第9話 約束
アジトに戻った江川はかつての仲間たちが使っていた雑居ビルに身を隠して隠居生活をしていた。暗闇に包まれた部屋の片隅で、昔ヒットした倖田來未の曲「Ｐｒｏｍｉｓe」をイヤホンで流しながら静かに目を閉じて、これまでの人生、菅野や藤方と共に戦った日々、そして散っていった名もなき仲間たち。その一つ一つ記憶に蘇るかけがえのないものが江川の胸に深く刻まれていた。
「俺は絶対にこの都市を変える！そしてこの哀しみの連鎖は絶対に断ち切ってやる！仲間の名誉は必ず世に証明して見せる！」
江川な握りしめた拳に力を込めて独り言を強く呟いた。
目の前の困難は大きく、そして恐ろしいものだが、果たすべき役目が残っている。犠牲となった仲間たちの思いを胸に再び行動を起こす決意をした。
数日後、江川は新たな仲間を求めて、地下組織のネットワークに接触することを決めた。地上都市の監視はあの暴露事件で政府、都市運営といった支配者層のメンツが丸潰れになったことで以前より増して警備は厳重になっており、監視カメラやドローンだけでなく、警察官など有人警備と呼ばれる人力による動きも活発になっているため、慎重な行動が求められる状況だった。
それでも情報を集め、次の手を打つ必要があった。
江川が最初に向かったのは郊外の廃れた飲み屋・風俗街に位置する地下バーだった。この場所は、表向きはただの飲み屋に見えるが、実際には反体制活動家たちが集まり情報共有をし合う秘密の拠点だった。
バーの中に入ると、贅沢な葉巻の煙が舞い、薄暗い照明がクールで洒落た雰囲気を醸し出していた。江川は一人の男性に目を留めた。その男は、カーキ色の革製ジャケットにジーンズ、ブーツ姿で街の雑踏にも馴染みそうな放浪者の雰囲気していたが、彼の目には鋭い光が宿っていた。
「中央システム管理本部から生還した江川って男はあんたか？」
男は渋い声でそう尋ねて、江川に視線を向けた。
彼の顔には険しい表情が浮かんでいたが、どこか共鳴する何かを感じられた。江川は「あ、はい。」と軽く返事をする。
「この不条理な世界に立ち向かう新た仲間になるとでも言いたいのですか？」
江川はさらに男に話しかける。
男は軽く静かにうなずいた。
「俺は
中松の言葉に、江川は安堵の息をついた。これまで共に戦ってきた仲間が次々と凶弾に倒れ、捕まり犠牲になる中、新たな協力者が現れることは何よりも素晴らしい希望だった。
江川は中松と共に、次なる作戦を練ることにした。目標は揺らぐことなく15分都市の管理システムを破壊し、かつての自由を取り戻すことだ。しかし、今回の計画はさらに街の警備と監視態勢が厳重になっているため、慎重かつ複雑なものとなっていた。なぜなら、中央システム管理本部への再度の侵入はあの一件で警備態勢がさらに厳重になっており不可能に近く、新たな手段を見つける必要があったからだ。
「次に狙うのは、都市中の監視カメラと盗聴マイクの接続点だ。そこを突破できれば、監視網を一時的に無効化できる可能性がある。あの管理本部に侵入するよりは多少マシだろう。」
中松は自分なりの意見を江川に打ち明けた。
中松の考えに、江川はうなずいて賛同した。その作戦は江川が考えていたのとほぼ同じ方針だった。管理システムは想像以上に巨大で、すべてを管理する中枢に加え、各所に分散した電算情報センターが存在している。中松の友人の情報によれば、いくつかの電算情報センターは街の郊外に位置し、中央電算情報センターと比べると警備が手薄なのだという。そして警備員の武装もテーザー銃と拳銃だけということだった。
数日後、江川と中松、盗み聞きして食いついてきた数名の新しい仲間たちは、郊外にあるデータセンターへと向かった。闇夜に紛れて彼らは慎重に移動し、作戦通りに従って潜入を試みる。冷たい風が吹く中、彼らは隠密に迅速に目標に近づいていった。
施設の周りには最低限の装備をした警備員と監視カメラが配備されていたが、中松がバーの友人に準備してもらった偽装データのおかげで赤外線カメラを一時的に無効化することができた。彼らは迅速に施設内に潜入し、ターゲットのサーバールームに到達することに成功した。
「ここが監視システムの分析した情報が集まる場所だ。このサーバーをぶっ壊せば全体の監視網が混乱するはずだ。」
中松がそう言ってサーバーに向けて準備を進める中、江川も警戒を怠らず周囲を見渡していた。しかし、突如として背後から重い足音が響き、彼らの計画は一瞬にして崩れることになった。
コンパクトモデルのＨK４１７軍用自動小銃を装備した武装警備員が突然サーバールームに突入し、激しい銃撃戦が始まった。江川は反射的に身をかがめ、中松に渡されたＭ９自動拳銃を構えながら防戦に徹した。中松もまた冷静に応戦しながら、サーバーの破壊を続けていた。
「あのマシンガン野郎は俺がどうにかする。お前は今のうちに逃げろ。と言うかあの野郎、警備員に落ちぶれる前、ぜってえどこぞかの特殊部隊にいただろ！チクショウめが。」
中松の御託と叫びに江川は動揺して躊躇ったが彼の強い覚悟を感じ取って決意を固めた。彼を信じて、脱出口へと思い切り走り出した。
外に出た江川は、再び闇夜に身を潜めながら監視の目を掻い潜りながら都市の中心部に向かって走り続けた。背後で電算情報センターの爆発音が鳴り響き、サーバールームが破壊されたことを確認すると、彼の胸には新たな決意が湧き上がっていた。
アジトに戻った江川は、中松を始めとする新たな仲間を失った悲しみと共に、次なる行動への決意を固めた。あの爆発により監視網が錯乱している今こそが、最大のチャンスだと彼は確信していた。ピンチはチャンスとはまさにそのことだった。
江川は再び些細な情報だろうと必要なものを集め、より効果的な一撃を与えるための作戦計画を練り始めた。
「15分都市の全てについて知る必要がある。でなきと今までの戦いに意味はない。」
彼の心奥にはこれまでにない強い光が宿っていた。菅野、藤方、そして中松とこれまでに多くの名もなき仲間が人々の自由と幸せを掴む権利のために命を懸けてきた。彼らの犠牲を１つでも無駄にしないようにするにはやる事は１つ。ただ歩き続けるのみだった。
しばらくして都市中のあちこちで小規模な混乱が続いている中、江川はついに反撃の準備を整えた。新たに集まった数名の仲間たちと共に、管理・統制システム全体にアクセスするための作戦を立てていた。
その作戦の核心には、中央システム管理本部のセキュリティをすり抜けて15分都市の今までのデータをすべて外部に公開して拡散すること項目あった。これは、抵抗組織にとって最後の一手であり、成功すれば都市全体の支配構造を崩壊させることができる。しかし、そのリスクは計り知れず、彼ら前回と同じように参加する仲間、全員が命を懸ける覚悟を持つ羽目になった。
「完全に後戻りなできなくなった。それでも、最後まで進まなければならない。」
江川は亡き藤方と同じようにリーダーシップを発揮して仲間たちに視線を向けた。彼らの目にもまた、揺るぎない決意を感じることができた。
作戦は都市の朝方と共に決行されることになっていた。
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