第5話 開戦

「なんで毎回半額の弁当なんだよ」

「安いから。それに安いの買えって青ちゃんから指示でてるし」


 買い出し係は銀城さんが担当している。朝と昼はおにぎりで、夜は半額セールのシールが眩しい幕の内弁当である。


「だいだいさ、これ買うのだって苦労してんだよね。売り場は毎晩戦場だもん」

「戦いには負けてるしね。これだけのり弁だもん」


 そうはいうが日々野さんに不満はないらしい。安くて腹が満たせているから、それだけで満足なのだろうか。


「あんたはまだいいでしょうが。私社長なのにカップ焼きそばなんですけど」

「好きでしょ?」


 銀城さんは悪びれず、半笑いで弁当をかきこむ。


「三日も続くと飽きるって」


 見張りは続けているが、動きはない。ダスク・エイジが戦力を拡充させているのは津同さんにも報告をしているのだが、敵も味方も静かそのものである。


「しかし、こんな狭いところに五人もいたら頭がおかしくなりそうだ」


 レイさんは食べ終わったゴミをまとめ、窓を開けた。換気扇のスイッチも入れて、銀城さんの食後の一服を促すかのように見張に戻った。


「そう? 合宿みたいでいいじゃない」

「おお、青い青い」

「魔族ジョークね」

「誰だって考えつくことだよ」

「なんだっていいけどさ、確かに暇だよ。テレビがあるんだったらゲームでも持ってくればよかった」


 紫煙も緩く風になびき、仰向けのままテレビを点けた。魔族と天使の恋愛ドラマが映り、顔を向けてはいるが、見てはいない。


「パソコンでやる?」

「社長とは趣味が合わん」

「格ゲーもあるよ」

「コントローラーでやりたい」


 そんなやりとりが毎日続いている。銀城さんじゃないけど、暇なのは事実で、私も筋トレくらいしか時間を潰せずにいるのだが、


「廊下でやんなさいよ」


 と社長が言うからそうしている。ドアは開けっぱなしにしてくれているけど、やっぱり少し寂しい。


 それは突然で、私が腹筋を終え、敷いていた段ボールに汗が垂れた頃だった。


「出てきた! あの角、間違いない!」


 アリス・クライブだ。叫びは痙攣寸前の腹筋にどすんと響き、緊張の張り詰める室内にいなかったことを幸運に思った。


「武装車両多数。兵隊が… …なんだあの数、二百どころじゃねえぞ」

「津同さんに連絡。私らは念のため後方に避難、レイちゃんたちは一階で待機」


 銀城さんが車のキーを手で遊ばせながら、


「何人いんの? あんまり多いと面倒だよ」

「まだ増えてるな。二百よりはずっと多い」

「ふーん。じゃあさっさと逃げようか」


 日々野さんは電話口でレイさんの目視情報をそのまま伝えている。それによると、あちらにも私たちと同じような衝撃的事件が起きていたらしい。


「宣戦布告があったそうよ。ダスク・エイジから大神信奉に対して、正式にね」

「やばいって。おい風子、急げ。社長と青を津同さんのとこまで持ってけ」

「合点」


 窓からそれを見下ろすと、魔族の集団であることには間違い無いのだが、その戦意の高さが窺える。抜身の槍に剣に杖に、今風の装甲車両がずらりと並んでいる。装甲と重火器どっさりのやつだ。


「わかるか時雨、あそこ、後列の」


 目視はできなかったが、桁違いの魔力の力場でそれがわかった。


「不動産屋の前を横切ったあの人たちでしょ? 魔力の量が半端じゃない」

「あの真ん中にいるのがアリス・クライブだ」

「先に行ってるぜ。頑張れよー」


 銀城さんの投げやりな応援に親指を立てると、彼女は精神が壊れたのか、満面の笑みで中指を立て返した。


「予定通り、大神のところからも人は出る。でもその前にレイちゃん、牽制よろしくね。一番槍ってのが肝だから」


 社長たちは慌ただしく階段を降りていった。魔族の集団がここを通過するまで数分はあるが、私たちはこの先を通らせまいとする立ち往生した僧兵のようなことをしなければならない。


 裏通りに響くエンジン音が遠ざかると、レイさんは私を小脇に抱えた。


「よし」

「は? 何がよし? ちょっと、おろしてよ」

「こういうのはな、インパクトが大事なんだよ。ライズ・ファームの名前も売ってこいって指示も出てるし、登場は派手な方がいいんだ」

「だからって、私を抱える必要はないでしょ」

「無いけど、一緒に降りた方がいいだろ」

「一緒って……階段くらいは一人で」


 舌噛むぞ、と彼女は窓辺に足をかけた。


「何をするかわかったぞ! あんた、私に恨みでもあんのかよ!」

「ワッハッハ。かわいい後輩には苦難と試練を!」

「魔族の流儀なんか知ったことか——わぁああぁあああああ!!」


 魔族には飛行能力を有する個体もいるが、彼女はそうではない。翼もなく、滑空すらできない。

 これは落下である。着地の瞬間、抱えられたレイさんの腕に腹がめりこみ、情けなく夕飯をぶちまけてしまった。大丈夫か、なんて心配には彼女のスネに拳をぶち当てて返事とした。


「誰だ!」


 進軍中の部隊が叫んだ。しかし突然空から降ってきたものに対する声かけは、どうしても平凡になるもんだ。

 軽機関銃の銃口が、月光に反射する刃が、そして火炎や雷の先ぶれたる魔法陣が、私たちを睨みつけた。


「ライズ・ファームだよ」


 と、両手を挙げた。無抵抗のポーズだが、どうも怪しい。

 一方私は立ち上がって、こけおどしに腕組みをするのが精一杯で、


「雇われか。怪我する前にうせろ。通告はしたぞ」


 射撃用意の声がかかり、じりじりと前進してくる。しかしレイさんは不敵な笑みを浮かべ、ぱっと挙げた手を振り下ろし、誰よりも早く火球を出現させ戦列の先端にぶつけた。


「応戦!」

「ぬるいぜダスク・エイジ!」


 猛烈な射撃が始まった。口火を切ったレイさんだが、障壁を展開させ、そして私の首根っこを掴み逃げ出したのだ。


「な、逃げるなら最初からそうしなよ」

「牽制と挑発が仕事だ。後は津同さんのところに任せよう」

「……それにしては、五、六人吹っ飛ばしたみたいだけど」

「かもな。それより変身したほうがいいぞ。腕組みでライセンスに触れてるあたり、お前もなかなか修羅場慣れしてるなあ」

「そりゃどうも!」


 逃げれば、当然に追ってくる。下半身を獣のように変質させた急襲部隊が手製の槍を構え、レイさんの横についた。


「敵は排除する」

「はぁ、どけ三下め」


 空いている彼女の掌から放たれた火球は、その魔族を軽々と焼いた。鼻につく異臭は、悲しいかな、嗅ぎ慣れている。


「社長、交戦したぜ」

『もう少し粘って! もうすぐ』


 レイさんのインカムを、なにか鋭いものが飛来して粉々にした。その余波で彼女の耳が少し裂けたが、


「ん、美容院の予約しないと」


 と持っていかれた髪の毛の数束の方が気になるらしい。


「余裕ぶっていられるのも今のうちだ」


 嘲りの声が前方を塞いだ。高速移動してきた部隊は豹のような姿をしており、速度に重きを置いているのだろう。そうでなくては酔うほどの速度を出すレイさんに追いつけるはずがない。


「二手に分かれようか」

「は?」


 また妙なことを言い出した。こういうときは決まって私が損をする。

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