私し
悪霊を祓うのは得意だが、霊を成仏させるのは苦手だ。
唇を尖らせた彼を見て、大丈夫だと、どうしてか思った。
早く一人前になってもらわなくたって、大丈夫だって。
無事におじいさんを元の霊に戻せて、悪霊を祓って、人型を保てなくなって球形になってしまった僕はお願いをした。
駆けつけてくれた彼女と、おじいさんに来てくれてありがとうとお礼を言っていた彼に。
成仏させてほしいと。
協力霊にならないか。
彼女も彼も言ってくれたけれど、丁重にお断りした。
だって、こんな刻だって思ったんだ。
こんなに温かくて、熱い気持ちが生まれて、離さずに持っている今が。
成仏をする時だって。
弱くなったせいかな。
選択肢がこれしか思いつかない。
彼は彼女を見た。
彼女は彼を見た。
彼が言った。
彼女は返事をした。
僕って惚れやすいやつだったんだ。
一目惚れ。吊り橋効果。
彼女も彼も好きだ。
誰にも言わないけどね。
ただ、
「ありがとう」
僕は笑った。
多分。ぜったい。
顔をくしゃくしゃにさせて。
多分。ぜったい。
とびっきりの笑顔だった。
(どうか、二人が後悔しない道を)
後悔はつきものだけど、願わずにはいられないんだ。
「あの。霊の成仏を手伝うのは、これっきりだから。もう手は出さないから」
「いいや」
「え?」
「可能ならば、これからも手を貸してくれないか。某はまだあなたみたいに一人で霊を成仏させてあげることができない。どうにか一人で。いや。某とおじいさんとだけでやってみたかった。だが。今は。あなたの力が必要だ」
「で、でも。私。あなた。言ったじゃない。小薙刀を振り回して怖いって。近寄りたくないって」
「何度謝罪してもしたりない。すまない。某は悔しかったんだ。同級生だが、某の方が年上であるにもかかわらず。あなたに敵わなかったことが。修行の期間が一週間短いことなど大した理由ではない。某にただ。いや。けれど。もう決めた。某はやはり祓い人を続けていきたい。一生。あなたは?」
「私も。私だって。一生。薙刀を使い続ける」
「ああ。某はこの扇を使って、おじいさんに協力してもらって」
「あのな。おっちゃんな」
片眼鏡を眼鏡拭きで拭いていないのにやって来たおじいさんは、彼に引退宣言をした。
おかげで。
「僕、成仏したはずなんだけど」
「すまない。協力霊は後継霊を指名することができるんだ。後継霊は成仏していようがいまいが関係なくとりあえず祓い人の元に連れて来られる。ただ、もう一度成仏させることもできる。どうする?」
「どうするって」
僕は彼を見た。
僕は彼女を見た。
僕は笑った。
やっぱり、顔をくしゃくしゃにさせて。
だって。やっぱり。
彼と彼女の傍にいたかったから。
もう少しだけ。
せめて。彼女が彼に告白するまで。
いいや。彼が満足する形で成仏させてくれるまで。
「そんなの決まってるよ」
君たちへの淡い恋心を持ったまま。
もう少しだけ傍にいさせてほしい。
(2022.5.11)
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