限界登山!ミタル・ウィフオンス山無理かも!吐きそう!オエ!


「じゃ、行こっか~」


デハルタは白衣の上に白衣を着て、先に外へ出ていく。

続いて三人が建物から出ると、マキーリュイが到着し合流した。


「君がデハルタか。なんだその恰好は」


マキーリュイはデハルタが白衣の上に白衣を着ていることに突っ込んだ。


「うん?何か変かな、三人は何も言わなかったけど…」


「ツッコミを入れない方がおかしいのではないか?私がおかしいのか…?」


―――――――――――




「それでデハルタさん、これからどこに行くんスか…?」


先導で前を歩くデハルタの後ろから、トレイルは声をかける。


「まぁ、すぐそこにある山なんだけどね」


振り返りデハルタはトレイルに答える。


デハルタの後ろには三人並んで着いてきていて、左からマキーリュイ、トレイル、キスア、そしてキスアの後ろにクーちゃんがいる。


「そこの山って…『ミタル・ウィフオンス山』っスよね?あたしも時々師匠と修行しに行くっスけどあそこって一般に通常開放されてるところしか普通の人は行けないじゃないスか、洞窟とかはあるスけど権限が無いと立ち入れないし三合目より上も権限の無い人には解放されてないから目新しいものとかは探しに行けないスよね」


「いっぱい喋るね君~、ボっクの作った『異空転送装置を使って山頂とか連れていく』とか、可能なんだけど、まぁ、今回は…ボっクの努力の成果を見てよ…」


その声は少し元気がなく、トレイルを見る顔は少しやつれているように見えた。最初に会った時も思っていたものの、元気に振舞っていた様子でもその顔のクマは疲労を物語っている。トレイルはそれを感じたが、この話をする時だけ明らかに雰囲気が違ったことに対して更なる疑問に襲われた。


「…??どういうことスか…?」


トレイルはデハルタのいうことが全くわからず、両隣の顔を見るが、マキーリュイもキスアも顔を見合わせ、やはりわからないという表情を返した。


「ん~とりあえず、ウィフオンス山に行けば判りますよきっと!」

「んまぁ、そっスね」


「デハルタ、権限が必要な場所を通るのか?」


「そうだよ、色々頑張ったんだ…研究する上で有用となるだろうと思ってね、色々と権限を得ていた方が便利ってことはキスアも覚えておいた方がいいよ」


「は、はい…!勉強になります…!」


会話を聞きながら、一人、そんな話よりも興味のある方を見つめ続けるクーちゃんがいて、視線は、今向かおうとしている『ミタル・ウィフオンス山』。言語化できないその気持ちをあえて言葉にするなら、きっと『あの山で思いっきり体を動かしたい!』と思っているのではないだろうか。マキーリュイは時折振り返ってはクーちゃんの視線の理由をそのように考えていた。




(今度キスアに了承を得て、クーちゃんとトレイルとで体を動かす遊びにでも誘ってみるか、トレーニングにもなるだろうし。クーちゃんが体を動かすことに好意的な反応があればだが…)


―――――――――――


程なくして森を抜けると目の前に大きな山が現れた。これが『ミタル・ウィフオンス山』。

王都近郊にあるンルルファルタの森を抜けた先にそびえる山。標高は1770ヒユワン、三合目より上は権限が無ければ上ることはできないが、三合目以下でも十分そこでしか採れないものも多い。


特に鉱石が豊富で、危険ではない所でも結構見つけられるうえに、その『結構見つけられるもの』が色々使い勝手のよいものであったりするのだと、本で知っていることもあって、いつかは行こうとキスアはずっと前から思っていた。


「お、おおぉひょほおお~っ!!山!山ですよ!皆さん!鉱石が!鉱石がその辺にすら、ころころあります!ひょおおおお!これはもう採取しまくるしかないですよ!!」


テンションが爆上がりし、特製の宝収輝石に次々と取り込んでいく。その様子にトレイルは若干引き、クーちゃんは何しているんだろうと思い、マキーリュイは時間を気にしていた。


「もう既に喜んでいるようでなによりなんだけれど、ボっクの連れていきたいところはもう少し凄いところだからさ、このあたりならまた今度好きなだけ漁りなよ。さあ三合目の関所にいくよ」


「あっはーい!今行きますっ」

キスアは素材の収集を途中で切り上げて、先に進む四人の後を追いかけていった。


山の外観は1合目から10合目まで、岩と土、概ね茶色が視覚を埋め尽くす。木は一切生えておらず、植物も無い。

気候は年中大きく変わることはなく、ハイキングで3合目まで登って楽しむ者もいるくらいには快適で、木々が無くとも暑さに悩まされることは無い。


この山を登るうえで注意するべき点は、ごつごつした地形のため、躓いて転ばないようにするくらい。しかし、キスアにはもう一つ気を付けるべき点があった。


「はぁ、はぁ、もう少し待って…ください…」


「キスアさん…っ?!あと少しで3合目ですよ?体力の限界来ちゃったんですか?!」


「は、はい…お恥ずかしながら今日の予定に、ここを登ることを想定してなかったので…体力の配分が…」


森で魔獣を倒して少しタプコミヌ湖で休憩し、アトリエに帰る。その予定であったのだが、ついつい好奇心に負けてしまったのがキスアの敗因だろう。理性の自分に勝って、欲望の自分に負けた。

もちろんキスアもそのことはわかっているのだが、心というのはなかなか思うようにはいかないものだと、この際諦めておくことにした。


「キスア…」


クーちゃんはキスアに近づき、おもむろにお姫様抱っこしてしまった。


「うわーっ!あっあーっ!クーちゃぁぁあああ!!!?!」


全くの予想外にキスアはパニックを起こして叫び散らした。トレイルを含めた3人も驚き、すぐそこの関所で立つ番兵も何が起こっているかは分かりはしないものの、叫び声に驚きざわめいた。


「待って!待って!!!?ちょっと待って!??なんでっ!?待って!?!?」


「キスア歩けないって言ったから」


「言ってない!言ってないよ!!?休んだら歩けるの!!」


「これなら休めるし進める」


「休めるし進めるけど大事なもの失っちゃう!!」


「落ちても誰かが気が付けるように前歩くから大丈夫」


「割れたら困るものは!?違っそうじゃなくてっ!」


「キスアわがまま…」


「ごめんね!ワガママでごめんね!でも…う、う、ううう。わかった…我慢、する。クーちゃんありがと、このまま連れて…って…フゥ…!フゥ…!」


「?…ん、」


クーちゃんはキスアが大人しく持ち運ばれるのを受け入れたのはわかったものの、それでも何か苦痛を我慢している理由まではわからなかった。



痴態を晒し続けるのを受け入れたのは、キスアが1度既にワガママを言ったから。短時間でなんどもワガママを言うのは、心苦しかった。それに、体力を回復するのを待つのはさらにみんなの貴重な時間を消費させてしまう。それが嫌で、受け入れることを選んだ。


それでも強い恥じらいを耐えるには、体の力ではなく、心の力を高くしないときっと暴れてしまう。心の力を高めたときの排熱音が口から漏れてしまうのは、もうそれは仕方ないことなんです。みんなもお姫様抱っこ急にされてみたら分かりますって、自分より年齢も身長も小さい子にお姫様抱っこ…。褒めて下さい。もちろん、口には出しませんとも…。


「番兵さん、ここ通るよ。彼女らは連れね、はいパスカード」


デハルタが懐から一枚のカードを取り出して、番兵に見せる。番兵はそれを視認すると出入り口から退いた。


「承知致しました、どうぞお通り下さい」


「うん、ありがとね」


「仕事ですので。お気をつけて」


「じゃいくよみんな」


関所を抜けて、キスアは少し気になったことを聞いた。


「あの、デハルタさん、さっき番兵さんに見せたカードって何ですか?」


「ん、これね。ここ限定だけど、必要な権限を通すためのものだよ」

デハルタは再び懐からカードを取り出してキスアに見せた。外側から「青」「金」「紫」の三本線で構成されているひし形が中央に描かれている意匠のカードだ。


「へぇ…あ、あのさっき番兵さんにカードを見せたときに手渡してませんでしたけど、ちょっと優しくなかったんじゃ…」


「あぁ、いじわるしたわけじゃなくて、安全のためにね」


「安全のために、ですか?」


「そう、じゃトレイルこれ持ってみて」


「えっあたしスか…?じゃあ…」


差し出されたカードをトレイルが受け取った。


「え…?あぎぃいいい!」

一瞬の小さい破裂音の後、バチバチと火花と強い閃光を発しながらトレイルが叫び声を上げ、関所にいる後ろの番兵がまたも、何が起こっているかは分かりはしないものの、その叫び声に驚きざわめいた。


デハルタは痺れているトレイルからカードを拾うと、キスアに向き直った。

「こうなるから」


「あはぁ、それは…ごめんなさい知らずによけいなことを…」

その光景を見て理解したキスアは、トレイルからデハルタに視線を移す。そしてちょっと危ないので距離を取りたかった…。が、クーちゃんは動かない。自分はそれを受けても平気であると信じていて、そのうえキスアの事は考慮していないので、動かない。その佇まいは一瞬、王都広場にある巨石像を思わせた。


「ん、わかればよろしい。それと、こういう防犯魔術が掛けられていなくても、盗られて困る重要な物は手渡さないってことは意識した方がいいのさ、人を信用しすぎても良くないよ」


「え…?でもそんな悪い人なんていないんじゃ…」


「いない、かもしれないけど、もしそういう人が出てきたら破滅してしまうよ」


「うぅん、腑に落ちないですけど、わかりました」


「わかってくれて嬉しいよ」


「んっ…!」

キスアの返答に柔和な笑顔を見せるデハルタ、その様子からはなんだか、言い知れぬ"安心"を感じた。

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