対「能力」保持者部隊 篇

30,中央政府/応接室・早朝


「おはようございまーす……」


 早朝の中央政府。朝の冷気が籠る館内にて、ジェンは昨日と同じように応接室のドアを開ける。

 すると、一つの人影が彼の目に入った。


 二つに結われた金の長髪。透き通った紫色の瞳。特徴的な黒装束に、腰に差した二振りの短剣。


 一目で分かる程小柄な体躯、そしてやや幼さの残る顔立ちをした少女が、ソファの隅に浅く腰掛けていた。


「…………」


 静かにドアを閉めたジェンが少女に近付くも、彼女に反応は無い。


 どうしようか、と内心困惑するジェン。しかしこのまま黙って突っ立っている訳にも行かず、彼は少女へ声を掛ける事にした。


「あの。隣、良いかな」

「……どうぞ」


 ありがとう、と礼を言って少女の隣──と言っても間は空いている──に座ったジェンは、俯く少女へ話し掛ける。


「君も例の部隊の件でここに?」

「……はい」

「じゃあ、お互いに同僚って事だな。オレの名前はジェン・クスト。君は?」

「……セレス、です」

「そっか。宜しく」

「……宜しくお願いします」


「…………」

「…………」


 会話が全く発展しない悲しみをぐっと堪え、ジェンは静寂に耐える。すると。


「失礼致します。おや?」


 ジェンにとって馴染みのある男が、応接室へ現れた。すらりと伸びた長身に、その気の無い同性ですら思わず見惚れる程の美貌。スズミ・ティノーチェである。


「スズミさん、貴方もだったんですね!」

「おはようございます。ええ、僕も今日付けでエンティルグ大佐の部隊へ転属する事になりました。貴方は確か昨日、正門前でお会いした方でしたね」

「はい、あの時はありがとうございました。まさかこんな形でまた会うとは思いもしませんでしたけど……!」


「はは、これもまた縁という物でしょう。今後とも宜しくお願い致します。ところで、お名前を伺っても?」

「え? ああ。そう言えば名前、まだ言ってませんでしたね。オレはジェン・クストって言います。すいません、オレが先に名乗るべきだったのに」

「いえいえ。そのような事は」


 笑みを浮かべるスズミに向かって、ジェンは何度も頭を下げた。


「にしても、割と早く来たつもりだったんですがね。まさか先客が二人もいらっしゃるとは。そちらの方は?」


 スズミの目線の先には、ソファの隅で未だ俯いたままのセレスが居る。彼女の方をちらと見遣ってから、ジェンは小さく溜息をついた。


「ああ。あの子、セレスって名前らしいんですけど。あんまり話さない子みたいで、オレの力量じゃあ全く会話が出来ませんでした……」


 肩を落とすジェンの横で、スズミはふむ、と顎に手を添える。そしてセレスの机を挟んで向かい側のソファに腰掛け、正面から彼女を見据えた。


「セレスさん。僕はスズミという者です。唐突ではありますが、一つ質問をさせて下さい。

 貴女、隠密大隊の所属とお見受けして間違い無いですね?」

「……!!」


 ここで初めて、セレスの表情が変わる。眉をひそめ、唇を噛み、拳を握りしめ、まるで何かに怯えているようだった。


「……もっと肩の力を抜いて良いんですよ。少なくとも今この場でなら、誰も文句は言いません」


 スズミの笑顔を目にした事で表情の緩んだセレスだったが、それも束の間、逃げるように顔を逸らした。


「……お気遣い、ありがとうございます」


 気まずい静寂が徐々に綻び始めた頃、ばたん、と大きな音と共に応接室のドアが開く。


「失礼します! 本日から帝国陸軍第九師団シュダルト警備隊よりエンティルグ大佐率いる大隊へ配属となりました、シグネ・キャスティです!」


 溌溂とした声と共に応接室へ入って来たのは、栗色の長髪を高い位置で纏めた女であった。女──シグネは部屋の様子を見渡し、ふとジェンの姿に目を留める。


「おや? その服装、帝国陸軍では見かけない制服ですね。どちらの方ですか?」


 興味津々とばかりに言い寄るシグネに戸惑いを感じ、ジェンは目線を逸らした。


「どちらのって言われても、何処にも所属してないです。強いて言うならこの──……」

「成程。無所属という事は、訓練兵の方ですね。貴方、軍から支給された服はどうされたんですか?」

「え? そんなの知らないし、そもそも訓練兵じゃな──……」

「知らないとはどういう事ですか!? はっ、まさか、その服装は私服!? 私服でこの中央政府に足を踏み入れたと言うのですね!? 何て礼儀知らずな!!」

「えっと、あの、」

「貴方、訓練兵なんですよね!? 中央政府に立ち入る際には制服若しくは軍服の着用が必須と真っ先に教わる筈です!! だと言うのに貴方と来たら、今まで一体何を学んで──……」

「話最後まで聞いてくれません?」


 数分後。


「本っ当にごめんなさい!! 早とちりした上に何も悪くない貴方を礼儀知らず呼ばわりしてしまって……!」

「いえそんな、大丈夫ですよ。顔を上げて下さい」


 深々と頭を下げ、平謝りするシグネ。今と状況がほぼ同じな、そう遠くない過去の出来事を思い出しながら、ジェンは彼女に頭を上げるよう促した。


「それにしても初耳とは言え、引き抜きスカウトだったとは驚きです。依頼を遂行する姿が大佐の目に留まったという話ですから、相当な実力をお持ちなんですね」

「いやあ、そんな褒められる程でもないっすよ……」


 スズミに言われ、ジェンは照れ臭そうに頭を掻く。すると、ぱっと頭をあげたシグネが顔を輝かせた。


「話には伺っています! 魍魎跋扈の貧民街に雇用という名の秩序を生み出し、荒んだ人々に弱者の助けを勧める正義の組織、『ギルド』! 足を運んだ事は一度もありませんが、さぞ善意に溢れた方々が集っているのでしょう! であれば、そこでお仕事を受けていたというジェンさんもまた同志という事! ああ、素晴らしいです! 賊ばかりの巷にこんな正義の求道者が居たなんて!」


「正義の? いや、そんな偉いモンじゃ──……」

「どうか胸を張って下さい! 貴方の行為は間違い無く正義、誇るべき善行です! 私、貴方を尊敬します! これからも宜しくお願いしますね、ジェンさん!!」

「……はい。宜しくお願いします」


 どうにも人の話を最後まで聞かない嫌いのあるシグネに些か呆れつつ、ジェンは彼女と握手を交わすのだった。


「失礼しまーす。あら、この様子だとあたしが最後みたいね」


 その直後、一人の女が応接室へと入って来た。薄紅色のうねった髪に、碧い瞳。きりりと整った顔立ちからは、凛々しい雰囲気が漂っている。


「また随分な面子が揃ってるわね。中心地区警護隊に、シュダルト警備隊。隠密大隊に……。君は?」


 ジェンの姿に目を留めた女は、彼の前へと立った。その眼差しは、硝子玉のように澄み渡っている。


「オレはジェン・クストって言います。何処から転属したとか配属されたとかは無くって。まあ、その。帝国軍自体には昨日入隊して、昨日まで『ギルド』で稼いでました」

「ふーん、珍しい事もあったもんね。まあ良いわ。あたしはサシェ・ソミオロ。帝国陸軍の下っ端軍医ってとこかしら。宜しくね、ジェン君」

「はい、宜しくお願いします」


 ジェンと固く握手を交わし、サシェはソファの片隅へと腰掛けた。


 やがて終いに、この場で最も重要な人物が応接室へ姿を見せる。


「おお、もう全員揃っているのか。待たせてしまったようだな。

 集まって早々だが、聞いて欲しい。個々に通達されている通り、今回招集を掛けた理由は他でもない、新たなる部隊の発足を皇帝陛下へ報告する為だ。

 諸君等には予め伝えておこう。皇帝陛下への謁見を以て発足する部隊の名は『対『能力』保持者部隊』。国内で犯罪を行う『能力』保持者達を取り締まり、場合によっては大規模に殲滅する事を目的とした特殊部隊だ。

 そしてまあ、今更言う事でもないと思うが。この部隊の隊長を担うのが私、メイラ・エンティルグだ。宜しく」


 無論、それは「帝国軍最強」と謳われる、帝国有史以来最年少の将校、メイラ・エンティルグの事である。




 中央宮殿/謁見の間・午前




 臙脂色の絨毯、金色の刺繍、二頭の龍と二振りの剣が描かれた、巨大な国旗。

 やや採光の少ない厳かな間の中央には、絢爛たる装飾の施された大きな玉座が一つ、歴史の威厳と共に佇んでいる。


 そして、その玉座に御座おわす者こそは。


「アレストリア帝国第二十一代皇帝、及びアレストリア帝国軍元帥の名に於いて、特殊部隊『対『能力』保持者部隊』の発足を、アレストリア帝国陸軍一等佐官メイラ・エンティルグ、並びに所属隊員諸君へ、現刻を以て命じます。目的達成の為、力を尽くして任務、作戦へ当たるように」

「は。必ずやそのように」


 大帝国を身一つで統べる女、皇帝である。


 凛として対『能力』保持者部隊の面々を正視する皇帝は、しかしふと表情を緩め、彼等の元へ進み出た。


「さあ、堅苦しい儀式なんてここまでよ。折角の門出なんですもの、握手をしましょう。ね?」

「!?」


 先程までの表情が嘘のように柔らかく笑う皇帝、加えて彼女の発した予想外の言葉に驚きを隠せない面々──メイラを除く──だが、それを全く気にする様子の無いまま、皇帝は玉座から降り、端から順に一人ずつ、丁寧に彼等の手を取る。


「貴方は、ええ。耳にしていますとも。『ギルド』からいらしたのでしょう? 入隊したばかりで慣れない事もあるでしょうけど、どうか頑張って下さいね」

「えっ、あ、ありがとうございます」


「貴方は、何時もにこにこしている門番さんね。何度かお世話になっているかしら。若い身ながら中心地区警護隊の中核を担うその力量、見事ですよ」

「……お褒めに与り、光栄です」


「貴女、お医者様なのだったわね。ああ、その志を私は尊敬します。人の命を救いたいという願いは並大抵ではありません。これを機に、一層見聞を広めて下さいね」

「有り難きお言葉、感謝致します」


「話は聞いていますよ。何時も明るく、にこやかに人々を導いてくれているんですってね。帝都の平和の一端を担う貴女の活躍、私は誇らしく思いますよ」

「ひえっ、その、あっ、ありがとうございます!!」


 励ましの言葉と共に各々と握手を交わした皇帝が、セレスの前へと立った。


 それは誰もが見逃すであろう、寸刻の出来事。

 何を思ったのか、皇帝は彼女に差し出そうとした手を、ふと止めたのだ。


 少しだけ眉を寄せた皇帝は、しかし先程と同じように、そっとセレスの手を握る。


「貴女は、どうか。無理だけは、しないで下さいね」

「……ありがとうございます」


 セレスの小さな声が、ぽつりと呟かれた。


 そして。皇帝は最後にメイラの前へと立つ。


「貴女、そしてこの大隊の活躍を大いに期待していますよ。貴女の突き止める真実が、帝国の安寧を齎すものでありますように」

「は。全力を尽くします」


 互いに笑みを浮かべる二人。その手は固く結ばれている。


 軍人であれば誰もが誇りを抱く、誉ある謁見。

 しかし、皇帝の挙動に違和感を覚えたジェンは、この晴れやかな門出に一抹の不安を抱くのだった。




 中央政府/応接室・午前




「本日はこれにて解散とする。次の招集まで十分な英気を養うように」

「了解!」


 声が響き渡ったのを皮切りに、先程まで対「能力」保持者部隊であった面々が、次々と応接室のドアへ向かう。


「では皆さん! 私はこれにて失礼します! 今日は短い間でしたが、ありがとうございました!」

「あたしも失礼するわ。今後とも宜しくねー」


 そう別れを告げて部屋を出たのは、シグネとサシェである。


「サシェさん、すごいですよ!! 私、初めて皇帝陛下をあんなに目近に見て、しかも握手までしてもらいました! ああ、御年五十二歳の身であらせられると言うのに、とっても美しくって! これは当分手を洗えませんね……!」

「確かにあたしも陛下と対面したのは初めてだったし、感動するのも分かるけど、せめて手は洗ってよね。単純に不潔なだけだから、それ」

「なっ!? そんな、陛下が直々に握手して下さったのに──……」


 同性同士、早々に打ち解けたらしく、二人の会話はどうやら廊下の向こうまで続いているらしい。


「…………」

「スズミ、少し良いか?」

「はい、何でしょう?」


 スズミがメイラに呼び止められているのを気にも留めず、ジェンは壁に背を預け、何やら怪訝そうに眉を寄せていた。

 が、暫くして。


「……あの。何か粗相をしましたでしょうか?」

「はえっ!?」


 不意にセレスの姿が視界へ現れ、ジェンは危うくこけそうになる。


「あ、オレなんかしてた?」

「はい。その、私の方をずっと見ているようだったので」

「そうだったか!? ごめん、その気は無かったって言うか」

「私の、思い違い……? ッ、申し訳ありません、気分を害されるような真似をしてしまって」

「いや、別に良いよ。そんな大袈裟な」

「……はい」


 面を上げたセレスへ向けて、ジェンは感心したように話し始めた。


「なあ。オレ、思ったんだけどさ。皇帝陛下って本当に凄い人なんだな。何を今更って話かもしれないけど──……」

「……────すか」

「え?」


 セレスの小さな呟きは、ジェンの耳へ届かないまま消えていく。


「……ごめんなさい。お先に失礼します」

「あ、ちょっと!?」


 ジェンが呼び止めるよりも早く、セレスは応接室を出る。彼が廊下へ出た時には既に、彼女は何処かへと姿を消してしまっていた。


「何をしているんだ、ジェン」


 呆然と立ち尽くすジェンの背後から、メイラが声を掛ける。


「……いや。何でもないです」


 思い違いかもしれない違和感──一人の少女、そして一国の長に対する──を口にする訳にも行かず、ジェンは心の中のわだかまりを揉み消そうとする。


「ジェン。お前にはこれから帝国軍について、色々と知ってもらう事になるぞ」

「はあ、そうなんですか」

「本来なら私が教えるべきなんだがな。生憎と私はこれから用がある。だからその代わりと言っては何だが、スズミに教えてやるよう頼んでおいたのさ。

 スズミ、頼んだぞ」

「はい、了解です」


 メイラがジェンの横を通り過ぎようとした、刹那。


「……悪い事は言わん。くれぐれも口外するなよ」

「ッ!?」


 擦れ違い様にそう囁かれ、ジェンは全身の毛が逆立つ感覚を覚える。


「どうかされましたか?」

「あ、いや。何でも」

「そうですか。では、僕達も行きましょう」

「分かりました。と言っても、何処へです?」

「うーん、なるべく人目の付かない場所が良いですね」

「はあ」


 ジェンの抱いた違和感。

 それが中央政府のみならず、帝国の闇そのものである事に、彼はまだ気付いていない。

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