轟音響くエルフの配達所
ミタル・ウィフオンス山の三合目を越えて、気が付くと六合目へ。所々で体力の回復したキスアが、幾度もクーちゃんから降りては自力で歩くものの、一合終わるごとにへろへろになりクーちゃんに負ぶわれていた。
体力は回復しても筋肉の疲労は蓄積して、体力の消費はどんどん早くなっている。もはや負ぶわれることによる心的ダメージは反比例し、負ぶわれる回数がネズミさんになっていった。チュウ。
キスアのその唇を突き出した顔がふくれっ面を形成しているが、誰もそのことに触れることなく、デハルタを中心にして皆この山についての雑学に花を咲かせていた。
「というわけで、度々この山で見られていた流星のようなものはエルフの配達に必要な射出魔術だったってわけさ」
「はぇーエルフってすんごいんスねぇ」
「戦ってみたい…つよそう」
クーちゃんは握りこぶしを前に作ってファイティングポーズを取る。念のためにいうと、ポーズをとる時にはきちんとキスアを降ろしている。そしてまたお姫様抱っこする。
やめて!私への風評被害!これ以上私を辱めないで!!
何やらそういった幻聴も飛び出してきそうだ。だが事実。
「魔術に耐える勝負ならいい勝負しそうだね、でも間違っても肉体バトルはやめてあげてね、エルフの肉体は強くないから」
「肉体勝負ならトレイルや私がしてやろう。体を動かしたいならいつでも訪ねてくるといい」
「げぇっ!師匠それ本気ですか?クーちゃんはちっちゃいんスよ!」
「お前こそ本気で言っているのか?クーちゃんはここまでで全く疲労を見せていないんだぞ?潜在的な身体能力を見誤っているのはどちらか、今度その時が来ればわかるさ」
「ん、今度戦いにいくね」
そしてクーちゃんはトレイルとマキーリュイにファイティングポーズを見せる。このときも――略。
やだ!なんかもう空気みたい!!!!辛い!!恥ずかしい!!辛い!!
と言っているような気がしてならない。しかし事実なので。
「そろそろこの辺りで、防衛魔術を掛けるよ、みんなちょっと動かないでね」
「イルマテライト」
デハルタが呪文を唱えると、その場にいる全員に、それぞれ体を覆う透明な障壁が展開された。
「おい、この術」
「デハルタさん!?これ結界術ですよ!?」
マキーリュイとキスアはその呪文を知っていたようで、驚きの声を上げる。トレイルは何が問題なのかわかっていないようで、頭の後ろに手を組んで二人を見ていた。
「そう、この二人の言う通り、この術は『自己防御結界』だね、でも大丈夫安心して、言ったでしょ?『ボっクの努力を見てよ』ってさ、動いてみてよ、大丈夫だから」
「ん…まさか…こんなこと…」
「うそ…」
マキーリュイとキスアは付近を少し歩いたりジャンプしたりして何かを確認し、また驚いていた。
「ね?大丈夫でしょ?」
「あ、あぁ…君は一体何者なんだ…」
「『ナナシの科学者、デハルタ』。今はそれでいいんじゃない?」
「……まぁ、分かった。君の執念の努力が実を結んだということだろう」
(でも、そんなんじゃ普通自己防御結界の術をこんな運用しない…)
キスアは自己結界術、ひいては魔術全般があまり得意ではない。今でこそ錬金の魔女であるが、魔女を志していた彼女は当時、自分に合う魔術、魔法は何なのかを魔導書を読み、ひたすら実践していた。
その時にも、自己結界術の運用は飽くまで一時的か、あるいは動かず、ひたすら耐える目的でしかないと、ある程度発動、展開までが行なえる程度に練習した後は見切りをつけて、今の今まで忘れていた。
それくらいに基礎でありつつも使用場面は極めて限定的な魔術だと思っていた。キスアの本棚にある本より引用すると、『常に対象の座標を認識しながらその範囲内に外部からの干渉がされないよう防ぐ常時展開型の結界を発生させる魔術』と。この記憶がキスアに驚きと、畏怖の念を抱かせた。
自己結界術の運用が難しいのは、「常に対象の座標を認識し続ける」のと、「常に対象の座標を認識させられ続ける」ことがセットになっていることにある。これが何より辛いのだ。ずっと頭の中で無理やり計算させられ続けることになり、動けばその都度大きな変動に対する修正を求められ、正確に計算が出来ていないと結界が解けるのだ。だから動かないし、動けない。しかしデハルタはこれを特に苦に思っているそぶりもなく、平然と行なっている。それも全員分だ。
そしてもう一つキスアは驚きと畏怖の他に、『疑問』も抱いた。なぜ彼女はこれほど高度なことができるのに、自己結界術でその運用をして防衛をするのだろうかと。けれど今はそんなことよりも未知なる素材への欲求が強く働いてしまい、それ以上のことを考えるのはやめた…。
「あっれーーーーーっ!エーレナちゃんじゃっああーん!こないだ来たばっかじゃない?どったのーー??」
ちょうど二人が自己防衛結界術の安定性を確認し終わったところに、デハルタ目掛けて走ってくる女性が現れた。金髪を頭にまとめた髪型で、作業服を着て帽子を片手に息を切らせて向かっていた。耳が尖っていて、いわゆる『エルフ』の特徴が見て取れる。体力の無さは間違いなくエルフだ。それでも帽子を持つ手を頭の上でぶんぶんと全力で振ってアピールする姿には愛らしさを感じる。
「ボっクのことはジエツレナって呼んでって言ってるのに、どうしていつもエレナになっちゃうんだ君は…」
「だってぇ発音しにくいんだもーん別にいいじゃんエレナだってー…。いつも他の人に適当に呼べって言ってるんだし、どうしてわたしの時だけ怒るのーー?」
「それは…発送の送り主爛にエレナって書こうとするからでしょ…違う人だと思われると困るからだよ…。しかもなんでいつも君が記入するの…」
「え?依頼を受けて記入するのがわたしだからだよ?」
「なんでいつも君…」
「ここの拠点の受付担当がわたしだけだからだけど…」
「…」
「…」
「人を」
「事足りちゃってるでしょってお上が…実際事足りてる…」
「…」
「…」
―――――――――――――――
それから、デハルタはこの知り合いのエルフに事情を話した。
「ハッハァーンお知り合いさんの為にねぇ〜」
「そういうことだから、今日は君への用事はないよ」
手でシッシッと払う仕草をしてお呼びでないことをアピールするが、エルフはそんなことはお構い無しでキスアたちに振り返る。
「君たち初めて見るね!ここにくるのは初めてでしょ!そうだよね、権限がないと来れないからねぇ。今度ゆっくり遊びに来てって言いたいけど難しいのよね、あ、そういえば三合目に配達の依頼を受け付けるとこがあったの気づいた?わたしいつもはそこで受け付けててね、大体いるから!そこならいつでも遊びにこれるでしょ?もし気が向いたらいつでも顔を出しに来ていいからね!わたしこれからそこに仕事に戻るからもういくね!それじゃね!」
すごい勢いでまくし立て、あっという間に去っていってしまった。
「あれ?名前は…?」
「あのこはポーシェだよ、あれでもエルフの中では体力があるんだ」
デハルタが彼女の去っていった方向を見て言う。
キスアは同じ方向をを見て、それほど遠くない所で膝に手をついて肩で息をして立ち止まるポーシェを見た。
「言うの遅いです…」
「遅くない。まだ彼女が視界に収まるから」
「どういう理屈ですか…」
「追いかければ間に合う。実質セーフだよ」
「それも意味わからないです」
「それと、彼女はせっかちだよ。見たらわかるだろうけど、体力がないのに」
「体力がないのに、は余計ですし失礼ですよ」
「えるふ、戦いたかった…」
「彼女はこれでも仕事で忙しいから他のにしなさい」
「…!」
デハルタの厳しい戒めの言葉がクゥちゃんの胸を貫いた。稲妻を受けたかのような顔をしているのを見て、デハルタは少し面白がった。顔はおくびさえ感じさせないが。
(なにこの子、おもしろ)
「それにしても、エルフの配達の仕組みとして受け付けが下で依頼をもらい、六合目の射出拠点にわざわざ赴くのはどうにかならないのか…?」
マキーリュイは眉間に皺を寄せて、苦悶の顔となる。それほど重要な事だろうかと他の者たちも同じ表情をした。一見して同じ事に皆が苦悶となっている団体に見えた――
「ん?会いたい人がいるんじゃない?」
「…っ!!」
表情の変わらないただ一人のデハルタが刺した一言により、全員に電流が走った。
(((それって職場内…!!!?)))
「そんなことより、早く行こう。結界の維持が大変なのは知っての通りでしょ?ボっクもそれはそこまで変わらないからね」
「えと、はい」
「もう少し歩くよ。君には時間を無駄にしてほしくないし、大丈夫、こんな大変なピクニックは今回だけだから。とはいってもこれから行く所だけに限ればだけどね」
「どういうことですか?」
「着いたら教えるよ、今教えるよりも見て体感した方が早いからね」
「は、はぁ…」
歩みを再開し、それ以上何も言わぬデハルタに、3人は後続する。もはや説明は不要とは思うが念の為に言うと、クーちゃんにお姫様抱っこをされているので3人だ。
やめろっていってんじゃん!なんでまたそういうことするのヒドイよー!と聞こえる気もする、幻聴です。
徐々に音が大きくなる。山へ登る前から都度都度ズドズド聞こえていた音が徐々徐々大きくなる。これは防衛魔術を掛ける理由にも繋がるものだ。
言うに及ばず。エルフの射出拠点、その建物が近くなり耳を劈く轟音が木霊する…とか思っている余裕などなかろうもん。
「これ…どうにかならない…スか…?あたまが…揺さぶられる…ス…」
「ごめんねぇ、何言ってるのか聞こえないやぁ、耐えてね」
デハルタはよろめくでもなく、しっかりとした足取りで歩き続………?
建物に衝突した。
平衡感覚に異常をきたすことなく、しかし思考に支障をきたして、建物を避けるだとか、目的地に方向を転換するだとかそのようなことは出来なくなっていたのだった。
「これは、致命的な欠点だぞ。この状態で君はいつもこの山を闊歩するのか?」
一旦建物から離れ、仕切り直すことになり、マキーリュイはデハルタに疑問をぶつける。
「いつもはこんなことしないんだけどね、君たち用に対策したものが裏目に出ちゃったね」
「他に手は用意していないのか」
「うーん、じゃあ耳栓する?多分効果あるよ」
「あ、それなら私持ってます!」
「なんで持ってるんスか」
「爆発するものとか使うので、常備をしています…」
「どうしちゃったんスかその口調」
「そういうのは気にしちゃいけない。流してあげるものだよ」
デハルタは淡々と諫める。そのやりとりがさらにキスアの心にトゲを刺した。うっ…
「あの、あんまり見ないで欲しいでふ」
キスアはお姫様抱っこをされた状態のままで懐をまさぐり、探したあと、両手で顔を隠しちゃった。
「えっと、わかったっス、見ないスから…」
キスアの方を見ないよう、耳栓を探している少しの間。エルフの配達所、その射出拠点から飛ぶ配達物をトレイル、マキーリュイ、デハルタ、抱きかかえるクーちゃんの四人で眺めていた。
「あったあった!」
キスアが取り出した耳栓の数は十人分。
「なんでこんなに持ってるんスか!」
「良く無くしちゃうので余分に用意してます」
「それにしては限度が無くないスか?!」
「無くしても、必要な機会が日に二度三度重なっても大丈夫なようにしてると助かるんですよ、これくらいが丁度良くって…。あと、日毎に10個になるように補充してますし、足りなくなったりはしないです!」
「うーん…本人が助かってるんならいい…スかね…」
「自分の性質を理解し、弱点を対策をしているのだから問題ないだろう」
「どこにそんな数隠し持ってたのか…もはや魔術の類だねぇこれ。この謎の収納技術…さ、武器とか隠し持つのに利用したら怖いよね…」
「そんなの、なんの意味があるんスかもう~面白い事言うスねデハルタさん」
「……そうだね」
トレイルの反応を見た後、デハルタはそれ以上何も言うことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます