Ⅰ‐1

 1年の1学期が終わって夏休みに入り引退したはずのムラケンは、卒業するまで気まぐれに部室に顔を出し、稽古と称して俺達を投げ技でサンドバックにしていた北総中学柔道部の冬の時代と呼ばれるクソみたいな時代が中二になってようやく終わりを告げた。


 これにより、北総中学はムラケンによるムラケンのためだけの独裁政権から脱却し、今まで傀儡かいらい政権でしかなかったカズさんを党首とした自由連立政権が本格的に機能し始める。カズさんの掲げる今までムラケンが築き上げてきたヤンキー路線を払拭し、死ぬほどチャラいナンパな部にしようぜを合言葉に女子部員獲得のために奔走した。


 世の中というのは意外とうまくできていて、いいことがあったら悪いことがあるように、悪いことが続けばきっといいこともある。俺達は不幸にも、大人達のつくり上げたこの嘘八百で何の根拠も無い言葉を信じ、冬の時代のマイナスに見返りを求めてしまっていた。


 さらに不幸だったのは、全員が全員、特に申し合わせたわけでもないのに性欲を司る第二の頭脳、おちんとん先生の手先になってしまっていたことだ。


 おちんとん先生が提唱される説には小難しい戦術や戦略といったものは一切無く、なぜかかわいくてエロい体をした女子部員が入ってくるし、その子となぜか二人きりで寝技の練習をすることになるし、なぜかそこでハプニングや告白などされたりして、そのままAVやエロマンガみたいな展開になるぞと俺達に耳打ちしてくる。


「お前らはモテないし、カワイイ子は柔道部に入らない。もし仮に入部してくれても、お前らなんか相手にもされない。そんなことないって? そんなことあるから」こんな身も蓋も無い話しかしない脳みその言葉より、分かりやすく表現力と創造性に富んだおちんとん先生のお言葉を信じるのは自然の流れだ。


 巨乳の子なら上四方固めでパフパフ。スレンダーな子なら横四方固めでフンガフンガ。立ち技の練習で手がおっぱいに当たっちゃったらどうしよう? 部室に入ったらちょうど着替えてる途中っていうラッキースケベは発生しちゃうのかな?


 人は真実よりも信じたいものを愛する。おちんとん先生はその辺もよく分かってらっしゃって、先生のお導きよって自発的に分泌される脳内フローラは俺達を気持ち悪い笑顔にさせた。


 みんな相当にガンギマリしていい夢を見ていたんだと思う。女子部員獲得は柔道部長年の夢だ。突然始まったわけではないし、去年も一昨年も失敗してるから女子部員がいないのに、その原因を全部ムラケンのせいにして誰も真実に目を向けようとはしなかった。


 失敗から学ぶことは多いと言うけれど、1ミリも学べないことだってある。柔道部員が総出でその誰もが真剣に女子部員獲得に駆けずり回ったにもかかわらず、気付けば仮入部期間は終わり、入ってきたのはガリとデブとチビの男だけ。その頃から、おちんとん先生のお声は聞こえなくなり、脳内フローラがまったく分泌されなくなっていった。


 カズさんに「俺のパフパフ知りませんか?」って聞いてみても知らないと言うし、小学校からの幼なじみでムードメーカーのバンブーがこの停滞した空気を変えようと「突然現れる謎の転校生に期待しよう」と脳内フローラ全開な時期ならまあまあ気の利いたことを言ってもみんな賢者モードになってたから「何言ってんだこのバカ」と全員がバンブーを無視してどちゃくそ険悪な空気になった。


「何が死ぬほどチャラい部活だ」「同じ道場を使っている剣道部には女子が入るのに何でだ?」「モテなかったのはムラケンのせいじゃなかったのかよ?」


 夢から覚めた俺達の心はすさみ、やさぐれて、不平不満が渦巻いた。サッカー部やバスケ部に転部しようとするやつも出てきて、カズさんの連立政権が早くも瓦解しそうになったんだけど柔道部最弱の男、おみやんが「サッカー部に入ってもモテなかったらどうするの?」と言ってからは誰も何も言わなくなった。全員が全員、モテないことを柔道部のせいにすらできなくなってしまったら己の自尊心が砕け散ってしまうじゃないかと震えた。


 じゃあ、どうすんだよってみんなで相談したんだけど、カズさんが女子の知り合いを作ればいいんじゃないかって話をしてきて、誰かが付き合って、その付き合った子からまた友達を紹介してもらう夢の無限ループ作戦を打ち出した。それを聞いてみんな「カズさん、さすがっすね」みたいな空気になって元気になったんだけど、そもそもそれができなかったから女子部員を入れようって話になったことを全員が忘れていた。


 仮入部期間中に見ていた夢の続きをどうしてもみんな見たかったんだと思う。希代のペテン師おちんとん大先生は、そんな心の隙を見逃さない。またしても躍らされてしまう。


 付き合うには告るしかない。誰が告んだよってなって、仕方ないからババ抜きで決めた。こういう罰ゲーム的なやつって不思議と負けるやつと負けないやつにきっちり分かれる。俺とか全然負けなかったんだけど、カズさんとおみやんと、それと特にバンブーがよく負けた。


 ちなみにバンブーのあだ名の由来は、テスト中に屁が出そうになって机を叩いた音で屁をごまかそうとしたんだけどタイミングがずれて、机を叩いた「バン」っていう音の後に「ブー」って屁をしたからバンブー。


 しかも唐突に机を叩いたからみんなが注目して静まり返った状態で屁の音が鳴り響いたらしい。マジでその現場にいたかったわ。普段はすげえ真面目で優しいやつなんだよ? 神様は何でそんな心優しいバンブーに試練を与えたのか分かんないけど、とにかくそういう何かを持ってるやつだった。


 バンブーはババ抜きで計3回負けて、1回目と2回目はクラスでも人気のある子とかに告ってたんだけど断られて弱気になったんだと思う。最後は吹奏楽部のゴルバットって呼ばれてる女子に告ったんだけど、ゴルバットにすら「タイプじゃないんで」って言われちゃってて、俺達もそこで慰めてあげればよかったんだけどいじりたいって欲望に勝てなくて、その後、事あるごとにバンブーにゴルバットいじりしたし、バンブーはバンブーでいつも「あいつは遊びだった」って言うから、みんな鉄板で笑った。


 結局何の成果も上げられなかったこのバツ告トランプは、敗者にただただ深い心の傷を負わせた。これを問題視した北総中学柔道部は以後バツ告トランプをタブーとした。

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