Ⅰ‐2

 女子部員と女友達獲得に失敗し、バンブーがゴルバットに振られたのを見て恐怖した我々は、柔道部が女子に好かれるにはどうしたらいいのか、再度みんなで考えることになった。


 三人寄れば文殊もんじゅの知恵ということわざもある。これは凡人でも三人集まって相談すれば、知恵を司る菩薩ぼさつ、文殊のような知恵が湧いてくるという意味だ。ただ中学生男子が三人も集まって女子のことを考えたら出てくるのは知恵ではなくてせいぜい我慢汁くらいのものだ。女子に好かれるようなスキルなんて持ってないし、腕力だけしか持ち合わせていない俺達は、だったらその腕力を生かそうよってなって女子に嫌われているやつをぶっ飛ばして人気者になろうとした。


「悪いやついねえか?」ってなまはげみたいに聞いて回って、どこにもいなくて、むしろバツ告トランプで大して好きでもないのに悪ふざけで告白しまくっていた柔道部の噂が女子に広まっていたらしく、北総中学で今一番女子に嫌われているのは自分達だという悲しい事実は俺達をとても傷つけた。


 カズさん達1個上の先輩はもうとっくに諦めていて夏の中学最後の大会に向けて真面目に部活をやり始めたし、バンブーとおみやんも「もうやめようよ」って言ってきた。


 俺はバンブー達に、先輩達は今年で最後だし諦めるのはしょうがないとしても、俺達には来年がある。今のうちにイメージを払拭しておかないと、また来年も女子部員がゼロのままだ。負の遺産は俺達の代までで止めるんだとか、他の中学ならいるかもしれないから、そいつらぶっ飛ばそうって言ったんだけど、バンブー達穏健派はもともと喧嘩なんかしたくなかったみたいで結局、誰も何もせずに諦めて改革派は俺一人だけになった。


 完全にノープランだったけど後に引けなくなって「あいつなら何とかするだろ」ってヨッチに相談することになる。


 ヨッチは小学校の頃から俺とバンブーといつも遊んでいて、中一の時も一緒の部活やろうって言ってたくせにバスケ部に入った裏切り者だ。もっともヨッチからしたら、入学式の日までバスケ部に入るって言ってたくせに急に柔道部に入るって言いだした俺の方が裏切り者らしいけども。


 朝練が終わって教室に入ると一番後ろの席でハイデガーの『存在と時間』を読んでるヨッチの姿があった。中二で哲学書なんか読んでるやつの多くはコミュ障な自分を誰かの考えた屁理屈で理論武装してるだけのバカばっかりだけど、こやつにとっての読書は歴史的哲学者と自分と、どちらの頭脳がより明晰めいせきか無邪気に比べっこしている節がある。


 頭いいのを鼻にかけてこじらせているくせに、セルフプロデュースがうまいのは、物事は正しいことをするのが正解ではなくて、周囲から正しいと思わせることが正解だと思ってる下世話なリアリストでもあるからだ。


 俺はヨッチの前の席に座り「おはよう」と声をかける。ヨッチは目線を本から俺に向けた。


「お前、最近は塾ばっかで俺達と遊ばなくなってるけど、塾にカワイイ女の子か面白い顔したやつでもいるのかよ?」

「いないよ」

「じゃあ、何しに塾行ってんだよ?」

「勉強だよ」


 ボケてツッコんで割とテンポのいい会話になったなと思ったんだけど、ヨッチには響かなかったようで真顔のままだ。目の前の男は愛想笑いという言葉を知らずに生きている。


「まあいいや、今、この辺の中学で女子に嫌われてるやつ知らない?」

「お前らがめっちゃ嫌われてるらしいよ」

「知ってる。そういうのじゃなくてさ」


 俺は今回のプランを説明した。プランを聞いたヨッチは「そんなことして女子が柔道部って素敵やんってなると思うか?」って聞いてきたけど「やってみなきゃ分かんねえだろ」って突っぱねた。


「結局、よその学校で嫌われてるやつ知ってんのか知らねえのか言えよ。成功するかしねえかは俺が判断するから」


 ヨッチは「あーあ、また始まった」って顔して説得を諦めたのか「知ってるけど」とポツリポツリと話し始めた。ヨッチが塾の友達に聞いた話では、俺達の通う北総中学から近い東総中学に尾笠原おがさわらっていう性格と女癖の悪いイケメンがいるらしい。バスケもうまくて有名でちょうど話題になってたんだって。


「イケメンでバスケ部のエースで女子に超嫌われてるって、どんだけ女癖悪いんだよ。そいつ女の子とヤってんの?」

「ヤリチンらしいよ」


 それを聞いた瞬間「へえー」って言いながら口元が緩んで、心の中にボワッと黒い炎が渦巻いた。よし、殺そう。


 俺は「ヨッチもそいつぶっ飛ばしに行く?」って聞いたんだけど「行かない」って素っ気なく断られた。俺がキレてんのに笑う時は近づきたくないみたいだ。話題を変えようと「そういえば、カズさんがヨッチと遊びたがってるよ」って言ったら「その前に、妹の部屋から盗んだパンツ返してくださいって言っといて」って。


「あんなに喜ばれるならパンツも幸せだと思うぞ」

「奈緒子がめっちゃブチギレてるよ」

「それはカズさんも知ってるよ。逆にオナニーが充実するって」

「最悪だな。どうせ遊びたいって言ってまたパンツ盗みに来るんでしょ?」

「もうパンツは盗む気無いんじゃないかな」

「何で?」

「今度はブラジャーが欲しいって言ってたから」

「アメリカのジョークか」


 ヨッチはあきれてまた視線を落とし、本を読み始めた。

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