2 数日前。
11月の下旬、勤労感謝の日の振り替え連休が明けたばかりの平日。2学期期末試験を2週後に控えた晩秋である。
明星園高校の東棟の屋上は、北棟三階と南棟三階をつなぐ屋上回廊になっている。
ここは日当たりもよく、温かいものでも飲みながら昼休みを過ごすにはよい広場となっていた。
学校側もそれを把握してかベンチを設置している。その一つを専有してゲームに興じる男子達や、広いところにレジャーシートを敷いて昼食の輪を作る女子もいる。
その一角で、3人の1年生が輪になって座っている。
その3人の中で一際背の高い痩せたクマのような男子、
「勇者っているじゃん?」
唐突だった。だが唐突に無駄話が始まるのはこの3人ではいつものことだった。
――航真の容姿は端的に言ってゴツい。一九〇近い身長とそれに見合った肩幅のせいだ。生まれつきの赤みがかった髪をなで上げに後ろに流して額を出しており、一層いかつく見える。だが実際の人柄としてはむしろ温厚で優しい。部活に属さない代わりに課外活動で保護犬猫のシェルターのボランティアをしているくらいである。――
この話題に、眼鏡の少年、
「どうした、ついに転生モノでも読み始めたか?」
――遥歩の容姿は一言でいえば、冷淡な印象だ。痩せ型の筋肉質に細い顎、四角いフレームの眼鏡などしているから、航真とは違った方向でやや怖い印象がある。性格としては、生真面目で正義感を携えつつもシニカルな冗談も言う。――
航真も慣れたものでもうひとりと共にその口ぶりに少し笑った。
3人目はほかの2人よりも頭ふたつ背が低く、名前を
――尸遠は黒いヒヨコとでもいうような毛量の多い短髪とピアス穴だらけの耳、ぶかぶかのジャージが目に残る。笑う声は声変わりを迎えていないように高く、体格と髪型のせいもあってほとんど男子中学生のようだった。――
「桜塚は動物の写真がついた本しか読まないと思ってた」
尸遠は笑いながらそう言った。体格の比較対象のように分厚いマンガ雑誌を抱えているせいか、小柄さが際立って見える。制服を着ない理由は、航真や遥歩のような親しい者にしか話していないが、学校側の公認は取り付けている。
――なお尸遠のマンガ誌は、自分で購入したものではない。校舎のどこかから拾ってきたものか、顔なじみの先輩から読み終えて譲ってもらったものだ。
尸遠の家庭は今時珍しくマンガ禁止なのだ。マンガ自体はスマホなどでいくらでも読むことはできるが、課金履歴やアプリの搭載状況などで親にバレる可能性がある。それを回避するため、親の目の及ばぬ学校でマンガ雑誌を拾い集める癖があった。――
『動物の写真のついた本』というのは地理や自然などを扱った雑誌である。有名どころでは表紙が黄色く縁取られた海外誌の日本語版などだろうか。
航真は本屋でも図書室でも、必ずこの種の雑誌を手に取る。そのあたりは彼が元ボーイスカウト出身というのもあるかもしれない。
航真は頭をかきながら、首を横にふった。
「ゲームの方の勇者の話だよ」
「ああ、フリーターの」
遥歩はそう即答した。これに尸遠は興味深げに声を発する。
「えーと、なんでフリーターになるの?」
「ネトゲの周回クエストなんて自転車で出前を運ぶ仕事って感じじゃん」
「そう言われればそうだけど」
「家を持たずに宿屋に泊まって生活してるタイプの勇者。あれは実質、そういう住所不定の日雇い労働者だ。クエストという派遣登録をし、モンスター倒して日銭を稼ぎ、カプセルホテルみたいなプライベートエリアがほとんどない宿屋で寝泊まりして……」
「ちょっと、夢がなさすぎるんだけど……」
そう嘆く尸遠とくすくす笑う航真、そして当の遥歩は涼しい顔である。
「けどフリーターかー……年齢イコールレベル説は案外外れじゃないのかもなぁ」
そう納得する航真に、尸遠が口を尖らせながら顔を上げた。
「夢はないけど、それ聞いたらなんか納得する話がある」
「どんな話?」
「転生して人生リセットして勇者になる系の小説って、大人のほうが読んでるって話。ただでさえ今どきのゲームって十八歳以上向けばかりでしょ。魔法とかドラゴンの世界観のゲームとか。そういうゲームをする世代の人に馴染みがあるからだって」
それをきいて、航真はぽかんとして遥歩を見た。これに、遥歩ははたとする。
「あっ、桜塚は読まないからわからないのか」
航真はこくりとうなずいた。
「うん。スマホで長文読むと首疲れるからあんまり読まない」
「ゲームとかは?」
「そっちも、家庭用ハードだけ。基本的にスマホは規約的にオーケーなSNSと、メッセージアプリ。あと、月額契約してる勉強アプリと家族で加入してるサブスクくらいかな……このくらい割り切らないとメリハリつかなくて逆に無理。だらだら遊んじゃう」
「なるほど。で、何の話だっけ」
「勇者。けど、日雇い労働者って言われたあたりからどうでもよくなった」
「えー、何話すつもりだったのさ」
「今やってるゲーム、勇者なのか泥棒なのかわかんなくなってきたって話をしようと」
「あー、ゲームの勇者なんてそんなもんだよ」
「うん、武装して人の家に入って、戸棚や地下室の金庫の鍵開けたりする時点でね」
「やっぱりそんなもんか。なんかこう、人として正しいのかなとか思っちゃってさ」
そうため息をつく背後で予鈴がなる。他の生徒たちはぱらぱらと身支度を始めた。
「それはしょうがないよ」
「うん、しょせんゲームだし、現実でできないことやってると割り切らないと」
そういって尸遠はマンガ雑誌を抱えて、立ち上がった。
「そんなもんか……次の授業なんだっけ」
「化学」
「んじゃ、行きますか」
そういって、3人はよろよろと教室前のロッカーへと向かった。
皆、同じ1年4組だ。半年ほど前のある出来事をきっかけに意識的に昼食や放課後など一緒にいられるときは共に過ごすようにしていた。
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