Dear My

【序章】

邂逅 篇

1,────/────



 ────俺は今、何処に居るのだろう。


 風の吹き荒ぶ音が聞こえる。背に地面の感触がある。


 寝ているのか、俺は。


 不思議と、身体を起こそうとは思わなかった。


 閉じられた瞼を、ゆっくりと開ける。


 薄紫の、空の色。


 これは、夕焼け?


 遥か遠くで、人ならざる影が、空高く咆えた。


 声がしたと思しき方向へ、顔を向ける。


 空と大地の繋がる場所。地平線の向こう側。


 姿は、視えない。


 それは再度、響くような声で咆えた。


 何処だ。お前は、何処に居る。


 届く筈も無い手を、地平線の太陽に向かって伸ばす。


「……お前、泣いてるのか」


 尋ねた途端に、そらが唸った。


 それに呼応するかのように、地が胎動する。


 暫くして、目の前に現れたのは。


 輪郭を持った、巨大なもやのようなモノが、二つ。


 それは、角の生えた蜥蜴のような姿──そう、龍と呼ばれるモノ──に良く似ていた。


 それはどうやら、こちらを見ているようだった。


 何の用だ。俺の顔を見つめた所で、面白味は無いだろう。


 それは俺に、巨大な頭を近付けた。


 ────目覚めたか、少年。


 誰だ、お前は。


 ────今は答えられぬ、とでも言っておこうか。


 …………。


 ────だがの。お前さんの事を、儂等は良く知っている。


 …………。


 ────己の過去を知らぬ、哀れな少年よ。


 何の言い掛かりだ。


 ────貴様。我等が何物であるか、知っていての物言いか。


 ────まあまあ。


 ────…………。


 ────儂等が今のお前さんに言うべき事は無い。ただ──……。


 ……何だ。


 ────全く。その愛想の無い仏頂面は何時まで経っても変わらんのう。


 何を言い出すかと思えば。お前にそんな事を言われる筋合いは無い。


 ────ははは、まあそう言うでない。ではの、少年。達者で、な。


 それは目を細めると、そのまま空の色に溶けて、消え去っていった。


 もう一方も、少しこちらを見てから、何も言わずに消えていった。


 それと同時に、天が黙った。


 やがて、地も鎮まった。




 ◇




 あの靄が消えて暫く、考えていた。


 確かに。言われてみれば俺は、ある一定の時間より前の過去を憶えていないようだ。


 だが、それを不自由に感じた事が無ければ、これといった興味も無い。


 ……でも。あれは、俺を哀れだと言った。


 理由は、分からない。


 遠くでまた、人ならざるモノが咆えた。


 ────なあ、どうか、答えてくれ。


 どうしてお前は泣いているんだ。過去を知らない俺がそんなに哀れか。


 それとも。


 俺の知らない俺の過去が、そんなに悲しいのか──────?




 ???/???




 機は熟した。


 今こそ、この煮え滾るような憎しみを晴らしてやろうじゃない。


 憎い、憎い。


 お前達の全てが憎い。


 お前達が居たから、あの人は私の物にならなかった。私の言う通りにしなかった。


 あんなに欲してあげたのに。あんなに言ってあげたのに。


 ────あんなに、愛してあげようとしたのに。


 でも、そんな日々も終わりが近い。


 裏切りでは足りない。死滅であっても尚足りない。


 今に見ていろ。


 お前達の信じていたもの全て、奈落に引き摺り落としてやる。


 そうすれば。あの人はきっと、私の物になってくれる──────。

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