38 答え合わせ
遥歩は助手席に座り、見た限りの一部始終を彼女に話した。
「そうですか。尸遠さんは警察に」
ハンドルを切りながらそういう新発田の口調は予想の内とでもいうように軽かった。
航真は後部座席に座って血まみれの運動着から、車内に用意してもらっていた黒のティーシャツと紺のウインドブレーカーに着替える。
「で、どこに向かってるんです?」
「巻島の屋敷です。家主の一元がお待ちです」
「なんで巻島のお祖父さんのところに」
遥歩の言葉に、航真はああと今更のように思い出したような声を漏らした。
「そうか、お前知らなかったっけか」
「何を」
「新発田さん、この状況なんで、こいつに説明しますけど、いいですよね」
「ええどうぞ、お願いします」
「巻島の爺さん、というより、あのお屋敷の人はみんな、違う世界から来た人なんだよ」
それをきいてぎょっとした。
「お前それいつから知ってたの」
「一学期の後半くらい」
「ずいぶん前だな……」
「口止めされてた。こんな事でもなかったら、多分一生まで言わなかったと思う」
「え、それじゃあ、こちらの……」
「新発田さん。この人は、地球の人」
「はい、出身は新潟です。旦那様のところには大学時代に家事手伝いのバイトから」
「あ、そうですか……そっか、お前だけは知ってたのか」
「いや、一元さんのとこに置いてもらってるでかい犬いるだろ」
「ああ、あのクマみたいなの」
「そうそう。あれさ、実は、双龍の輪の魔物でさ……その、俺の前世の末っ子なんよ」
「はぁ!?」
「いや、なんか色々あって、あの二人の後をつけて地球に来たら俺がいたって感じ……」
「で、それがなんで巻島のお祖父さんと関わるの」
「旦那様はお力で未来が見通せるんです。それで、事前に色々とご用意を」
「未来って、予言とか占い的な?」
これに航真が口をはさむ。
「いや、次元が違う。多分競馬とか自分で数字を選ぶタイプの宝くじとかやったら、ハズレ一切ひかずに一年とか二年で億万長者になるレベル」
「それがなんで芸術家なんかに……株でもやってたほうがいいんじゃないの」
これに新発田が小さく手をあげた。
「それは、こちらの世界で暮らす上で交わした契約だそうです。能力を直接に人間界に影響するような形で財を為してはならないとのことで……そういう中で適正のあるものをお選びになった結果が、芸術家だったそうです」
「人間界に影響って、カズモト・マキシマって世界的な作家だろ。芸術の世界は?」
「一応、画壇や文化庁とは一線引いて活動なさっています。旦那様の作品はあくまでも独創性の高いポップアートという立場を崩していません。それに、最初から高値で取引される作家というわけでもなく、最終的に今の地位につけるように未来の予知にそって生きておいでになった結果です」
「……確かに、孤高とか異端児って前置き多いですよね。カズモト・マキシマって」
「で、その人なんで俺らに……いや、予知できるなら、なんで巻島が警察に? 上手くすれば避けられたんじゃないのか?」
「尸遠さんが校内で能力を使われた場合、生じる未来は二通りだったそうです。一つは犯人のグループと異世界へ行く未来、もう一つが警察内の『異世界方面担当者』に連行される未来です」
「……え、あっちの世界に行く可能性があったの?」
これに航真は口元に手を当てて、なにか思い当たるとでもいうようにうなずいた。
「多分、俺の代わりになった場合だ……いや、厳密には俺とお前の代わりだ」
「どういうことよ」
「あのフォンってジジイが直接かけてくる魔術、あれはユメ動画みたいな訳のわからないままに術に落ちるっていう感じじゃなかった。頭の奥の無防備なところに対して説得してくる感じだ。それも具体的で筋道の通った内容で。けど、俺の立場から聞いて、その内容は納得できるもんじゃなかった。……あの人は、前世の俺を殺すために元廣の前世を探し出して教育して『勇者』に仕立て上げた。そして俺が『魔王』になるほど追い詰めるようなことをしなければ、俺らは前世で殺し合う事もなかった。……つまり、あの爺さんが地球に来てわざわざ前世動画で世の中荒らし回る事もなかったはずなんだ。それを踏まえた上で、『次の魔王』として『勇者の生まれ変わり』を探してるから手伝ってくれ、なんて、とても受け入れられるもんじゃなかった」
それを聞いて、遥歩はしばらく窓の外を見た。そしておもむろに言った。
「……それであんなにキレてたのか」
「そう。最初はてっきり勇者を生き返らせたと思った。フタを開けたらそれ以下だった」
「けど、実際は俺の前世の双子の片割れだったと」
「そういうこと……それに、前世の夢が終わる間際に少し話しただろ」
「ん?」
「『次生まれ変わったら平和に穏やかに生きたい』とか、そんなようなことだよ」
そういわれて、遥歩はおやという顔をして振り向いた。
「ああ、あれお前か」
これに航真はすこし照れたように笑った。
「そうだよ……だからさ、お前があの時の勇者だってわかったら、なんか、もう前世の世界のこと考えるの止そうって思って」
そこまで言ったところで、航真はため息をついて顔を覆った。
「まあ、そんなことは今はいいんだよ。巻島だよ。あの術を食らったのが俺じゃなく、巻島だったら、お前のかわりにあっちの世界で魔王やる可能性があったってことだ」
「そんなのあり得るのか。あいつの前世、そんなにヤバいのか」
そこに、あの、と新発田が口を挟む。
「ええと、尸遠さんの生まれ持ったお力について、説明したほうがよろしいかと」
航真はああと思い出したような声を漏らして、遥歩に一から説明した。
尸遠が、祖父一元から隔世遺伝で『死霊術』という力を受け継いでいること。これまで一元の屋敷で密かにその術の修業を積み続けてきたこと。そして、能力の自在さについて。
「え……やばくない?」
一通り聞いたところで、遥歩は信じられないというように額を抑えてそう言った。
「やばい」
航真も即答する。
「なにがですか?」
新発田の質問に遥歩から応える。
「まず『双龍の輪』には、無制限に死体を操る魔術は存在しません。そもそも魔素のない『地球』で触媒なしでそんな高出力な術を使える事自体『双龍の輪』ではありえません」
「魔物の技でも、ホウみたいに死体を
「……つまり、新たな魔王としての素質は十分にあった、と」
「そうです。瘴気と意思疎通さえどうにかなれば、魔物世界でも十分通用すると思います」
そう言い合ったところで、車内はしばらく黙り込んだ。
「……それで、これから巻島はどうなるんです。容疑者として逮捕?」
「いえ、そうはならないかと……既にお気づきかと思いますが、地球の各国は異世界の者を受け入れながら、異世界そのものは公には存在しないという前提で回って来ました」
「前世動画が流行るまでは」
「そうです。異世界から来た者を管理し、来訪者達の情報に統制をかけつつ、有益な能力は積極的に活用する組織が世界中に存在します。我々の間では『機関』と呼んでいます」
「目的は? 羊の群れみたいに人間を制御するため?」
「ある意味ではそうです。ですが本当に意図したところは、『臨界』と呼ばれる世界の破綻を『地球』の内側から発生させないためです。羊の群れとおっしゃいましたが、羊の群れが柵を突破して暴走しないように、柵に目隠しをつけたようなものと考えてください」
「臨界って?」
今度は遥歩が航真に説明する番だった。自分の前世の前世が、異世界からの侵略という『外因的な臨界』によって消滅した事。それを前世動画と同じ手法で追体験した事だ。
これをきいて航真は頭を抱えた。
「お前の前世の方が化け物じゃん。前世の前世は世界を支える神様だったってことだろ」
「まあ、そんなようなもん。ただ神様みたいに見守るしかできない感じだったけどね」
「はー、俺の前世がそこいらじゅう火の海にして回るタイプの魔王だったら、魔法全部無効化されて勝ち目はなかったわけだ」
「そう。偶然にもお前も防御と自動回復特化だったから、フィジカルの差で負けたわけ」
「運がいいんだか悪いんだか……」
「それが巡り巡って同じ高校かぁ」
ここで、新発田が再び挙手する。
「あ、それは我々が介入しました」
これにきょとんとする二人。
「お二人が同じ高校に進学し、尸遠さんと交友関係を持たれるよう、根回しをしました」
「えーと、もう少し詳しく説明してもらっていいですか」
「明星園高校の理事会に旦那様の古いお弟子さんが参加なさっています。そのつてを使って、元廣さんがよくご覧になっているウェブ媒体に明星園高校のPR記事を打ちました。それと、桜塚さんが通われてる犬猫保護施設が拠点を移すための操作をしました」
「俺が中学時代よく見てたサイトなんて……そんな話、俺したっけ」
そう言う遥歩の横で、航真がやや苦い顔で首を横にふる。
「そこが巻島の爺さんの怖いとこ。何をすればどんな未来が引き寄せられるかが完全に見える。どのサイトやどの動画配信者に案件を依頼すればお前が釣れるか、お前のことを一切知らなくても操作できる。俺が明星園受けたのも、シェルターの最寄りの学校だからだし」
「同じクラスになったのは偶然ですが、他のクラスになった場合でもお二人と面識を持ち、友人関係を持たれるよう旦那様の采配で誘導する予定でした」
「巻島のいじめは?」
「あれは旦那様の予知の中での特に悪い展開の一つだそうです。尸遠さんのゴミ箱をあさる癖は幼い頃より旦那様の影響を受けて身についたものです。そこから生じる未来のなかで、いつ発生してもおかしくなかった出来事です」
「……避けられなかったのか」
「もちろん避けることもできたかもしれません。ただ、敢えて避けないことで、お二人との関係が速やかに構築される未来を見ていたのかもしれません。そして避けた場合どうなったかは、既に我々が知ることはできません」
「何をすればどんな未来が来るかが見えるのに?」
「いいえ、尸遠さんがいじめの被害を受けたという事実が既に過去のことだからです。旦那様は過去の分岐の先は想像することはできても、見通すことはできないそうです」
「あの時ああしてれば、ってタイプの未来予想はできないんだそうだ」
「そういうことです」
「……そっか、入学から……悪気はないんだろうけど、操られてたみたいで、こう……」
そう言いづらそうにする遥歩に、新発田は笑顔になって頷く。
「ですよね。私もたまにそう思います。ですが、旦那様の仰る限りでは、お二人と交流を持たれることは尸遠さんの人生において有意義な結果しか招かないとのことでした」
「例えば」
「尸遠さんが、いじめられていた時、最初に味方になってくれたのはお二人でしたよね。そして、この度は命を助けて頂いた」
二人は黙った。
「一元さんから見たら、僕らの存在は尸遠っていう孫のためですか」
そう聞いたのは航真だった。新発田は急に真顔になって、首を横にふる。
「それは違います……遅かれ早かれ、お二人が前世の世界との因縁に巻き込まれるという未来は見通されていました。私が聞いた限りでは、三人が会うことがなければ、元廣さんはいずれ失踪していたそうです。そして桜塚さんはホウをめぐって悲しい思いをする、と。三人が交流を深めることで、どちらも回避される。そこまで予知しておいででした」
「つまり、過去に見通した別の未来の悲劇をまとめて解決するために、巻島家と高校を巻き込んで俺らを引き合わせた、と」
「はい、そういうことです」
二人は深くため息をついた。
「新発田さん、もう一個きいていいですか?」
「はい、お答えできるものであれば」
「主犯格の二人……あれが来るっていう未来も、見えてたんですか?」
新発田はバックミラー越しに航真の目を見て、うなずいた。
「いつから」
「前世動画に関連するいろんな事件が起こり始めた頃から、です」
「なんでその時話してくれなかったかは、聞いても大丈夫ですか?」
「あの頃は、元廣さんには巻島家のことをお話していませんでした。話そうにも接点になる出来事がなかったというのもありますし、こういう状況にでもならなければ、異世界人だらけの屋敷というものをどうお感じになるか……そこにリスクがあったそうです」
それを聞いて遥歩は納得してうなずいた。
「だから、バーベキューに呼んで前世動画を勧めるところから始めたと?」
「えっ、そうなんですか。すみません、私も旦那様の全てを把握しているわけではなくて」
それを聞きながら、航真はこくこくとうなずいた。
「確かに、俺と巻島だけに話したら、身の安全のために学校には戻らなかったかもしれない。そうなってたら、元廣はあいつらに別の手段でさらわれてた」
「そして、学校では警察の銃撃で十人以上の犯人グループと警察の特殊部隊が真正面から衝突。最悪、流れ弾で生徒に被害も出てたわけだ」
「それを止めるためには三人とも学校に行くのが必要だった、と」
新発田は黙ってうなずいた。
「本当にお二人には、申し訳ないと思っています」
「新発田さんが謝ることじゃないです」
「知らなかったのはイヤな感じだけど、最善策を考えた結果なら仕方ないですよ」
二人はため息をついた。
「……新発田さん、あの黒ヒヨコ、どこ連れて行かれたかとかわかりませんか? 迎えに行ってやりたくなってきました」
「わかるわー。俺もあいつがしょぼくれてるのが目に浮かぶ」
「えー、たぶんわかりますけど」
「悪いんですけど、一元さんのとこじゃなくて、そっち行ってもらっていいですかね」
「え、構いませんが、門前払いというか、門から中には多分入れませんよ?」
「え、そんなところなの」
「はい。無理に押し通るのも多分無理です」
これに、二人は顔を見合わせた。
「どこ?」
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