第11話 奮起した人々の目覚め

 ブレインの解放によって明らかになった15分都市の実態は、市民の生活と常識を根本から揺るがし、不満の爆発の勢いを広げていた。だが、その一方で政府や街の統括者による情報統制の強化も進み、支配者側の圧力は増える一方だった。江川と新たに仲間となった新人の中尾宏樹なかお・ひろきをはじめとするレジスタンスは、自由という希望を求めて闘い続けるが、その一歩一歩が試練の連続であることを痛感していた。特に新人の中尾には辛いことである。

 夜、江川と中尾は仲間たちとの会合を終え、廃工場跡にある別のアジトに戻っていた。江川は闇夜の中を一人歩きながら、これまでの戦いの軌跡を振り返っていた。15分都市を支配する管理統制システム「ブレイン」の打倒が目標であり、そこに市民を巻き込み心に火をつけるのは正しいと信じてきた。だが、最近になって市民の間で囁かれる「ブレインを利用しての新秩序」という選択肢が、彼の心に影を落とし始めていた。

 翌日、江川はレジスタンスの新しいリーダーである藤澤隼ふじさわ・しゅんから、突然の呼び出しを受けた。藤澤は、都市の北端に存在する隠れ家で彼を待っていた。そこはかつての監視システムや監視ドローン、警察の目から隠れるための集合場所として使われていたが、最近では活動に必要な情報交換や違う都市のレジスタンスとの秘密裏の会合のために使われていた。

 「今の状態だと、従来のやり方では通用しなくなってきつつあるかもしれん。ブレインを完全に破壊するのではなく、それを我々たち市民がお互い制御し、新しい秩序の道具として活用するという考えもある。これについてどう思う?」

 藤澤は今後に関係する自分の考えを江川に話してみた。

 その質問を聞いた江川の心情は揺らぎ乱れた。ブレインに頼って秩序を維持する。方向性が悪いところに進むと今の支配者たちと同じことをしてしまうように感じた。だが、藤澤の真剣な眼差しに、江川は反論の言葉を口にするのを我慢した。

 「今、人々は混乱している。全ての人が自由な社会を望んでいるわけではない。むしろ、敷かれたレールの上で漠然とした安定を求める声も多いのも事実。今までの戦いが本当に人々のためになるのか、改めて考えるべきじゃないかとは正直思う。」

 藤澤は冷静に話を続けた。

 「でも、ブレインを維持したままでは、また誰かがブレインの性能を利用して支配するだけじゃないのかな?人々が自分の意志で考えて生きることができなければ、何のために戦っているのかわからなくなる。犠牲になった仲間たちにも合わせる顔がない。」

江川は少し感情的になる一歩手前のところを抑えながら藤澤に言った。

 藤澤は黙り込み、江川見つめた。その目には、都市の未来に対する悩みと責任が浮かんでいた。

 江川は藤澤の提案について考えながら整然とした街路を歩き、最近頻繁に見かける市民の集会やコミュニティの動きを観察していた。街の至る所でブレインの管理に対する賛否が分かれ、議論が白熱している。街の一部の住人たちはブレインの管理に不満を抱き、自由を求めて立ち上がる一方で、別の住人たちは安定した生活、人生を変えたくないという声を上げていた。

 「俺たちは本当に正しいことをしているのだろうか?」

 江川は心の中で呟いた。

 これまで江川たちが信じてきた「抑圧からの解放」が、果たして全ての市民にとっての正解なのか、それとも間違いなのか、答えの見えないその疑問が徐々に彼の中で膨らんでいった。

 夜になり、江川は中尾と2人でアジトに戻った。彼は広場で市民と共に活動を続け、彼らの声を聞きながら信念を強めてきたが、藤澤の提案を聞いて多少、動揺しているようだった。

「藤澤の言うことも理にかなってるところもあるかもしれない。自由を追い求めるだけが正しいとは限らないのかもしれない。逆に自由が不自由にもなりかねないし…」

中尾は視線を落としながら言った。

 「しかしブレインによる支配が再び悪用される可能性を考えると…俺らは何を信じるべきかまだ答えが分からないな。」

 江川は疲れ切った表情で言った。

 「管理社会がもたらしたのは平和と安定、そして支配。それを解放しようとしたけど、結果的に市民たちが望んでいるのは、むしろ漠然とした安定かもしれない。要は敷かれたレールの上を歩く人生やな。」

中尾はをコウモリが電柱や木を飛び越す方を向いて言った。

 そして二人は黙り込み、深い思索の中に沈んだ。これまで二人が抱いてきた「理想」が、現実に向き合う中で揺らいでいるのを痛感していた。

 江川は寝付けず新たな方向性は考え続けた。再びブレインを完全に破壊するか、制御することで新秩序を構築するかの選択に悩まされていた。だが、どちらも完璧な解決策ではないことを知っていた。

 「もしかしたらダメ元で、ブレインの一部を開放し、市民たちの意思、主体性を持って選択させるのが民主的で最善かもしれない。」

 江川は思いつき、頭を上げた。

 (解放した自分たちレジスタンスが全てを決めるのではなく、市民一人ひとりが自らの意志で未来を選ぶ。それが本当の自由かもしれない。)

この考えを持ったまま、夜が明けるのを待った。そして、朝になり仲間たちと大きな机と地図、街の写真がある広い部屋に再び集まった。

 「私たちは、ブレインの一部を市民に開放し、彼らが望む未来を自分たちの考えと主体性、本心で選べるようにしたい。ブレインの完全な破壊でもなく、全てを管理下に置くのでもなく、市民が自己決定できる自由を選択肢として与える。」

 江川は昨日、起きている間に考えついたことを提案した。

 集まった多くの仲間たちはその提案に驚き、ざわめいて隣同士で目をところどころ合わせつつも、徐々に理解を示していった。ブレインの力を利用することで、市民たちが自らの意志で未来を選ぶことができる。これまでにない新しい形の解放が可能かもしれない。

 江川の提案をもとに、仲間たちは最後の戦い準備を始めた。彼らはブレインの中枢神経ともなる管理システムに侵入し、中身の一部を市民に開放する計画を立てた。それには高度な技術と多大なリスクが背負うことになるが、江川だけでなく、中尾も集まってきてくれた仲間は決意を新たにしていた。

 ブレインの中枢神経に侵入し、情報を市民に提供するための作戦が練られた。成功すれば、市民たちは自分の未来を選択する機会を得ることができる。しかし、それはブレインの監視を完全に断ち切るわけではなく、15分都市ができる前の従来の社会バランスの中で成り立つものである。

 「この戦いの中にある生き様が本当に正しいのかどうか、結論的にまだ分からない。たが、少なくとも市民たちに選択の自由を与えることが、散っていったかつての仲間も目指してきたものだと思う。」

 江川は仲間たちにそう言い聞かせた。

 そして中尾も納得したように頷く。

 作戦当日の夜明け。江川と中尾と突入作戦に参加する仲間たちはブレインの中枢神経となるシステムがある施設に向かって進んだ。施設内部には監視カメラやAI警備ロボット、完全武装の警備員の存在など、厳重な警備があり、彼らは慎重に動きながら、ブレインの中心に向かって潜入を開始した。

 ブレインの動脈部分に到達するまでの戦いは激しく、多くの犠牲が払われた。しかし、彼らは遂にブレインの一部制御を市民に開放するという念願の成功を果たした。

 そして、市民たちが使うスマートフォンやタブレット端末には「未来を選択せよ」というメッセージが表示され、都市全体に新たな時代の風が吹き始めた。

 多くの犠牲を生み出した戦いが長引いたものの市民一人ひとりが自らの未来を選択できる時代が、ついに訪れたのだ。

 これで、江川たちレジスタンスの闘いは一つの形を成した。しかし、新秩序がどのように展開されていくのか、それは当然ながらまだ誰にも分かることはない。

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