4
「……え。おっ、お父様。今……なんて」
その日の朝。朝食を食べた後、少し疲れた様子のお父様に「自室に来る様」言われていた。
「ふむ、聞こえなかったか」
「いっ、いえ。そうではなく……」
――きっ、聞こえてはいたけれど……。
問題はその内容である。
「でっ、ですが。私がお咎めなしというのは……」
さすがに何かの間違いではないだろうか。
「いや、本来であれば公爵家と王族の婚約を勝手に破棄など前代未聞だ。しかも、サーシャの代わりに男爵家の娘だと!? バカにしているにも程があるだろう」
「……」
「しかも、殿下の言っていたあの男爵家の娘……あーっと」
お父様はうろ覚えなのか、そもそも覚えるつもりがなかったらしく、そこで言葉を止める。
「ロゼリア・ミリシャですわ」
私がそう言うと、お父様は「ああ、そうだった。そんな名前だった」と言わんばかりのリアクションを見せる。
――本当に、自分の興味のある人間しか覚える気がないのね。
「で……だ。その娘が『自分の背中を押して怪我をさせた令嬢』がサーシャだと言っていたが、それが嘘だったという事も既に発覚している」
「え」
「そんなに驚く事もなかろう? 現に自分で否定していたと聞いているぞ?」
「それは……そうですが」
でも、私の言う事なんて殿下を始めとした『彼ら』は聞く耳を持たなかった。
「あやつらはどうしてもサーシャを罪人にしたかった様だが、卒業パーティー後に何人か私と陛下の元を訪ね来てな。そこで『その出来事が起きた時、サーシャが図書室にいた』と証言してくれた」
「……」
「その時点で、あの男爵令嬢の証言が怪しくなっていたんだが、あの娘は自分の意見を曲げなくてなぁ」
まさか私の味方をしてくれる人がいるとは思っていなかった事もあって、そのお父様の話には驚いた。
――でっ、でも。事実だし。
彼らは聞く耳を持ってくれなかったけれど「見ている人はちゃんと見ている」という事なのだろう。
「見た見ていない。言った言っていないは証拠がなければなかなか確信が持てん。そこで……だ。ここ最近開発され、実験的に設置されていた『記録型魔法玉』の映像を見た結果……あの娘の自作自演が発覚した……というワケだ」
「!」
お父様に言われ、私は「そう……ですか。あれが、役に立ちましたか」と答える。
「ん? ああ。そういえば、あれはサーシャが開発したモノだったか」
「いえ、私はあくまで原理の構築をして形にしただけです。それを置く事を決めたのも、評価をして下さったのも陛下のご判断です」
私がそう言うと、お父様は「ふん、一丁前に謙遜しおって」と笑う。しかし、その通りなのだから仕方がない。
――でも、なーんか陛下に気に入られているのよね、私。
そこはゲームと全然違うので、正直戸惑った。
――そもそも、ゲームに陛下は最初の方とか殿下の紹介のテロップでちょろっとしか出て来なかったし。
だから、私はそこまで陛下と仲良くなる事に重きを置いていなかった。
ただ、陛下の一言で私が作ったモノが採用されたのを目の当たりにした時は、さすがに驚いたが。
――でも、結果として「陛下のおかげ」って事になるのよね。
そして、陛下と同じように王妃様にも実は気に入られている。
――あれは……何がきっかけだったかしら?
「しかし、それが発覚しても殿下たちはあの男爵令嬢を庇ってな。結局、殿下たちは廃嫡となった」
そんな事をちょっと考えていると、お父様はため息混じりに突然そう言った。
「え! 廃嫡って……」
――知らないうちにとんでもない事になっているんだけど!?
私は「信じられない!」と言う気持ちで仕方がない。なぜなら、本来であればこういった処分は『悪役令嬢』である私が受けるはずだからだ。
――そっ、それが……なぜ?
「これだけ証拠が揃っているにも関わらず、最後まで殿下たちはそれを認めない。それにも関わらずサーシャを悪者呼ばわりしていたからな。さすがの陛下も頭を抱えてな。これ以上は無理だと判断したそうだ」
――なっ、なるほど。さすがに庇いきれそうにないって判断したワケね。
話を聞く限り、殿下たちの廃嫡は各々の家の当主たちによって決められた事らしく、決してお父様が直接関係していたワケではないらしい。
――まぁ、実際のところは分からないけれど。
何せ、このお父様は……いえ、この『グレイブ家』はこの国『ディーク王国』で三つしかない公爵家だ。
――つまり、良くも悪くもお父様だけでなくこの家の影響力って……すごいのよね。
それは前世の記憶を取り戻した後でもよく感じる。
「じゃあ、婚約破棄は……」
「ああ、婚約破棄は成立した。そこは安心すると良い」
お父様はそう言ってニッコリと笑いかける。
「そっ、そうですか」
――口では「安心すると良い」とか言っているけれど……。そっ、その満面の笑みがとてつもなく怖いわね。
お父様に限らず位の高い……それこそ陛下もごく稀にこういった笑顔を見せる事があったけれど……。
その表情が「これ以上は何も聞くな」と言っている様にしか思えず、私はとりあえずお礼を言う事しか出来なかった。
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