初めましてトレイル! さぁみんなで一緒にご飯を食べに行こう!

 キスアはクゥちゃんの錬成に成功した。目的の『自分の分身を生み出す』とは少々違うかもしれないが、その力は目を見張るものがあった。そしてそれとは別に、クゥちゃんの純粋な様子を見ているとなんだか妹か娘と接しているように感じてしまう。彼女はいつも親バカになってしまう――。

 

 ありあわせの果物で朝食を済ませて、キスアはクゥちゃんの服や食料を買い足そうかと思ったものの、これからダズが依頼品を受け取りに来る約束で離れられないので、来るまでの間をクゥちゃんのことについて聞きながら、時間を潰すことにしました。


「クゥちゃん、果物おいしい?」

 おいしそうに頬張る姿を微笑ましく見つめ、キスアはベッドの縁に両手で頬杖をしながら聞いていた。


「うん、おいしい! イリスは食べないの?」

「ううんいいの。全部食べていいんだよ? でもわたしのことはキスアって呼んでほし……」

「イリスは優しいね! イリスありがと~」

 キスアの刷り込み活動に嫌気が差したのか、やや棒読み気味でクゥちゃんは感謝を差し込んだ。


「えへへ……ありがとう、でも名前覚えて~」

 しかし棒読みでもその愛らしい顔でニコニコとしているのを見せられて、キスアは毒気すら出せずにデレデレとした表情にさせられてしまった。


「「えへへ~」」


 2人の微笑ましい日常が始まり、なんだかずうっと続くように思ってしまいそう……。けれど、キスアがクゥちゃんを錬成できた理由と、この裏で動く兵士の忙しい足音が、平和と幸福を妨げてしまうこととなるのを二人はまだ知らない。


 クゥちゃんが果物を食べ終わり、一通り片付けを済ませると、キスアは再びクゥちゃんへと話しかけた。


「ねえクゥちゃん。あなたは自分が……」

 キスアは意識を手放す前の出来事を聞こうとした。ただ、言い始めてそれが死であるか他の要因であるのか、それを聞くのは酷なことなのかもしれないと思い、それ以上言うのをやめた。辛い記憶を無理やり思い出させ、苦しませることはキスアの本意ではないから。

 

「ううん、何でもない。それよりも、このあと人がここを訪ねてくるの。わたしに仕事を依頼をした訓練所のダズさんっていうんだけど、もしその人が来てもびっくりして殴ったりしちゃだめだよ?」

「わかった、ダズにはなにもしない」

 言いながらクゥちゃんは右こぶしを天井に向かって突き上げた。承諾と取っていいのか、それともよくわからず意気込みだけを表してそのポーズを取ったのか不明だが、気合いだけは伝わった。たぶん大丈夫だろうとキスアは受け取ることにした。


「うんうんよし……! って、あれ? うわっ!」

 パラパラと真上から降ってくる木くずに気が付いて上を見上げると、天井には穴が開いていた。こぶしを突き上げたときに天井を破壊していたようで、クゥちゃんの力は遠くにも作用してしまうことが明らかになり、今後のクゥちゃんの指導が求められた。

 

 そんな話をしていると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。キスアがドアの方を向き「あっもしかしてダズさんかな……?」と呟き、クゥちゃんへ「待ってて」と声をかけると、玄関へ向かっていった。

 

  ドアを開けるとそこには、赤鎧の肩当てを着けた黄色い髪の女の子が立っていた。


「どうもおはようございます! あたし、トレイル・ラースって言います! ここがキスアさんの工房ですか……?」


 勢い良くお辞儀をし、後頭にゆわえた髪を、尾のようにバサバサ跳ねさせながら彼女は言った。


「あぁ! あなたがトレイルさん……!? てっきりわたし、男の子かと……」

 名前の印象と剣の状態から、キスアは受け取りに来る者が男性だと思い込んでおり、つい驚いてしまった。

 

「あはは……よく名前で間違われるんですよ。訓練所の使用申請で最初に名前を書いたときとか……。それに腕っぷしとか、鎧つけて剣で戦ったりとかで『男の子より男してるじゃねぇか』って言われたり……。まぁ、あたしも同い年の女の子よりも、大人の男の人と訓練するほうが楽しいから良いんですけどね」


 トレイルは頭を右手でわさりと軽く掻きながら、少し恥ずかしそうに笑った。


「そうなんですね……。でもまさかこんなにかわいい子だなんて、びっくりしました!」

キスアはかわいいものが好きなため、トレイルがかわいい女の子だったことに驚いたと同時に、少しうれしくなった。決してそういう癖ではない。


 

 「ただあの、今日はダズさんが来ると思ったんですけど……ダズさんに何かあったから自分で受け取りに来た、とか……?」

 続けて、キスアは受け取りに来るのがダズではないことについて問いただしてみた。するとトレイルの表情は怒りと苦い表情とがない混ぜになったようなものに変わった。

  

「それ! その話! 昨日ようやくのことでこの街まで戻ってこれたんスけど……」


(ス……?)

 言い始めに興奮した彼女から、不意にもれた「ス」にキスアはこれが彼女の素なのかな……?と思った。

 

 あぁ~……と頭を掻きながら、トレイルは一度落ち着くために間を置いて、思い出しながら顛末てんまつを話し始めた。


 トレイルが言うには昨日、訓練所で炎の魔術を暴発させ郊外の森まで吹っ飛び、帰ってくるころにはもうその日の訓練はもう終わってしまったため、体を洗うべく王都の湯浴み場を前にして、さて入ろうとしたところ、出会ったダズに呼び止められたという。

 

 ダズは仕事が急遽差し込まれてしまいどうしようかと思ったところ、偶然出会ったついでだ、とのことで、代わりにキスアの所へ直接受け取らせるため、体がどろどろべとべとな不快感で気分が最悪な中、場所を確認させるため無理やり連れていかれた。とのことだった。

 

 「んでもと来た道を戻って、結局湯浴み場の所とキスアさんのところ往復したんスよ……ただでさえ家まで遠いのに疲れたス」

 

 その時の光景を聞き、昨日はかなりお疲れだったみたいだとキスアは思った。腰に両手を当て、俯きながらため息をついている姿を見るに、その日のことはもう思い出したくはないのだろうことが見て取れた。


「あはは……それは大変でしたね。今日はまだ疲れているはずなのに受け取りに来てくれてありがとうございます。あ、これが依頼にあったトレイルさんの剣です、元通りにしておきつつ、そう簡単に壊れないよう、魔力で強化しておいたので、そう簡単に壊れることはないですよ!」


 剣をトレイルへと差し出すと、安心させる意味も込めて力強く言った。


「わっすっごい……ちゃんと直ってる! しかもなんか薄っすら光ってるし……これが、キスアさんの魔法……!」

 トレイルは剣を受け取って、仄かに蒼く光る剣に興奮したと同時に頼もしさをキスアに感じた。

 

「ふふ~ん! そうです! 私の魔法です!! 錬金魔法、それがわたしの力ですから!!」

「でも訓練所の剣なのに強化しちゃっていいんスか?」

 公に解放されている施設のものに勝手なことをしているのではと心配になり、トレイルはキスアに聞いた。

 

「もちろん大丈夫ですよ! 訓練所の方から『いずれは全てのものに耐久性能強化を施してほしい』って言われてますから。『修理のついでにすると丁度いい』ってわたしの提案も受けてくれてますし、問題なしです!」

 それを聞いてトレイルは納得しつつ、初めてみるキスアのエンチャントアイテムをまじまじと見ていた。


「錬金魔法……って初めて聞く魔法っスね。でも魔法を使えるってことは『魔女』ってことじゃないスか……!? そんな人と知り合いになれるなんて……光栄ですっ!!」

 彼女はグッと近づいて、体が密着するほどの距離で両手を差し出し握手を求めてきた。キスアは少し驚きつつも両手を出してトレイルの握手に応じた。

 

 トレイルが興奮するのも無理はなく、魔法というものは魔術とは違い、魔女のみに扱える特別な力。

 それは魔女それぞれに違った性質を持ち、キスアの場合は『錬金の魔法』として発現し、トレイルの憧れの魔女、炎の魔女ブレイザは『炎の魔法』を発現している。

 最初から魔法を持って生まれている場合もあれば、自己研鑽による発現なども多々ある。ブレイザは自己研鑽によって発現した魔女、そしてキスアはといえば、持って生まれた魔女だった。

 

 トレイルの認識では魔法を使える者は等しく『すごい人』で、魔法の発現がどのタイプであれ、魔女は尊敬すべき人であった。


 魔法の発現についてはいまだに謎が多く、魔術と比較すると、使用者はかなり少ない。

 魔法と魔術の違いを大別すると「体内のマナだけを使う」か「魂の力を使う」か。しかしそれがわかったところで魔法の原理や発現の条件までは明らかにされておらず、そもそも人によって千差万別、百人百様。

 一様ではないことが起因し、魔女として認められることは非常に誇れることであった。


「え~そうかなぁ~えへへぇ~~~」

 そんなすごい人を前にして興奮するトレイルから、憧れと羨望の眼差しで見つめられて、キスアはとても緩んだ顔をしていた。

 自分の力に対し、『便利』ではなく、純粋に力に対しての評価を受けるのは稀なため無理もなかった。

 キスアは生まれ持った魔女だが、自身の魔法を『地味』と過小評価しているので、自己評価が低いこともそれに由来しているのだろう。


 もっと話を聞きたい、と目を輝かせたトレイルに見つめられて良い気になったので「じゃあせっかく来てくれて立ち話もなんですし!」とキスアは工房の中へトレイルを招いた。


 入ってすぐの部屋にはテーブルが1台、椅子が4脚あった。キスアはそこで普段食事を摂ったり、依頼の受け付けをしている。

 トレイルが椅子に腰を掛けて待っている間、キスアは紅茶を用意するため倉庫へ向かった。


「あっじゃあお言葉に甘えて~!……ん?」

 待っている間、トレイルが部屋の中を見渡していると、玄関扉とは反対にある窓の下に何かが見えた。

 その何かは、逆光で見えにくいが、どうやらとても精巧な人形のようで、足を伸ばして床に座る形を取っていた。

 髪は銀色をしていて、目が透き通る蒼で美しい。そしてそれは仄かに光っていた。

 蒼い光は、先ほど受け取った剣が放っていたものと同じく、キスアの創造物の特徴なのかとトレイルに思わせた。

 

「……え? 人形? すっごいよくできてるなぁ……」

 立ち上がって、トレイルは人形に近づいていく。近くでまじまじ見ながら、これは人形の魔女からの依頼品なのだろうか。そんなことを考えていた。


「お茶入りましたよ~」

 そんな折、キスアがお茶を持ってきてテーブルに置いた。トレイルは返事を返すと人形から離れ、椅子に戻った。


 (来ちゃったんだ。でも何してるんだろう)

 トレイルが観察していた様子を見て、キスアは疑問に思った。何故クゥちゃんがここにいるのだろうかと。

 

 クゥちゃんはまるで人形のように瞬き1つせず、どこでもなくただ壁の方をじっと見ていて、微動だにしない。置物に徹しているのだろうか。


「あのキスアさん、この子人形ですか……?人形ですよね動かないですしね??」

 いくつか会話をしているうち、トレイルは我慢できず切り出した。ぽやぁっと虚空を見つめて動かないクゥちゃんを指差して問いかけたトレイルの声は、少し震えていた。びっくりさせる類の冗談が苦手なトレイルは、あまりにも精巧すぎる人形が、今にも動かないかと不安だった。

 

 お茶を飲み、あれから少し時間が経ったが、それでもクゥちゃんは動いていなかった。

 

「クゥちゃ~ん、寝てる?」

 さすがにキスアも気になってきたので、クゥちゃんに近づいて声をかけてみたが、反応はなかった。寝ているのだろうか。

 

 今度はしゃがみこんで、ほっぺたをちょんちょんと突いてみた。

 するとクゥちゃんは口を開け「プアッ」とよく分からない音を出した。


「おひょぉおおうっ!?」

 それを見て、クゥちゃんをずっと人形だと思い込んでいたトレイルは、びっくりして聞いたことの無い声を上げていた。


 トレイルは驚きのあまり腰を抜かしてしまったようで、体をビクビクさせながらキスアに椅子まで寄り添われ、着席の補助をしてもらっていた。

 

「イリス~この人がダズ~?おじさん~?」

 トレイルがまだ落ち着きを取り戻せていないなか、クゥちゃんはキスアに尋ねた。

 

「違うよクゥちゃん、キスアだよ……名前覚えて……それからこの人は……」

 キスアの言葉をトレイルは手を出し遮って、自分で話すことの意思表示をした。


「えっと、あたしは……トレイル・^ラースだよ……キスアサン……お子さんいたんスね……」

 まだ驚きの余韻が抜けていないのか、裏声混じりにトレイルは自己紹介をしつつ、思ったことをそのままキスアに言った。


「トレイルよろしく~」

「おぉほよろしくな~……」


(どうして私の名前は覚えてくれないの……?)

 トレイルのことはすぐに覚えたことにキスアは少し嫉妬し、一瞬頬を膨らませた。


「えっとトレイルさん誤解なの、この子は私の子だけどそういう子じゃなくて……わたしが魔法で作った魔生物なの……」

 正しくはないが、理解をしやすいよう少しかみ砕いてそう話した。


「え!? この子も魔法で……!!? なんかあたしすごいこと聞いちゃったんじゃ……」


「うん……昨晩生まれたから誰も知らない。今回で生まれると思ってなかったから、服がないの!!用意してなくて……今は私の服を着せてるけどサイズが合わないからぶかぶかで……」


「う~ん、じゃぁ剣を直してくれた上に強化もしてくれたわけだし、依頼料金の他にあたしにできることでお返しをするっスよ! 一緒にこの子の服を買いに行きましょう!」

「本当!! トレイルさん……ありがとう!助かっちゃいます!」

 願ってもないことだった。クゥちゃんが初めての街ではぐれないだろうか、目を掛けつつ買い物ができるだろうか、そんな不安がキスアにはあったので、申し出をありがたく受けたのだった。


「いえいえ! 訓練所には年下の子もいるのでお守りは慣れてますから!それじゃ行きましょう!」

「はい! それじゃクーちゃん、これからあなたの服を買いに行こー!」

「んん~……眠たい……ここにいる~……」

 すかさずキスアはクゥちゃんの後ろに回り込むと、ぐりぐりと押して玄関に向かった。そしてそのあとを微笑ましげに見ながらトレイルが付いていくのだった。


 ―――――――――――――――――

 

「ん……?なんか今日は衛兵さんが多いような……」

 商店街を目指し歩いていると、キスアはなんとなしに辺りを見回して言った。

 

「ん~気のせいじゃないスか? いつもこんなだと思いますけど……」

 手を頭の後ろで組んで歩きながら、トレイルは返した。


「ん~そうかなぁ……」

 気のせいと言われればそのような気もする。いつもの衛兵の動きをつぶさに観察して覚えているわけでもなし、釈然としないものの、気にしないように努めることにした。


「それよりもっ! 商店通りのどこから回ります? あたしクゥちゃんくらいの後輩もいるんでいいお店知ってますよ!」


「トレイルさん頼もしいです! じゃあトレイルさんに甘えて、そこのお店の案内お願いしちゃおうかな!」


「わかりましたっ!っと……あたしまだ朝ご飯食べてなかったんで……ちょっとそこのお店で何か食べませんか……?」


 トレイルは屋台を指差すと、照れながらおなかに手を当てた。


「肉……じゅるる」

 トレイルの指さした方から漂ってくるタレの香ばしい匂い。そのタレに肉をくぐらせ焼いているところを、クゥちゃんは涎を垂らして凝視した。


「イリスこれ食べたい……」


 クゥちゃんはキスアに振り返って、目を輝かせて見つめてくる。


「んん~でもなぁ~私の名前覚えてくれないし、呼んでくれないからどうしようかなぁ~。クーちゃんが私の名前ちゃーんと呼んでくれたら買ってあげるんだけどなぁ~~」

 少々大げさで演技っぽく言うと、クゥちゃんに悪戯っぽく笑った。


「ん……き、キスア……これ食べたい……」


 クゥちゃんは、目の前でおいしそうに焼かれる肉をチラチラと見ながら、なんとか食欲に耐え、思い出した名前を口にする。


「グズッんんーーくーぅちゃん~!! ありがとう~!! いいこいいこ~!」


 名前を読んでくれたのがあまりにも嬉しくて、ニヘニヘ緩みきった顔でクーを抱きしめ、すりすりと頬を当てた。


「良かったですねキスアさん!!」


 その様子に感動しすこしうるっときたトレイルが言う


「ウェグ…やっと名前呼んで貰えたよぉ~!」



 キスアはクゥちゃんを抱きしめ頬擦りをするが、当のクゥちゃんは気にもせずただじーっと肉を眺めていた。


「キスア早く、食べたい……!」


 二人が感動しているのをよそにクゥちゃんは食欲を我慢できず、頬を膨らませ不機嫌アピールした。


「じゃあ早く行きますか、ね、キスアさん?」

「はい! クゥちゃん待たせてごめんね」


 キスアが宥めるように、クゥちゃんの頭をなでると、トレイルは先に店の暖簾をくぐって「お邪魔しまーす!」と元気よく入っていった。

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