天の光
「おじいちゃん、あれはなんてお星さま?」
「おぉ、あれはシリウスじゃな」
私は孫娘と共に、小高い丘から天上に煌めく無数の光を眺めていた。
「じゃああれは?」
「あれはプロキオンじゃ。その右手側に赤く光る星は見えるかの?」
「えーと……あ、あったよ!」
「それはアルデバランと言ってな、シリウス、プロキオンと合わせて冬の大三角と言われているのじゃよ」
「わぁ、ほんとだ! 三角になってる!」
「他にも、アルデバランはオリオン座、シリウスはおおいぬ座、プロキオンはこいぬ座と呼ばれる星座の一部となっておる」
私はそれらの星座を構成する星を指し示していく。どれも分かりやすく光っており、孫娘はその形を認識する度に喜びの声を上げていた。
「すごいすごい! おじいちゃんはどうしてそんなにお星さまに詳しいの?」
「昔のおじいちゃんはお星さまについてたくさん勉強しておったのじゃよ」
「へえぇ……他には他には!?」
私はこの時期に良く見える星座を他にも紹介していく。ちょうど真上に広がる冬の星座を中心に、徐々に見えるようになってきている春の星座も。
やがて、有名どころについて一通り話し終えたところで、孫娘はふと北の空に見える星を指し示した。
「ねえ、あれはなんてお星さま?」
「あれは……ポラリスじゃな」
「ポラリス?」
「常に北側にあることから北極星と呼ばれておる。大昔の人々は方角が分からなくなった時、あの星を道標にしたそうじゃ」
「地球は回ってるのに、どうして同じ方向にあるの?」
「地球はこんな風に回っておるじゃろ? そうなると、ここにある星はどれだけ回ろうとも変わりはないのじゃよ」
私は地面に木の枝で簡単な地球の絵を描き、北極星が常に北にある理由を説明した。
「なるほどぉ……大昔からずっとわたし達に北はこっちだよって教えてくれてるんだね」
「……そうじゃな、北極星はこれまでも、これからもあの場所に在り続ける。変わることはない」
私は嘘を吐いた。その罪悪感から逃れるように、わざとらしく体を震わせて告げる。
「随分と冷えてきたことだし、そろそろ村に戻るかの」
「うんっ!」
そうして、私は孫娘の手を引きながら、丘から村に下りて行った。
息子夫婦の住まう家に帰宅し、自室に戻ると、暖炉脇の椅子に腰かける。傍の机には紙の資料がいくつも重なり合って散らばっていた。
私の過去の研究成果だ。若い頃から星に興味を持っており、過去の文献を可能な限り調べ尽くした。僅かに残された資料を頼りに、この数千年の星々の軌道についても調べた。
その結果、私は気づいてしまった。
一年間を通して季節ごとに星の位置は変化しているが、歳差運動により生じた傾きが一切反映されていない、ということに。
星の自転には歳差運動というものがある。ほんの少しずつだが自転する内に傾きが生じていくのだ。それはおよそ25800年で元に戻る軌跡を辿る。
一年や二年では目に見える変化は表れないが、数十年、数百年という単位で見れば星々の位置がズレていかなければおかしいのだ。
西暦12020年にポラリスが北極星であることはあり得ない。一万年前の頃であればポラリスが北極星で間違いなかったが、今現在の北極星はベガでなければならない。
つまり、私達が眺める星空は偽物である。
そのことを知ってしまえば、後のことを知るにもそう時間は掛からなかった。
約九千年前に人類は居住地を地下へと移した。厳密には移さざるを得なかった。
地球に氷河期が訪れ、とても人類が過ごせる環境ではなくなってしまったらしい。発見した資料からは多くの人類が死した後の苦渋の決断であったことが窺えた。
地下でも可能な限り地上と同じ環境で過ごせるようにと考えられたのが、半球型の超巨大モニターの下で過ごす、というものだったようだ。モニターには事前に登録された空の状態が常に投影されている。電力は地熱発電で何とか賄えているらしい。現在も動き続けているのがその証拠だろう。
しかし、流石に地球の歳差運動まで考慮したデータを作成することは難しかったらしく、投影された星空は季節による変化しか表れないようになっていた。
移住初期の頃は今よりも栄えていたようだが、長い年月と共に人類は自ずと減少していってしまった。今では地下に作られた大半の土地は繁茂した植物に呑み込まれており、この村のように小さな集団が各所に細々と残っている程度だ。
私が研究成果を人々に伝えることはなかった。誰一人として知る者はいない。もはや知ったところで何の意味もない。
私は兼ねてより考えていたことを遂に実行する。自室に蓄えていた様々な資料を暖炉の中に放り込んだ。それらはパチパチと音を立てながら燃え尽きていく。
その後、私は揺れる椅子の上で目を閉じた。襲い来る眠気に身を委ね、ぼんやりと思った。
地下世界は人類の揺り籠となるだろう。穏やかな眠りと共に死を迎える為の。
今の地上は一体、どんな風になっているのだろうか。それだけが僅かに興味の持てることだった。
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