第5話

「一人でも楽しく生きていけると信じてた。でもそれは違った。君がいない人生はありえない。考えたくもない」


 出会った時の彼は一人で生きていた。他人との距離をうまく保ちながら。


 それを壊したのは私である。私へのプロポーズは彼を縛る枷となった。


 転職のとき、そして温泉旅行のときも修司は自分の気持ちに蓋をして私の意見を受け入れた。自身の人生に私を招き入れたことへの責任感がそうさせた。


 だから私も責任を果たすことにした。あのとき、修司を救えたのは私だけだったのに、それを実行できなかった責任を。


 なりより、私は今の人生を捨てられない。


 立ち上げに関わったドキュメンタリー番組は特番から深夜のレギュラー番組となり、最近になって土曜夜10時枠への昇格が決まった。上司の出世に伴い、私は番組の最高責任者となる。


 取材相手は、一癖も二癖もある人たちばかりだ。しんどいことも多い。いや、番組の制作段階においてはへばりつくような苦しみしかない。正解やお手本がない中で、もがき続ける。だが、番組として創り上げたときの達成感はそれを上回る。


 視聴者からのメッセージも励みになる。人生が救われたという内容も少なくない。とある異業種交流会では大の大人が人目をはばからずに号泣。私なんかに頭を下げた。


 信頼した上司に裏切られて会社を追い出され、家族にも見限られ、自殺を決意したとき、人生最後となるはずの居酒屋で私の番組を見たらしい。


 それで、踏みとどまれたのだと。


 男は私の手を両手で強く握り、感謝の言葉を述べた。

 彼は一念発起して、全財産を注ぎ込んで企業。前職と同じ業界で、上場手前まで会社を成長させた。


「あの人がいたから今の自分があります」


 一部上場を成し遂げた暁にはメディアのインタビューで、かつての上司の名前を実名で挙げ、遠回しの嫌味を伝えてやるのだと笑っていた。


 興味本位でしかなかったテレビ局での仕事は、私の生き甲斐となった。


 だって仕方ないじゃないか。


 自分が人の役に立てると思っていなかったのだ。男にお礼を言われて震えたのだ。自分自身を生まれてはじめて誇りに思ったのだ。


 もっと働きたいと強く感じた。他人を、自分を突き動かす番組を追究したいと、少しでも多くの作品を世の中に出したいと、そう思えたんだ。


 修司を支えていきる道を選択することは、もう私にはできなかった。


 なにより、大好きな修司を助けられなかった罪悪感は罪でしか上書きできないと確信していた。


 ずっと彼のことを愛していた。だけど、私は目の前の彼を見ていなかった。大学で出会ってからプロポーズをしてくれた時までの日々に依存していたのだ。彼は変わっていないと思っていた。彼の内面の大きな大きな変化に気づくことは無かった。


 彼を支える役目は勝手ながら祐奈に託すことにした。


 祐奈は修司のPCから不正の証拠を抜き出していた。修司はいつでも罪を告白できるようにあえて、決定的な証拠を消さずに残していた。流石、私が愛した男である。


 祐奈は修司を愛しているが、一緒になるつもりはないと言った。家庭を壊した自分にその資格はないと。この後、修司の会社に直接証拠を持ち込み、告発するつもりらしい。


 自身と修司との関係が壊れることもわかっていた。たいした覚悟である。


 だが、祐奈には修司のそばにいてもらわなくて困る。


「それは私の仕事だから」


 私は手を差し出し、そう宣言した。


 私はデータを受け取り、祐奈と別れたあと、報道の同僚へと引き継いだ。


「本当にいいの?」


 彼女は私を試すように念を押した。私が正気かどうか疑っていた。


 そもそも、大した問題でもないのだ。証拠はきっかりと揃っているからニュースにはなるが、不正が常態化しているわけでもない。報道の視点から見ても「どこでもやっているでしょ」レベルのことなのだ。


「かる~く流しちゃってよ」


 私はニカッと笑ってゴーサインを出した。

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