第10章 本当に元『悪役令嬢』ではなくなった日
1
「シリウス……ありがとう」
「……気にしなくて良い。いきなり失礼な事を言ってきた向こうが悪い」
シリウスはそう言いながら殿下がそそくさと逃げるように出て行った方へと鋭い視線を向けた。
「そう……ね」
私はそう言いつつ思わずギュッと拳を握りしめる。しかし、それは決して殿下に言われた事に対しての「怒り」などではない。
――こっ、怖かった。
今まで「殿下を怖い」と思ったのは、私に前世の記憶を取り戻したすぐ後に殿下が私を見る冷たい視線の時だけだった。ただ、それも慣れてしまえばそんなに怖くもなく、最終的には……何も感じなくなった。
――でも、さっきのは……。
私が軽率だったかも知れないと、今更ながら思うけど、それよりも「自分よりも大きな手が向かって来ている」という事に怯えた。
「あー、さっきのヤツなんだけどよ」
そんな私に対し、シリウスは話題を変えるように自分の頭を掻いて声をかける。
「何?」
「いや、あんたの知り合いなのかな……と思ってよ」
「そう……ね。知り合い……みたいなモノね」
「? 随分含みのある言い方をするんだな」
私の言葉に、シリウスはあまり納得していない様だ。
――でもなぁ。
ここで「さっきの人は元王子」と言っていいのか……正直迷う。
――驚かせてしまうかも知れないし。
「……」
なんて思っていると……。
「まさか、さっきの。元婚約者か?」
「!」
サラリと言われた事実に、私は思わず反応をしてしまうと、シリウスは「やっぱり」と言わんばかりの表情を見せる。
「……随分な言いぐさだったな。あいつ」
「あいつって……私の元婚約者だって分かったのなら」
「でも、廃嫡になったんだろ?」
「それは……そうだけど」
確かに、それはそうだ。普通であれば、そもそも殿下が私に話しかける事すら出来ないはずである。
「まぁ、人がいきなり変わる……なんてそうそう出来ねぇって事は、よく分かっているつもりだけどよ」
「……そうね」
「それにしたって……だ。相手が王子だろうが庶民だろうがあの言い方に腹が立った。それでいて自分の思い通りにならなかったら相手に危害を加えようとする。いくら王子だろうと……いや、王子だからこそ感情で動いちゃいけねぇところだろ」
「……」
シリウスの言葉に、私は思わず驚いてしまった。口調はともかく、話している事はものすごく全うで……だからこそさっきの殿下のとの違いに驚きが隠せなかった。
「なんだよ……って、おい!」
しかし、驚き以上に私の中に満ちていたのは「安堵」の感情で……だから、フッと気が緩んでしまっていたのだろう。
「……あれ?」
ふと気がつくと、私は静かに涙を流していた。
「あれ、あれ」
私は「涙を流した」という事に驚きと、謎の恥ずかしさも相まって何とか涙を止めようとしたけれど、そんな私に対し……。
「――全く。そういう時は、無理に止めようとすんじゃねぇよ」
シリウスはぶっきらぼうにそう言って、私の頭を優しく撫でた。
「……!」
そんな思わぬ反応に、ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたような気がして……私は思わずそのままシリウスに抱きしめられて涙を流した――。
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