二人の少女の物語
『あのとき、わたしは何が起こったのかわからなかった』
「いつものようにかき混ぜていたら棒を伝っている赤いものに気付いて、『さっきので手を切ってたんだ! 拭かなきゃ!』って手を放そうと思ったらその時にはもう間に合わなくて、わたしの血が窯の混合調整液と混ざった瞬間に、はぁはぁ、部屋が、はぁ、真っ白になって……!」
部屋が白い煙に覆われている中、尻餅をついたキスアはぶつぶつとあれこれつぶやき、ハッとすると、すかさず立ち上がった。
「それからえっと……窯はどうなってっ……?あ! 私の分身っ……じゃない!?えっなんで!? それよりも中にいるの……わたしより明らかに小さい女の子だ……体を丸めるようにして、眠ってる……??」
ぐるぐる雑然と思考しながら、慌てて窯の中を覗くとそこには――小さな女の子がいた。
彼女はそこで2つの事実を見た。それは錬成
望んでいたのは『自分の分身』しかし結果はどうだろう。その容姿は自身に比べて幼い、具体的には20のキスアが半分の年齢になったかのような具合。そのうえ桃色の彼女の髪とは違い、きれいな銀髪をしていた。
「わ……ぁ、キレイ……」
思わず口をついて出てしまうほど見事な銀色の長髪。足を曲げ体を丸めた姿であっても、その長さは直立したら地面についてしまうだろうと用意に想像がつくほどだ。
キスアはまだうまく頭の整理がついていない中、見たままの様子を頭に流し込むように、状況をとにかくすべて言葉にすると、ハっとした。
「この子裸だ! このままほっといたら風邪ひいちゃう!!」
産まれたばかりのその子をみて
あれほどもう一人の自分を作ろうと考えていたのに、成功した時の映った光景、そこでぶつかる問題を考えていなかった。
一度でも小型の生物の錬成を試みていれば『毛がない』などで気付いたかもしれないが、やはり人型を錬成でもしない限り、『服は一緒に作られない』ことなど知る由もなかったが。それでも自分のミスに落ち込んだ。
キスアはその子を自分のベッドへ寝かせて、自分の頭を掻いた。
「う~~ん……よし! 反省するのはあとだ! 今はこの子の服を用意しよう! けど今は疲れたから……明日!!」
布団をかけて(この子……わたしにあまり似てないなぁ……でもちっちゃくてかわいい……)そう思いながらその子の側で布団の突っ伏し、キスアはそのまま眠りについた……。
「イリス……? 起きてイリス……えいっ」 ドガシャ!
「んんぅ……なぁに……わたしはイリスじゃない……? ンッ!!!」
翌日、側で大きな音が聞こえてキスアは飛び起きた。見ると目の前の壁に大きな穴が。
「起きた……イリスおはよう……」
ベッドの上の少女はつぶらな瞳で、じ~っとキスアのことを見つめていた。
「おはよう!? あれ?! この壁の穴、もしかして……」
「大きな音出せば起きると思ったから」
「あちゃあ……やっぱり……」
小さな子から繰り出される威力ではないことと、その時魔力を感じなかったこと。いくつもの疑問からキスアの思考は一瞬止まった。しかしそれよりも家の壁に穴が開いたことについて、どうしようかと悩んだ。
「でも起こしてくれてありがとねクゥちゃん、よしよし」
それでもキスアはクゥちゃんを責めることもなく、起こしてくれたことに感謝して、優しく頭を撫でた。そのあとにはきちんと「次から起こすときは壁を壊さないこと」と言い、クゥちゃんも「わかった」と理解してくれたことを確認して「よし」と再び頭を撫でた。
壁の穴はひとまず応急的に木の板で塞いで、キスアはさっき少女が言ったことについて聞いた。
「あの、わたしのことイリスって……?」
「……? イリス? どうしたの……?」
少女はしきりにキスアの事をイリスと呼ぶ。しかしキスアにはその子に見覚えはなかった。果たしてどこかで出会っただろうか?けれどそんなはずはない。何故なら今目の前にいる女の子は昨夜間違いなくキスアの手で生まれたばかりの存在のなのだから。それに何より名前が違う。
「わたしはキスア・メルティ……イリスっていうのはあなたの知り合い……なの?」
キスアは1つ思い当たることがあった。それは、少女に宿った魂の記憶がその名を言わせたのではないかということ。キスアの力で作れるのは肉体であって、魂までは作れない。今まで試して魂を作れた試しがなかったからだ。だからこそキスアは聞いてみた、前世の記憶に。
「イリスは、私に居場所をくれた……それから、いつか迎えに行くって、わたしに待っててって……そうでしょ?」
(やっぱりちゃんと魂があるんだ……記憶はやっぱり前世のものがまだ残ってる……)
呼吸を整え、落ち着いた思考をゆっくりと切り替える。そして宣言する。
「よし……わたしはあなたのママになる!イリスの代わりにあなたのこと、面倒見るよ!」
「ママ……? イリスの代わり……? わたし……」
少女は困惑していた。きっと目の前にいるイリスとよく似ているのであろう女性が突然『ママになる』と大見得を切ったから。
「大丈夫、きっとイリスに会わせてあげるから任せて!」
キスアはこの瞬間、少女の言うイリスに出会うため、これからのことを計画することにした。
しかしまだ村のことは気がかりで、あわよくばこの子の壁を破壊するほどの力を役立てられないだろうかとも思ったのだった。
「よしよし……」
「うう……んん……」
キスアが安心させるために言った言葉を聞いてもなお困惑と不安に曇った顔をする目の前の子の頭を撫でてみて、まるで我が子であるかのような、母になったかような、そんな思いが溢れてきて思わず抱きしめた。
「まま……おなか、すいた……」
慣れない様子で、その少女は1つの要求をした。少しキスアに心を開いてくれたのか、困惑しつつも目の前の出来事を受け入れようとしている、そんな少女の精一杯の適応、成長の証だった。
「わかった! ちょっと待ってね……っ!!」
と、飛び出したは良いもののすぐにもう1つの問題に行き当たった。
(ってしまったぁ……! かんっぜんに失念してた!! 今まで私だけだったから、作り置きしてる料理なんてなかったんだぁ……)
そんなことを考えながら寝室を出て走り、ひとまず研究室抜けて、いつも食事を摂ってる部屋に行き、そこからまっすぐ行くと食料を保存する部屋に向かった。そこからすぐに用意できそうなものを探す、探す……。これがなかなか見つからない。キスアの整理は少し雑なところがあったから。
「あァ……昨日買い出しに行けばよかったァ……手に収まる程度の木の実と果物しかないよぉ……研究はすごく時間がかかるから、片手間に食べられる甘い果物を常備していてよかったけど……とりあえず、この果物を切り分けて……」
サクサクと採取用のナイフで切り木製の皿に盛りつける。
「ごめんね……今出せるのこれくらいしかなくて……」
少女のもとに戻り、おずおずとキスアは申し訳程度の果物の盛り合わせを差し出した。少女はそれを見ると、目を輝かせてその皿を受け取った。
「これ、食べてもいいのっ?」
「もちろんっ! あなたが食べていいの!」
その言葉を聞いた少女の瞳孔はゆっくり開き、果物をのぞき込むとすかさず頬張った。
「ママ……ありがとう……あむっあむ……おいしい」
(良かった……。美味しそうに果物を頬張る姿はかわいい~って思っちゃうよ……これが愛しいってことかな? わたしのママもこんな感じだったのかな)
少女のおいしそうに果物を食べる様子を見ながら、キスアは幼少の自分と、その時の母は何を思っていたかということを考え、思いを馳せていた。
(あ、そうだ……この子の名前どうしよう……暗い夜の部屋に生まれた……だから……)
「ねぇ、あなたの名前……クーラっていうのは、どうかな……クゥちゃん……どう?」
「クーラ……クゥちゃん……クゥちゃんっクゥちゃんがいい」
「あはは、クーラより、クゥちゃんかぁ……うんっクゥちゃん! あなたはクゥちゃんね!」
「うん!」
こうして、二人の女の子が1つ屋根の下で、生活を共にすることになったのだった――。
「えっと、でもやっぱりママって言われる年じゃないから……できればお姉ちゃんって呼んでほしいかも……?」
「じゃぁ、イリス……」
ママはダメと言われたからか、クゥちゃんはその表情をスン……とさせ、第二候補をすかさず出した。
「えっわたしはキスアメrt」
「イリス」
「えぇぇぇぇ……なんでぇぇ……? キスア・メルティだからキスアって呼んでよぉ~~……」
「やだ、イリス」
「それかお姉ちゃんって……!」
「ママ…!」
「ぬぐぐぐぐ……」
二人の関係が確立されるのはもう少し時間がかかりそうであった。
――――――――――――
「分岐点に戻ったようだ。レッド、今回の行動を開始しろ」
「はいは~い。じゃアカラを連れてくよ~」
深紅の髪の女は翻り、去っていく。残された白髪の螟ゥ菴ソは己の領土を眺める。
「まだ掛かるか……」
目的を果たすのには時間がかかるということはわかっていても、それをどれだけうまくやろうとも、その順風な過程はいつまでも続かないことを何度もよぎる。それほど焦ることもないが、面倒がないに越したことはない。
キスアの幸せな日常、それが輝かしいものであることをただ願うばかり。
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