第7話 物語る消された足跡

 落ち着くが昂ぶる矛盾した旋律、そこに人工音声の歌が重なる。

 ライセンスの声に私はサメちゃんと名前をつけているのだが、いつもは冷めているくせに、歌うときだけは熱が入っている。


「老兵だが、だからこそ前進を嫌わない。臆病だから逃げないんだ、逃げたらどうなるかわかっているから」


 愚者の発想だろうが、サメちゃんは付き合ってくれる。だからアリスにも付き合わせる。


 刀での対話は連綿とし、呼吸を忘れ、それを思い出すときは必ず間合いがあいている。交剣知愛は素敵な格言だが、この状況はどうだ、知るもなにも、友情を置き去りにし、私たちは命を削り合っている。


「はっ! 美しく怯えやがる!」


 その怯えとは撤退を拒むこの心こそを褒め称えたものだ。彼女は私の内側を、この技を産んだ心を美しいという。やはり魔族の感性だが、これはそんなロマンチックなものじゃない。


「これで踊ればみんな友達さ。今まではずっとそうだった」


 死んじゃえばそれまで。しかし生き残った人たちとは、たまに連絡を取合う仲だ。


「私の始伝も見てくれ。最近はどうも張り合いがなくてなあ」

「結構です!」


 断ったのに、地面が揺れた。空気までもが振動し、道路を突き破ってなにかが現れた。


 三メートルはあろうかという石の巨人だ。表皮は黒く、コンクリートが原料なのだろう、おそらくは集団戦や攻城戦向きの技で、個人を相手に使うものじゃない。


「マジック・パンツァーだ。小型のも用意してやる」


 指を弾くと同類の、しかしマネキンのような細身が無数に生み出された。


「……こっちに何人兵隊がいようが関係なかったんだね」

「かもな。これは魔力消費が少なく、硬くて力も強い。大小使い分けられるし、便利だろ?」

「困ったことに、それでも老兵は進む。なぜかって、わからないのさ。敗北ってやつを。知ればそれまでの世界だけしか進んで来なかったから」


 行進曲が見えない壁で私の後退りを阻む。退路はなく、自ら閉ざしたその壁に背を押され、マネキンへと歩みを進める。

 速度はなくてもいい。一歩ずつ、確実に進むのだ。どうせ相手はやってきて、私へと攻撃をする。それを受け、刀を振り上げる。


 ダン、と木槌で土を叩くような音がして、マネキンの頭がかち割れた。


「うはは。次ィ」


 逆胴からまた一体、そして切り上げてもう一体、一際大きいものは膝を踏み台にして首を撥ねた。


 マネキンは全て切り裂かれ、ただの土塊に戻った。その向こうに、渋面の新しい友達が見えた。


「……そんなことが可能なのか? 六体のパンツァーの攻撃を受け止め、一撃で破壊するなど」

「可能だね。少なくとも、私には」

「四等ライセンスの実力じゃない。姫昏時雨……なぜその名を私が知らない。お前は何者だ」


 呼吸の乱れを隠し通せ。快活そうに、余裕ぶって会話をしろ。少しでも回復の時間を生み出さなければ、か細い勝機を逃してしまう。


「高校でライセンスを取って、大学は世界中で仕事をした。戦争、決闘、用心棒に敵討ち。どれも表には出ないさ」

「世界中? お前、どこまで行った」

「人界はもちろん、天界に魔界、それと自然界」

「し……!」


 自然界は、あらゆるものが混在する危険地帯だ。人間世界では生きられないもの、はぐれ悪魔に罪を犯した神や天使、そして弩級の在来生物。領域の半分近くがライセンス持ちでなければ三日以内に命を落とすとされている過酷な地域だ。


「震えるぜ、仕事を請け負って、帰ってみたら依頼主は死亡、私に残されたのは経費の請求書だけ。愚痴みたいになるけどさ、想像してみてくれよ。自然界で化物と二ヶ月も戦い続けて、チームは全滅、依頼主も死んだ。誰も誰にも報告できないからライセンスは四等のまま。私がライセンス協会に直接報せると、なぜか情報統制された。これで名前なんか広まるもんか。知ってるかい、自然界の戦争の実態を」


 彼女は押し黙り、それは魔力の質を高める作業だろう。耳を傾けてくれてはいるが、その眼光の鋭さは異常である。


「原生成物のドラゴン。魔界にすらいられなくなった魔神。ゲスだが力のある神と天使。そいつらを一同に集め排除せよって依頼を受けた私たち。どうなるかわかるっしょ。街がなくなって、戦闘の余波で今でもそこだけ雷雨が常駐してる。死に損ないはいない、みんな等しく死んだ」

「——お前以外は、か」

「そう。でも誰も知らない。私の足跡さえも消された。仕事自体も、きれいに書類上から消えた。逆に言えばそれだけで済んだ。誰も知らないまま、どの世界もそれなりに回ってるよ」

「告発しないのか」

「狂女だなんて思われたくないもん。自然界で戦争してきました。魔界で悪魔の師団をぶっ潰しました。天界では神を切り捨てました。我ながら創作の域だ」


 証明はできない。長い過去の経歴を晒し終えると、彼女は構えた。


「事実を真実にすることはできるぞ。その刀でならば」

「別にいいんだ。今はただのOLで、それでいいんだ。だから仕事はする。言っただろ、過不足なく。それがポリシーなんだ」


 これが望んでいたOLとしての仕事ではないけど、この場に立って、サメちゃんに歌わせている以上、どこにも逃げ場はない。解除すれば、それこそこの世から逃げることになる。


「決着をつけたいとは思わない。ねえアリス、この辺にしておこうよ」

「これは戦だぞ? 進めよ時雨。その名の通り、ざあと降らせろ」


 つるぎの雨を。そう彼女は言う。静かに、遠くの喧騒が聞こえるほどである。

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コード・ザ・ステイグマ しえり @hyaru

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