6 早朝の凶兆

 1年4組の剣道部員、元廣遥歩の朝は早い。

 巻島尸遠が早退した翌日、遥歩は朝稽古があった。

 稽古場となる体育館の準備もあるが、先輩より先に1年は体育館に揃っていなければいけないという慣習があった。卒業生曰く『昔はもっとブラック部活だった』という。

 朝稽古の時、遥歩は一度教室に寄って荷物を置いてくる習慣があった。

 いつもは誰もいないのだが、この朝は教室前の廊下沿いのロッカー前に人だかりがあった。

 体育科の先生が巨大なニッパーのようなボルトカッターで、ロッカーの南京錠を切っているところだった。位置から察するに同じクラス、遥歩と出席番号の近い生徒のものだ。

(誰かロッカーの鍵をなくしたのか)

 そう思いつつ、自分も時間が迫っていた。机にカバンを置き、スマホと財布と稽古着類の入ったバッグだけもって体育館へと向かった。

 その錠を壊しているロッカーが誰のものかは確認しなかった。ただ、その人の輪が女子ばかりなことは制服で見て取れ、また顔と名前の一致する大半は同じクラスだった。


 それから2時間近く過ぎて、生徒もほとんど登校してきた頃である。1年4組の教室も廊下も立ち話をする生徒などで普段どおりにざわついていた。

 そんな教室前の廊下を背景に、ダンスを踊っている女子生徒2人いた。それを桜塚航真が、可愛いカバーケースをつけた携帯で音楽を鳴らしながら動画撮影している。

 ショート動画SNSのダンス動画である。撮られているのはスマホの持ち主の青木舞雛まひなと土屋けいだ。

 航真が撮影を頼まれた理由は2つ。

 一つは航真と舞雛の仲だ。2人は同じ中学で中3の時に同じクラスだった。学年後半は席が近く、趣味が合うなど話題の噛み合う相手だった。

 もう一つは、彼なら高い目線から撮影ができることだ。その分自分たちは上目遣い気味になり、あごを引かなくても小顔を盛れる。そんな理由である。

 だがそれ以上に、恩も着せずに頼み事を受ける彼の人柄あってのことだろう。

 周囲の人の映り込みや途中で笑ってしまって中断したのも含めて6回は取り直していた。

 航真は撮影をしながら気になることがあった。背後に映り込むのが同じ生徒なのである。何度も同じロッカーを開け締めし、今日の授業に関係ない教科書などを出し入れしている。

 その点になんとなく不穏なものを感じて、その映り込みをしている不採用テイクを下書きに保存しつつ、中学からの女友達の趣味に朝のホームルーム直前まで付き合った。


 その朝、巻島尸遠は朝のホームルームには間に合わなかった。昨晩は祖父の家に泊まった。登校は祖父の運転手の野木氏に送ってもらったが、渋滞に巻き込まれた。

 しかもその朝に限って、スマホを祖父の家に置き忘れて来ていた。

(今日は机の中を見るのは止しておこう)

 そう心に決めて始業間際の教室の前の廊下に来て、蒼白とした。

 自分のロッカーにかけていた南京錠が、なくなっていた。

 おそるおそるロッカーを開けるも、特に変わったところはない。不気味な事この上ない。

 頭の中を真っ白にして立ち尽くしていると、ホームルームを終えて出てきた担任が尸遠に声をかけた。

「あの、今学校についたところなんですけど、ロッカーの鍵がなくなってるんです」

 尸遠はありのままを話した。青い顔でそう言われて、担任も尸遠の抱える深刻さ汲み取ったのか眉間にうっすらと皺を浮かべて、うんうんと頷いた。

「中のものは大丈夫? 貴重品とかは入れてなかったの?」

「それが、何も取られてないんです……ただ、鍵だけが壊されてて」

「そう……前も持ち物をゴミ箱に放り込まれたりしてたよね? 誰がやったか心当たりはないの?」

「ありません……」

「昨日の早退となにか関係ありそう?」

「それは……たぶんあると思います」

「昨日、なにかあったの?」

「あの……机の中に、使用済みの生理のナプキンを入れられてて……悪口が書かれてて……」

 それをきいて担任はぎょっとして口元を覆った。それから尸遠の肩先を手のひらで包むように触れた。

「巻島、今日の放課後か昼休みに時間もらえる? ちゃんと話を聞かせてほしい」

「はい、わかりました」

「とりあえず、授業の時間も迫ってるから、今は準備して教室に入りなさい」

 そう促されて、一限目の授業に必要なものを抜いて、教室に入った。

 そうして昼休み前の4時限目、クラス担任が担当する授業の時間、事は動いた。

 クラスの、尸遠から見て遠い席の女子の一人が「持ち物が消えた」と騒ぎ始めたのだ。


 遥歩はおやと思った。その女子生徒に見覚えがあった。

 今朝、ロッカーの錠が壊されるのに立ち会う人の中に見た顔だ。

 彼女は声高に担任にこう言った。

「最近、クラスの子のものがよく消えるんです。持ち物検査してもらえませんか」

 担任は少し考えてから「そうね」とうなずいた。

 このやりとりに、尸遠は一人、表情を曇らせていた。

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