三冊目 月見草
1941年12月8日。
日本軍の真珠湾攻撃が成功し、太平洋戦争が始まった。
この戦いは1945年8月15日まで続き、多くの若い男性が亡くなった。
結果この戦争は数えきれないほどの未亡人を生んでしまったのである。
・・・終戦後復興の中、様々な都市で働く人々の大半は、女性だったそうだ。
「・・・わし真珠湾の方に戦いに行くんじゃ。」
彼は夜の静けさの中、こう切り出した。
「え!?本当ですか!?」
「・・・ああ。すまんのう。真珠湾の事を知っとったら鷲お前を嫁にもらわんかったのに」
「・・・」
「まあそう萎えんといて。わしは絶対帰ってくるけん。またこのすすき畑で会おうや。午後8時に。」
その3か月後、彼は真珠湾へと飛び立った。
そこから終戦までの4年間は辛くても必死で頑張った。
1944年の春に入ったころに彼が本土決戦のために鹿児島に帰ってきたという話を聞いて、すぐに汽車に乗って知覧の航空基地へと向かった。
しかし面会は拒否され、私は念のために持ってきていた手紙を渡してもらうことにした。
すると3日後に彼から手紙が来た。
「愛しき月原様へ。私は元気にしています。連日鬼畜米英を打ちのめすべく、猛烈な訓練に励んでおり、当分不健康になる事はないと思われます。約束通り、私はここに居ます。なので安心してあのすすき畑で待っていてください。月原様もお体にはお気をつけて過ごしてください。」
彼の手紙はいつもの口調と全く違って几帳面すぎる感じだった。聞けば上官の検閲があるため、簡単に「死にたくない」などを書けないらしい。私はひどいなと思ったものの、毎日国旗を振っておめでとうと言いながら徴兵された人を送り出すのにも慣れてしまっていた。
慣れないと悲しみで押しつぶされそうになる。
私はまだ帰っていないとわかっていても、毎晩すすき畑に赴いた。
月見ゆる
野草の生きる
すすき畑
たまに詩を読んだりして風情を楽しんでいた。ここは私の心の支えとなっている。ここにいると心が落ち着く。
彼は必ず帰ってくる。
1944年の10月に入ったころ、敷島特別攻撃隊の事を知った。米軍空母と巡洋艦を1隻ずつ沈めたらしい。
彼は真珠湾から戦い続けているいわゆる「熟年搭乗員」のハズなので、彼は例え特別攻撃に加わるとしても特別攻撃隊の護衛役だから大丈夫だろうと何の根拠もなしに勘だけで思っていた。
その予想通り、2月に届いた手紙には特攻の直掩機(護衛)をしているという事が書かれていた。
私はその手紙を読んだときすごく安心した。
彼は死なずに帰ってくる。
――1945年(昭和20年)8月6日、広島に原子爆弾「リトルボーイ」が投下される。
同年8月9日、長崎に原子爆弾「ファットマン」が投下される。
―――1945年8月15日
太平洋戦争、終結。
玉音放送にて日本の敗北が全国に伝えられる。
ラジオの前ではなくなった人に対する悔しさなどで多くの人が泣いた。
戦争が終わって、私は嬉しくてたまらなかった。彼がやっと帰ってくる。彼にやっと会える。
私は約束通り毎日8時にあのすすき畑に足を運んだ。戦争が終わってからの貧しさと苦しみは戦時中と変わらなかったけど、すすき畑に行った時の待ち遠しさと心の休まりは全く変わらなかった。むしろ強くなっていた。
しかしその待ち遠しさも、心の休まりも、ちょっとずつ、ちょっとずつ、焦燥感へと変わっていった。
なんで?彼は必ず帰ってくるのに。
彼は
9月が終わって10月になっても、11月になっても、12月になっても帰ってこなかった。
すすき畑に姿を現さなかった。
5ヵ月が経って、7か月が経って、1年が過ぎたころ、
私にこれまでにない不幸の手紙が届いた。
彼の戦死届だった。
彼は沖縄の宮子沖で空母に体当たりをし、戦死していた。
私は決心して、あのすすき畑に向かった。
彼と出会ったあの日を思い出しながら、彼のもとへ向かった。
とてもきれいな満月の夜だった。
エピローグ
俺たちは日本のカミカゼをシューティングゲームのように毎日対空砲で撃ち落としていた。
新兵器のマジック・ヒューズ付き40mm機関砲が火を吹くたびに一機、また一機と海に落ちていった。
しかし、やつだけは違った。
やつはやはり悪魔か何かだったと思う。
「後方敵機接近中!!!」
観測員が目視で飛んでくるゼロを発見した。
俺たちはすぐ後ろに照準をつけ、ゼロが射程に入った瞬間、マジック・ヒューズ付きの機関砲を撃ち込んでやった。
しかしやつには当たらなかった。弾がやつに届く前に海面にレーダー波が反射して間違えて爆発しているのだ。
しかしカミカゼアタックが始まってから我らがアメリカ艦船の対空兵装は大幅に強化された。12.7mm機関銃から20mm機関砲、5インチ砲等が山ほど積まれているのだ。もはやこのハリネズミに噛みつくことは不可能だ。
しかし奴は海面すれすれに横移動をしながら低速で迫ってきた。
俺たちの対空兵装は高速化する航空機に合わせたものになっている。低速で飛ばれると逆に狙いづらい。
しかも奴は変則的に速度を遅くしたり速くしたりしたりするせいで余計当たらなかった。
「総員衝撃に備えろ!!!」
轟音とともに凄まじい衝撃が艦を襲った。艦尾に奴が突っ込んだのだ。
幸運なことに俺たちの乗っていた空母は沈没を免れたが、皆奴を恐れた。
護衛の駆逐艦にも見つけられないように、更に何十にも重ねた戦闘機の防空域を突破し、この空母の圧倒的な対空兵装をも突破してみせたのだ。
死ぬとわかっていてできるような操縦じゃない。彼の操縦技術は並程度のものではなかった。
その恐ろしさはもはや畏怖の念にまで達していた。
夜風に揺られるすすき畑
文の約束流されて
河にさざ波たてるのは
月の風なり月出る野
今宵の約束焼き果てて
野に咲く朱い朱い美しき華
夜の野に独り咲く白き花
愛は永遠に燃えるなり
愛しき野に咲く白き花
真はその花語りける
澄み切る風は月の風
気まぐれ短編「月水面」 つきみなも @nekodaruma0218
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