第10話 崩壊への道

 朝が来る前、街にはいつも通りの静寂の空気が流れていた。しかし、その裏側で、江川たちはある決定的な計画を進行させていた。抵抗組織レジスタンスが狙うのは、15分都市の中枢の管理統制システムとなるAIポッド「ブレイン」である。ブレインへのアクセス権を奪い、この街を管理する膨大なデータを世間に拡散することだった。この一撃で、15分都市の支配システムを完全に崩壊させ、今まですれ違ってきた市民に真実を打ち明けて知らしめることができれば、彼らの本当の自由を取り戻せる可能性が開ける。

 立ち上がり続けた代償はあまりにも大きかった。江川にとっても、仲間たちにとっても、もう後には戻れないし、今まで通りにはいかない。失敗すれば確実に即死か、捕まり永遠に誰も存在を知らないであろうコンクリートしかない秘密刑務所に収容される運命が待っているのだ。

 前回、支配者層の面子を潰してしまった前歴から捕まってしまえば「国家反逆テロリスト」といったきっぱりした刻印も刻まれるだろう。

 抵抗組織たちは郊外に位置する、荒廃した別の旧商店街の地下一角をアジトとしていた。薄暗い地下部屋の中、数名の仲間たちが武装して集まり、計画の最終確認をしている。中松の犠牲の記憶が鮮明に残っている中、江川はその強い決意を仲間たちに伝え、彼らもまた心を一つに団結を高めた。

 「今日が我々の運命の日だ」と

 江川は静かに言った。

 その言葉に、仲間たちの緊張が一瞬で高まった。

 「今回の目的は、ブレインの管理統制システムに侵入し、すべてのデータを世間へ拡散すること。そして、都市全体、全ての世界に真実を見せるける!この作戦が成功したら、この街の住民全員がこの体制の呪縛から解放されるかもしれない。でも、今までの犠牲を考えると成功するという確証はない。それでも、やり参加したい意思がある者だけ、ここに残ってほしい。」

 江川の言葉に、すこし静かさが出た。しかし、一人また一人と仲間たちが決意に満ちた表情でうなずき、それぞれ割り振られた役割を確認し合った。今回の作戦は、彼ら全員の協力がなければ成し遂げられない。分散して動き、少しでも警備員の目や監視セキュリティを突破するための時間を稼ぐ。それぞれが自分の命を賭けた役割を全うするのみだった。

 準備を整えた仲間たち一同は、都市の中心部にあるブレイン施設へと向かって闇夜に紛れた。

 ブレイン施設に近づくと、彼らはまず兵士並みに完全武装の警備員の巡回パターンと指定された点検箇所確認し、何度も練られた計画通りに動き始めた。ブレイン施設の入り口周辺には厳重なセキュリティロックが施されており、偽装したIDを使ってシステムにアクセスするのも簡単で単純なものではなかった。だが、抵抗組織の仲間たちはそれぞれの得意分野を駆使し、着実に前進していった。

 警報が鳴り響かないよう、全員が息を潜めながら動いていた。監視カメラの視線をかわし、動体探知機が反応しないようにゆっくり動いて、物陰に隠れるようにして一歩一歩進む。もし一度でも警報が鳴れば、瞬く間に彼らは軍隊並の装備をした武装警備員に包囲されるだろう。緊張感が張り詰める中、江川の頭の中には中松の姿が浮かんでいた。

 (この任務を完遂しないと彼の犠牲も無意味になってしまう…)

 その思いが、彼の足を一歩ずつ前に進ませた。そして、ついにブレインの神経と言えるサーバールームに到達した。

 「よし!これだ!」

 江川は小声でつぶやいた。

 コンピュータにアクセスし、事前に仲間が入手した暗号キーを入力した。しかし、ここで想定外の事態が発生した。システムは彼のアクセスを拒否し、警報が鳴り響いたのだ。

 「やべぇ!フル装備の警備員が来る!」

 「こっちの火力じゃ太刀打ちできるか怪しいぞ!」

 仲間たちはジタバタしながらも対応に回るが、UMP45サブマシンガンだけでなく、M4A1カービン自動小銃やHK416自動小銃、スパス12ショットガンを装備した武装警備員たちも迅速に対応してきた。お互いの激しい銃撃戦が始まり、逃げ場のないまでに追い込まれる。

 江川は諦めずにシステムへの侵入を試み続けた。焦りが募る中、仲間たちが敵の攻撃を食い止めるべくありったけの武器、弾薬で奮闘しているが、次々仲間たちが銃声と共にに倒れていく。

 「江川さん、まだ終わんないですか?向こうの方が立ち回りが良いし、こっちもこれ以上は戦えない!」

 最後の仲間が必死に江川に叫んだ。

 やっとの思いでとうとう完全にシステム内にアクセスを果たした。しかし、背後にいた最後の仲間も敵からの弾丸を受けて倒れてしまい、江川本人、一人が残されてしまった。

 システムへのアクセスに成功した江川はすべてのデータを世間に公表する手順を急いで完了させた。これまで秘密にされていた都市の監視・管理体制、情報統制、住民の生活記録、政府機関の裏工作。すべてのデータが15分都市のネットワーク上に解放され、瞬く間に全市民に拡散された。

 その瞬間、15分都市の至る所で人々がその真実に気づき、怒りと混乱の暴動が拡大した。これまで従順で大人しかった市民たちは、抑圧されてきた事実に気づき、怒りの反抗の声を上げ始める。

 江川はブレインの施設内に取り残されたままだったが、彼の心には達成感が満ちていた。

 「ついに目的を果たすことができた…」

心の中でつぶやき、犠牲になった仲間達の活躍を無駄にしないためにも、自分が生き延びなければならないと再び心に誓った。


 ブレイン施設から脱出を図る江川の前に、ブレインの幹部たちが現れた。その中には、かつて江川が信頼していた人物もいた。ブレインの幹部の周りにいる護衛と思われる者が江川に拳銃の銃口を向けた。

 「なぜ、こんな愚かなことをしたのか?」

 幹部は江川に冷たい口調で問いかける。

 「人間らしさという自由のために立ち上がっただけさ。15分都市の安心安全で利便性が良くて平和なのは全て偽りだった。ここの市民に裏側を知る権利があると思ったのみさ。」

 江川は気を取り直しながら問いかけに答えた。

 幹部たちを始めとして護衛たちも無言で銃口を向け続けたが、彼はその瞬間、全市民が目覚め、戦いの声を上げ始めたことに気がついていた。街のあちこちから上がる反抗の叫びが、この施設にもに伝わってくる。

 「従順だった者もついに立ち上がりだした。全体主義的な支配はおしまい。いつまでもあんたらが1番だと思うなよ。」

そう吐き散らした江川は覚悟を決めた彼らと対峙した。

 そして、幹部たちが拳銃の引き金を引こうとした瞬間、爆発音が施設内に響き渡り、周りの者が振り向いて動揺している隙に江川は、その場から辛うじて逃げ出すことに成功した。

 なんとか脱出できた江川は荒廃した旧市街地の片隅で再度身を隠し、呼吸を整えた。江川の体は疲労困憊で傷だらけだったが、その目には新たな決意をしたことが感じられる。15分都市が崩壊への道を進み始めた今、彼はこの流れを最後まで促すつもりだった。

 ブレイン施設での戦い以降、江川は何度もレジスタンスのリーダーとして、街中で反乱を指導して新しく加わったメンバーたちを導き続けた。かつての仲間たちと同じように、多くの人々が彼のグループに集まり、新たな未来を切り開こうとする。その先にはどのような道が待っているのか、自分の選択の答えはまだはわからないが、江川は信じていた。真の自由と平和が手に入る日が、訪れると。

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