マキシマシオン~巻島屋敷と火花を渡る異世界人~
たけすみ
1 警報、鳴る。
2020年11月某日、午前11時頃。
東京の私立明星園高校に、非常ベルと電子的な警報音が鳴り響いていた。
――これは『校舎内に不審者が侵入したため、生徒は身を隠し教室に鍵をかけろ』という安全確保指示だ。近頃増加している『施設襲撃型の通り魔対策』の手順の一つである。――
訓練通り、廊下の生徒は速やかに最寄りの教室に入る。
校舎外の生徒達は速やかに三方の校門から校外へ脱出し、集合場所に指定された最寄りの都立公園の広場へと避難する。
教師は校内ICTで遠隔共有された全校生徒名簿から授業中の生徒の避難状況を確認する。
今や、こうした対策対応が必要な『校内での連続殺傷事件』は銃社会国だけの問題ではなくなっていた。
それもこれも、『前世動画』が一世風靡した影響である。
『前世動画』とは、5ヶ月前より流行している『見てから眠ると前世の記憶を取り戻す』という動画だ。その再生数はSNS等での転載を含めて世界で累計十数億回といわれている。
その夢に見る前世は、必ずしも地球生命の記憶ではないという。
いわゆる並行存在するとされる異世界である。
同世界人同士での固有言語によるSNSを介した交流が世界規模で流行り、これが動画の流行を加速させた。
そして前世の記憶の持ち主の中には魔法や超常的能力といった特殊技能の識者が、百人に一人程度の割合で存在した。
その技術の一部は現世地球において再現可能であり、これが多くの問題を発生させていた。
特に悪質なものが、それを使った犯罪行為である。
現行法上、日本ではこれを取り締まる法律はまだ無い。国会での議論の最中である。
議論の中心は主に『前世記憶に由来する技術・技能の行使を一律で違法化する』か否かだ。
現在のところ、世論は違法化反対論が強い。主な主張としては、
『一律違法化は医療等を含む有益性のある異世界由来の技術能力の開発研究が、今後我が国では行えなくなるおそれがある。
同種技術は、今後国際競争化することが予想される。また一律違法化により民間での研究が不可能になることで、高等な知識・能力を有する人材の国外流出も懸念される』
本来の一律違法化の目的である犯罪対策についても、
『既に横行している異世界由来の能力による犯罪者の加害衝動は、前世の経験に触発された倫理観の変化に由来するところが大きく、一律違法化ではこれを抑止することにつながらない。
異世界由来の能力の犯罪に対する抑止力、及び自衛手段の確保として、積極的に同種の技能と対策は公開共有されるべきだ』という意見も根強い。
……要するに、地球人類は『前世由来の異世界の魔法や魔力』という新時代の銃と新たな知恵の木の実を手にしてしまったのだ。
そして地球人類は、この類の能力について、まっすぐにアメリカ的な銃社会化しつつあった。
なにしろ現実に私怨や前世の記憶に触発された倫理観の変化や加害衝動による個人テロが横行している。
しかも既存の銃や危険物とは違い、探知機も警察犬の鼻も反応しない。既存の地球の物理学のエネルギー保存の法則を超越した状態量を生み出すが如く発生する。
文字通り超常的な能力、そして魔法であった。
世界中のマスメディアが、これらの実態と、議論と、痛ましい個人テロを報じる中で、民間人の自衛意識は極端に高まった。
そして日本の学校も、アメリカの銃犯罪の対応に倣った避難あるいは自衛措置をとるようになった。
いまや、小中高から大学まで、火災や大規模震災時を想定したものと同等の規模の避難訓練が実施されている。
だがこの日の明星園高校のそれは、訓練ではなかった。
そして既存の前世系犯罪とは一線を画したものだった。
数名の犯人は校門に控える警備員を暗示にかけ、支配下におき、各校門を封鎖した。
続いて犯人グループの一部は学校受付と職員室を制圧。
全校への警報はこの段階で発せられた。
明らかに計画的な襲撃だった。従来の母校を襲うタイプの個人テロや、魔獣だった前世の弱肉強食の倫理観に基づく無軌道な犯行ではない。
あきらかに何かを意図した、生徒教員を人質とした立てこもり事件であった。
主犯格は職員室を制圧すると、警報を止め、校内ICT上に犯行声明を動画を公開した。
画面に映っている人物は二人。いや、人物と呼んでよいのかすら定かではなかった。
一人は、顔の下半分は人間の男の老人だが、目が4つある。もう一人は同じく目が4つある推定三十代の白人男性風の顔だ。
四目の老人はしゃがれた低い声で言った。
「我々は『双龍の輪』より来たモノである。まずこの名に前世の憶えのある方々へとお伝えする。我らの世界を二分し争っていた象徴、勇者と魔王の相打ちをもって人物と魔物の戦争は一六年前に終結した。繰り返す。双方共倒れをもって人魔の大戦は終結した。現在かの世界では新たなる危機に直面している。人界の再拡大に伴う魔物世界の縮小である。これが意味するところは世界的な魔素の再循環の枯渇、魔力の源の減衰である。これは『地球』における環境問題に相当する事態である。この問題を解決するため、我々は勇者の転生者を探している。その人物が本校に在籍していることを、我々は特定した」
そこまで言ったところで、老人はかるく咳払いをした。
「かいつまんで問う。前世にて我らの世界の勇者だったモノ、あるいは我らと志をともにするモノよ、どうか名乗り出てほしい。名乗り出てくれるのであれば、我らに本校の生徒教員に危害を加える意思はない」
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