29 一元、打ち明ける
場所を食堂に移して、航真は前世の夢の見た話を、包み隠さず二人に話した。
尸遠は両親の肉を食ったというくだりでまるで怪談でも聞いているような形相をしていたが、一元は落ち着き払った様子で程よいところで相槌を打ちながら話を聞いてくれた。
「なるほど、そうなるとやはりそういう事になってしまうか」
一元はまじまじとそう言った。
「何か、未来に関わりのあることが?」
「まず、ホウについてだ。私の見通す限りでは、彼は今後、地球以外の世界へと再び飛び回る。問題はその時、君を連れていく可能性が少なからずある」
「俺の息子は、元いた世界に連れ戻しに来た、と?」
「いや、行っても君はいずれ地球に帰ってくる」
「向こうの世界で、俺は何を?」
そう尋ねられて、一元は首を横にふった。
「それはわからん」
「なぜ?」
「何を見聞きしてきたかを聞く機会が、わしには無いからだろう。『天眼』で見通せるのは、わし自身にある程度関わりのある未来。自分の行動で影響を及ぼすことができる範囲や、わしが遭遇したり見聞きする可能性のある事象が主だ。例えば、天気や規模の大きな地震、津波、火山の噴火などはある程度わかる。ニュースなどで知る世間の事件や大きな出来事も予知できる。尸遠の身に起こることも、わしが話を聞くことで過去での予知に繋がる。危険を予め関係機関に通報し、未然に防いだ場合の未来もな」
「なるほど」
「もう一つ、見えないものがある。予知能力を予め妨害した上での行動だ」
「例えば」
「基本的には魔術や呪詛によるものだ。地球ではすでに廃れたか、未開の技術や知性だ」
「そういうものは、どういうふうに見えるんですか」
「妨害の範囲を出た途端に見える。例えば、今世間ではユメ動画というものが流行っているだろう? 一種の催眠術のような動画だ。これの出現は、感知できなかった」
「じいちゃんが見るなっていったの、それが原因?」
尸遠の言葉に、一元はこくりと頷いた。
「そうだ。こういう力を持っていると、結果が予知できないというのはなかなかに危なっかしくてな。屋敷の者にも同じ理由で見るなと言いつけたが、地球に来る前にその道で食っていた者がいてな。一度調べたいというからその弟子にだけは見せたが、それが言うには、音と映像に催眠と幻術、魂の閲覧が組み込まれていたそうだ」
「魂の閲覧」
「前世を見たのなら、魂に蓄積された
二人はこれにこくこくと頷き、やや遅れてホウも頷いた。ちなみにホウには航真が同時通訳のように思念で会話の内容は伝えている。
「昨日くらいから特に厄介なのが出回り始めてる。その影響を受けた地球人による犯罪やテロが生じる未来も見えるようになった」
「確かに、前世を夢で見るという動画が公開されたのは昨日です」
これに、ホウが喉の奥でハウと小さく吠えて、一同の気を引いた。
(例えば何が起きる?)
これに、一元と尸遠が航真を見る。
「その子はなんと?」
航真はそのまま通訳し、一元はやや考え込むように宙を仰ぎ見て、目を眇めた。
「一番近い事件で、明日の午後二時頃、愛知のショッピングモールで放火事件がある。居合わせた一般人が撮影した動画では、焼身自殺のように本人が火だるまになったまま、手から火炎放射器のように炎を放っている。犯人は現場から逃走したが間もなく意識を失い、無事逮捕される。犯人は『夢で見た前世の力を使いたかった』と証言……こんなところだ」
「それを一元さんはどこで?」
「明日の夕方、テレビで見る。関連の報道が前世動画のさらなる拡散にも繋がるだろう」
そういって、一元はふうと息をついて、食卓の上の茶に手を伸ばした。冷たい麦茶が大きめのグラスで人数分出されている。
「……一応、既にわしの伝手で関係各所には通報は済ませてある。彼らが最善の策を取ってくれた場合、報道の内容は放火事件から、営業中のショッピングモールで消火装置が誤作動し水浸しになったというものに替わる。犯人は任意同行という形で警察に、生活安全課などでの相談を経て犯行動機となった個人的問題は改善され、事件を起こさない」
「そこまで視えるんですか」
「事後報告としてはそうわしの耳に入る。実際どう扱われるかは、その時が来るまでわからん」
ホウがフンと鼻をならしてそっぽを向いた。
それを見て、航真は苦笑いし、一元はかっかと笑った。
何がおこっているのかわからない尸遠が「どうしたの?」と航真に尋ねた。
航真は言いにくそうに、
「全てが見通せるわけじゃないのか、って。この子が」
一元は笑いながら頷いた。このやり取りを『天眼』でとっさに見通したのである。
「わしのいた世界では、この能力を持つものを色んな場所や立場に置いて、多角的に使い、国や民や王のために運用していた。……地球でも、同じ仕組みがあれば、と思う時がある」
「例えば」
「大規模なテロだ。お前たちから見て歴史上のいくらかのテロは大抵、予知に妨害があった」
「つまり、前世動画も、同じ規模でヤバいってこと?」
孫の質問に、一元はうんざりと息をつき、渋い顔で頷いた。
「最終的な影響はまだ見切ることはできない。だが、少なくとも一年は前世を思い出したことで魔力や魔術に開眼したものが引き起こす事件や事故が出続ける。世界中の政府が一定の対策をとるが、やりすぎた国はどこも国民の人権や公民権に抵触する法案や対策を打ち出して抗議活動や暴動が起きる。それと並行して私的な報復や思想犯的なテロも発生する。状況は複雑になり続ける……九・一一は、お前たちが生まれる前になるか」
尸遠と航真はうなずく。
「あのときのイスラム教徒への盲目的なデマや憎悪、根拠のない危険視と同じだ。誰もが警戒心を解くことが出来ず、不信感と恐怖心、そのはけ口としてデマに基づく攻撃が発生する。……まして、これまで世界中の政府は異世界の存在を隠し続けてきた。予知能力のような有益な能力者を囲い込んだり、亡命者でもある異世界人を安全に保護するためにな。そうしたこれまでの秘密主義への攻撃や、無秩序な異世界人狩りのようなことも生じる」
それをきいて、航真は唖然とした。
「じゃあ、前世が魔王だった俺なんかは……」
「君ならば問題ないだろう。身を守るためにすべきことは判っているはずだ」
「本当に必要な人以外には、決して言わない」
「そのとおり、わしの力も、知っているのは孫と屋敷に招いた者だけだ」
ホウはすっくと立ち上がって、一元に寄り添い、肘置きに置いた手の上に顎を乗せた。
「慰めてくれるのか。ホウは優しいのぉ」
そういって、顎の下から手を抜いて、ホウの背をさらりさらりと撫でた。
「……じいちゃんはよくやってると思うよ。最近も世界を疫病から救ったって言うじゃん」
これに一元はふっと失笑した。
「伊達に日本とフランスの勲章をもらっちゃいない。これまでの活動で築いた人脈を使えるかぎり使っているだけだ。日本には他にも何人か予知能力のある異世界人はいるし、公安や外務省、政治家にもいくらか話を聞いてくれる連中がいる。その辺に声をかけて問題に対処させる。……だからお前達は余計な心配をせず、普通に暮らしておくれ」
「あ、ですが、この子が……」
「ホウの安全についてはわしが保証する。いざとなったら、わしの持ってる長野の山にでも連れていって、しばらく山の中でウサギでもタヌキでも獲って暮らしてもらう。最悪の場合でも、自分の世界に自力で帰らせる手も残っている」
これをきいて、航真は深々と一元に頭を下げた。
「どうか、よろしくおねがいします」
これにうなずいて、一元ははたとした。
「あ、三日後の夜、君の家にホウがいくかもしれん。その時は泊めてやっておくれ」
「何かあるんですか?」
「佐藤がホウのにおいに耐えかねて、無理矢理風呂に入れる」
これを聞いて航真は、それまでこわばっていた表情を緩め、ああと納得した顔をした。
「あとフィラリア予防の薬を飲ませる時と獣医に往診させる時はこちらから連絡する。その時だけ手を貸してほしい。わしらだけでは毒だと思って全力で拒否されるからな」
これをきいて航真は苦笑して、頷いた。
「部屋の窓を開けて待ってます。フィラリアも、もう蚊の時期ですからお早めに」
「すまんの。……あと、君さえ良ければ、今日は泊まっていかんか」
「え」
「生まれ変わったとはいえ親子だ。一晩くらいゆっくり過ごしても悪いことはないだろう。それにいきなりうちの屋敷で寝起きするというのも落ち着かんだろうしな」
そう言われて、航真はにわかに笑み、ホウは尻尾をぶんぶんと振った。
「……ちょっと、親に電話してきていいですか」
一元はにこりとして頷き、航真はスマホを出しながら廊下に出た。
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