8 かくして三人は揃う

 場所を保健室隣室のカウンセリングルームに変え、それぞれの情報を出し合った。

 元廣遥歩はロッカーを壊した現場に居た女子生徒達の名前、そして桜塚航真と青木舞雛は今朝撮影した動画に何度も写り込んでいる生徒だ。それぞれの情報は一致した。

 そしてこれに加えて、今朝の当直の先生に連絡しての聞き取りで、顔と名前の判別がつかなかった生徒が2年生の女子であることを特定された。

「しかし、こうしてみると、ショックねー」

 舞雛は机に突っ伏してそうぼやいた。

 判明したいじめグループの1人と、彼女は席が近かった。

「どうする。これ、オープンにするか」

 そう尋ねる遥歩に、巻島尸遠は首を横にふった。

「したくない」

「先生は?」

「個人的には、やっちゃえ、って感じだけど……学校的には、勘弁してほしいなあ」

「どうして?」

「……まあ公開すれば制裁を受けるか、全否定で全面戦争になるだろうなあ」

 航真が空きっ腹をさすりながらぼやくように言った。

「本当に、やり返したいとは思わないのか」

 遥歩にそう尋ねられた尸遠の顔は憑き物が落ちたようにけろりとしたものだった。

「僕は、今の状況だけで、半分仕返しできたようなものだと思ってる」

「なんで」

「どゆこと?」

「僕らはこうして、密室で名前も証拠動画もおさえた状態で話し合ってる。今頃あっち側は震え上がってると思うよ。それに大慌てで口裏を合わせてるはず。それに、ロッカーは証拠があるけど、今までの件やの直接の犯人だっていう証拠まではない」

 そういって、半日で分厚い古紙の束と化した自分の教科書類を指差した。

 これを見て、一同ため息をつく。

「ほんと、ひでえよなあ」

「ううん、昨日はもっと傷つくことをされたから」

 これにぎょっとして、航真は尸遠の肩に手を当てた。

「どんなこと」

 率直に尋ねる遥歩に、担任と尸遠は顔を見合わせた。

「それは、ここではちょっと」

 そう制する担任に、舞雛が口を尖らせて頬杖をついた。

「無理にとは言わないけど、気になる。そんなやばいことされたの?」

 航真は苦笑して、彼女の肩を肘で軽く小突いた。

「痛、なにすんのよ」

「思い出すのもつらい事だったらどうする。巻島さん、別に言わなくていいからね」

 そう言われて、尸遠はマスクから出た目元で笑みを返した。

「うん。ありがとう。けど、話すね……机にね、生理用品突っ込まれてたの。使用済みの」

 尸遠は少し思い切ったような調子で、小さく言った。

 これにぽかんとした顔をする遥歩、ぎゅっと険しい目つきで前のめりになる舞雛、信じられないというように目を剥く航真。

「画像かなにか撮ってある? あればいじめの証拠として扱えるけど」

 担任がそう聞くと、尸遠は苦笑して首を横にふった。

「そんな余裕なくて、一階のトイレに捨てました」

 尸遠の向かいに座った航真は、机ごしに両手を差し出し、大きな手で尸遠の手を包んだ。

 そして励ますように尸遠の手を、暖めるようにさすって言った。

「……辛かったな」

 尸遠はこれを拒まず、伏し目がちに続けた。

「……僕、使わないんだよ。見るのもイヤっていうか。普段はピル飲んで止めてる」

 尸遠の言葉は一言一言が寂しく聞こえるくらいに穏やかだった。

 遥歩は固く腕組みをした姿勢をほどいて、眼鏡をくいと直した。

「なあ、明日からできるだけ一緒にいないか。桜塚さん、君もだ」

 その申し出に尸遠は少し驚いた顔をした。

「え?」

 航真はうっすら涙目になっていて、何か理解したように表情を緩めた。

「俺らはクラスでもいかつい方だ。俺は目つきが悪いし、君は体格だけで圧倒できる。……巻島にしてやれることって、それをうまく使ってやることくらいしかない気がする」

 これに、航真はあははと軽く笑いながら、目元を拭った。

「つまり、見た目で威圧していじめてる連中を抑え込もう、と」

「そういうことだ」

 これに尸遠はそっと航真の手を離し、男2人のやり取りを見ていた舞雛に視線を向けた。

「青木さんは……いいの?」

「ん?」

 舞雛が不思議そうに問い返すような声を漏らした。

 尸遠は並んで座る航真と彼女の顔を見比べる。

「いやその、2人はデキてるんじゃないの?」

 尸遠はおそるおそる尋ねた。

 これに航真と舞雛は顔を見合わせて、吹き出し、手を叩いて笑い出した。

「いやいやいや、なんもない。なーんもないよ、こいつとは」

「うん、ないない。いいやつだけど、うちのタイプじゃないし」

「え、なんで?」

 尸遠は素朴な顔をして聞いてきた。舞雛は肘を抱え、急に言いにくそうな仕草をする。

「だって、ねえ」

 そう言いよどみながら、航真をちらりと見る。この視線を受けて、航真は一笑して舞雛の肩を突く。

「とにかく、俺らは付き合ってない」

「けど、それなら青木さんのことはどう思ってるの?」

 そう話をふられて、舞雛は顔をあげて、わざとらしくを作って航真を見つめた。

「なにあざといコトしてんの」

 航真がそういうと舞雛は笑って姿勢を戻し、更に続けた。

「舞雛の好みは手足が長くて切れ長の目で薄い化粧が似合う感じの男」

「ああ今どきのアイドル」

「そう。つまり俺みたいな筋肉体質とは真反対」

「うちら中学から友達なんよ。電車で痴漢とか怖いしー、一緒に登下校してくんね? って感じで」

「そう、そういう関係。の関係」

 黙って聞いていた遥歩が小さく挙手した。

「はい元廣さん」

「腹が減った。そろそろ巻島さんを囲む話に戻っていいか、というか、この際だからふたりとも呼び捨てでいいか?」

「いいけど」

「うん」

「はいはーい、私も混ざったほうがいい?」

 舞雛がそういい出すと、これに航真がいやーというように首を捻った。

「それは辞めたほうがいいんじゃないかな。下手するといじめの標的がお前さんにうつるから」

 これに遥歩もうなずく。

「いま巻島をいじめてるのは女子のグループだ。その可能性はある」

 二人にそう言われて、舞雛は口を尖らせた。

「それは困る」

 これに尸遠は舞雛を見てにこりとする。

「けど、なんかあったら、頼らせて」

「うん、わかった。……しかしこの2人かー」

 そう冷やかす舞雛に、航真がふっと鼻で笑う。

「なんだ、物騒だとでも言いたいのか。暴力に訴える予定はないぞ」

「俺も、竹刀片手に構内うろつこうって気はない」

 担任の先生はこれにうんうんとうなずく。

「そういう路線でお願いしますね」

「牽制しながら様子見だね」

「じゃあそういうことで、他になんかありますかね、先生」

「そうね、今の所あなた達にはない」

「先生はこれからどうすんの?」

「どうすんの、ってお昼食べずに、やった子達呼んで説教に決まってるでしょ。それと、教頭に事情話して廊下の天井に設置してる監視カメラ見てもらう。何か映ってるかもだから」

 そこまで聞いて、航真が手を挙げる。

「なあに?」

「あとで巻島呼び出して、謝らせて仲直りってのは、やめたほうがいいと思います」

 これにすかさず舞雛も手を上げ「さんせー、あれ絶対効果ないから」という。

「わかってる。これっきりにするって約束だけしっかりさせる」

「そうしてください」

「けど、なにかあったらいいなさいね。巻島さんだけじゃなくて、3人も」

 4人はそれぞれに返事をした。

「さて、そういうことで、あとは何?」

「あ、ぼろぼろにされた教科書、どうすんの」

 これに尸遠は顔をあげてぱたぱたっと手をふって断る。

「あ、それはご心配なく、うちで用意できますから」

「え、結構かかるよ?」

「あ、そのへんはそこそこなんとかなる家なんで」

 これに、担任はなにか言いたげな顔をしつつも、頷く。

「そう、それじゃあ、ひとまず解散でいいかな?」

「念の為アプリのグループ作っとこう」

 その場でそれぞれ携帯を出した。担任の先生と舞雛を含めた5人のグループと、尸遠、遥歩、航真の3人だけのグループを作る。その登録をもって、その場は解散となった。

 その昼休みは遥歩の部活仲間、航真の友人を巻き込んでの学食での昼食となった。

 ほどなく、校内放送で何人かの女子生徒の名が呼び出された。それを聞き、航真は飲み物のパックを掲げた。これに2人も乾杯のように合わせた。

 ――これが巻島尸遠、元廣遥歩、桜塚航真が共にすごすようになった馴れ初めになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る