで。


 ヨッチの言ってた通り、背が高くてロン毛で、レイカーズのカバンを持ってる。念のために「尾笠原」って呼んで振り返ったのを確認して、一直線に駆け出した。


 何が起こってるかも分かってない尾笠原にドロップキックして転んだとこを「テメェ、こんならぁ!」って叫んで、腹を蹴っ飛ばして、踏んづけて、胸倉つかんで顔面をぶん殴った。もっと壮絶な殴り合いを期待してたんだけど一方的な展開になって、尾笠原は殴られた頬を押さえてこっちを見てるだけだった。俺に向かってくるような気配も無いし完全にビビってるのを見て冷めてしまってバンブーに「帰るぞ」って言って帰ることにした。


 バンブーはバンブーで「俺は必要だった?」って聞いてきたけど、俺だってこんなにあっけなく終わるとは思ってなかったから拍子抜けしてたし、一方的過ぎて最後にぶん殴った時なんかは嫌な喧嘩したなって後味が悪かった。


 尾笠原と一緒にいた女の子は怖かったからか逃げちゃってて、周りにも何人か東中のやつが見てたけど誰も助けようとか無かったし、確かに俺一人でもよかったかもしれないどころか、この喧嘩はしなくてよかった。


 後から東中の1個上が俺のことを狙ってるとか噂が出回ったりしたけど特に何も無くて、尾笠原以外のどこの誰にも俺の評判は上がりも下がりもしなかった。

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