3


 ちなみに目的地までは馬車で三日ほどかかる予定だ。


 ――でも、道の整備されていなかったらもっと時間がかかるはずだったのよね。


 しかし、それでもなかなかに時間がかかる。


 ――まぁ、さすがに電車とか飛行機は……技術的に無理よね。


「――それで、その方のお名前は……」

「ん? えっと」


 私は一人で苦笑いを浮かべていると、アンナはそんな私に気がついてないのか、何気なく尋ねる。


「確か『アンディ・クロムエル』だったわね」


 お父様から聞いた名前を思い出すように言うと、アンナは途端に顔を曇らせる。


「クロムエル家……ですか」

「まっ、まぁ」


 ――アンナの言いたい事は分かるけど。


 そう、これから向かう『クロムエル家』は謎に包まれている。


 しかも、侯爵家でありながら夜会やお茶会に出席する事もほとんどなく、それどころか陛下が出席されるような行事にも顔を出さない事で有名だった。


 ――それ故に色々な噂や憶測が飛び交うのよね。


 貴族社会で流れる噂や憶測は、ほとんど「人から聞いたモノ」ばかりで「事実」にかなりの尾ひれがついている事が多い。


「まぁ、お父様が『変わっている』と言っていたから、少なくとも『普通』ではないでしょうね」

「はい。ですが、旦那様が『大丈夫』と判断し、お嬢様が行くというのであれば、私はそれに従うまでです」

「そうね。でも、本当にアンナが来てくれて嬉しかったわ。私一人じゃ心細かったから」


 そう言うと、アンナは「恐縮です」と言って軽くお辞儀をした。


「でもまぁ、確かに『クロムエル家』って代々辺境の地に住んでいる一族って事しか知らないのよね」

「はい」


 でも正直、それだけで不気味に感じてしまうのだけれど。


 ――まぁ、でも。こうしてここにいる事自体……ゲームの本筋と全然違うんだけどね。


 そもそも、ゲームの内容は先日卒業した『魔法学校での出来事』しか描かれていなかったため、その後の話は全くもって想像がつかない。


 ――想像出来ないのは考えるまでもなく「当たり前の話」なんだけど。


 ゲームでは「攻略キャラクターと幸せに暮らしました」でエンディングが流れてエンドロールを迎えるが、現実は「それでおしまい」とはいかない。


 生きている限り人生は続いていく。


 ――本来なら「当たり前の話」のはずだけど……世界観だけじゃなくて登場人物も一緒だとどうにも……ね。


 それでいて主人公も私と同じ『転生者』とくると、どうしても学校にいる時は頭から「ゲーム」の存在が抜けなかった。


 ――でも、これからは「ゲーム」にはない話。ストーリー補正の心配もないし、主人公や周りの目を心配する必要もない。


 私としては「何も分からない遠縁」の話より「今まで縛られていたモノから解き放たれる」という開放感の方が勝っていた――。

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