魔神ちゃん止まって!/錬金の魔女と魔神ちゃん:第一章は「1滴の泥を落とされた楽園の中であっても」
電子サキュバスショコチャ
1滴の泥を落とされた楽園であっても
物語の始まり!魔女の住む世界
魔女が生まれる世界、エレムリアス。
そこにはマナが豊富にあって、生き物たちは豊かに、魔族もいるけど人間と仲が悪いなんてこともなく、平和な世界。けれど最近は魔獣の動きが活発で被害も出始め、少し平和だと言えなくなってきていた――。
そんな世界で、自分の夢を叶えるために家を飛び出していった少女がいた。
少女の名前は『キスア・メルティ』桃色の髪を短くまとめた活発な研究者で、錬金の魔女。村から出て王都『プルプァ・ブロッケン』にアトリエを構え、はや数年の居住区の人気者。今年で20を迎えようとしているが、容姿から大人の雰囲気はあまり感じないと言われている。
そんな彼女は、今日も今日とて夢を叶えるために生活資金を稼ぎながら、日夜研究と仕事を繰り返す毎日を送っていた。
「おぉ! キスティちゃん、うちの訓練所の剣が欠けてきちまったんだ……またいつもみたいに修理頼むぜ!」
ダズはキスアのことをいつものように愛称の「キスティ」と呼んだ。愛称で呼ぶのはダズだけに限ることはなく、キスアの近所の住民ならば同様にその呼び方をしていた。
「あ~ダズさん! 今回のはなんか欠けたというよりもう少しで折れそうじゃない? どうしたのこれ……」
ダズから渡された剣は何かに接触したと思しき所に破損があり、その周囲は高熱に晒されたようにぐにゃりと溶けた跡になっていた。
「こいつァ最近魔法戦士志望のガキがよ、まだマナのコントロールを習得してねぇってのに、炎の魔女ブレイザさんが見に来てるってんで張り切っちまってよ、炎の魔術を暴発させちまったんだわ」
「うわぁぁ……危ない」
「そんでェ! 訓練所の外部練習場で爆発起こして吹き飛びやがってハッハ!しばらく外で訓練できねぇわ!あいつも訓練所の外まで吹き飛んでどっか行っちまった!」
「炎の魔術は派手だけど、危険な魔術だしちょっと心配……その子、大丈夫なの……?」
(けど、炎の魔術でこんな爆発が起きるって聞いたことないけど……)
少し疑問はあったものの、キスアは相性が良すぎるがうまく扱えず暴発させたらそうなるのかもと思い、そこまで深く考えはしなかった。
「体が頑丈なやつだからそのうち戻ってくんだろォ、今後もあいつの剣を直してもらうことになるかもしれんからよろしく頼むな!」
「それはいいんだけど、今材料持ってなくて、一度持って帰ってするけど、それでもいい?」
「おうよ!むしろこんな状態でも直してくれるキスティちゃんが聖女に見えてくらァ……いつぐらいまでかかりそうだ?」
ガッハッハと腰に両手を当て、カラっと晴れた空のような豪快な笑いのあと、少し真面目な顔でそう聞いてきた。
「この質量なら明日にでも取りに来てもらえれば修理したものを渡せると思う。今夕方だしね、そのほうが都合良いでしょ?」
「まぁそうだな、俺もまだ仕事ちょこっとあるしな」
「うんじゃあそれで決まりね! あっと、そういえばその子の名前ってなんていうの……?」
「あぁそいつァトレイル・ラースってんだ、黄色い髪で右肩に赤い肩当て防具つけてるやつだ、みたらわかるぜ」
「ふ~ん黄色い髪の子なんだ、珍しい……どこからきたんだろう……ここ出身ではなさそうだけれど……」
「んぁ?そいつぁ本人に聞けばいいんじゃねぇか?いつか会うだろうしな……っとそろそろ次の奴を訓練する時間だわ、それじゃぁ明日取りに行くから、その剣の修理頼むなぁ~!」
ダズはそういうと訓練所へと走っていった。
その後キスアも自分の工房兼自宅へと戻ると、依頼の受け付けやリビングとして利用している部屋へと向かい、そこにある椅子へと腰掛けて、剣の状態を観察してみた。
「さてと、まずはこの剣……だいぶ欠け……いや、壊れてるね」
ダズから渡された剣は一体どうしたらこうなるのかというほどに、いたるところにヒビができ、刃の真ん中辺りが破損し、その周囲が大きく溶けていた。
「まぁわたしの魔法なら簡単簡単っ!パパッと終わらせて夢のために研究するぞ~っ!」
キスアはそういうと部屋の棚から、ラベルの貼られたビンを持ってくる。
そのビンの中から桃色の自身の毛を少し取り出し、まずは大きく溶けてしまった部分へ当てた。すると髪の毛が光とともに溶け、失われた部分を補い完全に同化した。
「よしと、これで全体の形はおおよそできたね、あとはこのヒビ……これくらいなら素材は要らないね」
残るは刀身に残る細かなヒビ。これに手を触れて全体を撫でていくと、その細かなヒビは消えていき、剣は新品同様の姿へと変貌した。
「よしと、これで明日に渡せるねっ!さぁってとぉお研究んんっ!ふぅ」
修理した剣を部屋の壁へ立て掛けたあと軽く伸びをして、それから扉を開けて奥の研究室へと入っていった。
――――――――――――――――――――
錬金魔法。彼女の力であり、彼女の目的のための力。名の通り素材を用いて様々な物を作る力で彼女は何を成したいのか。それは――。
「今日こそ、今日こそは……完成させて見せる――っ!わたしは錬金の魔女――っ!どんなものだってつくれるんだ……!」
両の拳をギュっと握って、気合い十分。今回ならば何かが起こりそう、そんな予感が沸き起こっていた。
(わたしが多くの時間を注ぎ込んで研究に没頭していた理由!それがこの研究の内容にある!わたしが錬金の魔女であること、それも1つの理由でもあるけど、それとは別にある大きな理由!)
『故郷の村を魔獣から守りたい!』
わたしの村は魔獣の被害が多いのに、王都から離れたところにあって駆除部隊をなかなか送ってもらえない。村のみんなはそれに悩まされてる……だからこれを、なんとかしたい!
でもわたしができることはせいぜいが武器を強くしたり直したりするくらい……。そんなんじゃ怪我をする人が少し減ったりするだけ。強力な魔獣が出るようになったらわたしの力だけじゃどうしようもない。
だからわたしはこう思ったんだ――。
『自分を超えた自分の分身を作り上げる!』
わたしの力は自己強化じゃない。自分の作るものが強くなる力、あといろんなものが作れる力(ちょっと素材とか必要な物があるけれどね)。
だからそうすれば、わたしなんかよりも多くの人の役に立てるし、なんなら魔獣の存在そのものがいなくなってくれれば、みんな幸せになるよね……?
「頑張れわたし! 夢を……!それから有名になる、その野望を叶えるために! わたしの全霊をこの窯にかける……!!! いっくぞー! 頑張れ気張れ貪れわたし!!んむふーーーーぅうっ!!!」
気合いを入れ、魔力と体力の回復によく使われる果物、リーンプルを頬張る。もぐ。
キスアの研究部屋、その中央には部屋の大部分を占める特大の窯が置かれている。その中には魔力を帯びた物質特有の淡く発光する、碧い液体が満たされており、部屋全体が仄かな青色で照らされている。
キスアはその液体をひたすら、自作の大棒でかき混ぜ続けていた。しかし今回はいつもとは少し状況が違っていて――。
その違いは、剣を直す際に出来ていた、彼女が気が付いていなかった指の傷にあった。
彼女はその指で棒を握り、両手で力いっぱい窯をかき混ぜていた。
そのため、ぎゅっと握った指から赤い珠つぶが押し出され――。
彼女の小指から滴り――。
朱い雫は棒の裏側を伝って、そのまま右手へ流れ――。
右手の小指から再び棒へと戻り、半分を過ぎた辺りで表へ軌道を変え――。
静かに、淡く光る碧へと注がれた――。
「あっ!」
注がれた瞬間、液面ギリギリで表へ軌道を変えたその朱い軌跡が目に入り、自分の血が流れていることに気づいたが、もう遅かった。
斯くしてキスアは、運命の再開、そして止まっていた物語が再開したのだった。
そしてそれと同時に、逾のいない世界に蠢く泥も、活動を再開した。
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