第6話
夕方のニュースで、不正の件が放送されたあと、修司は約一週間家に戻ってこなかった。
「ご飯は食べてる?」
「大丈夫。ただごめん。もうしばらく帰れそうにない」
「着替え持っていこうか?」
「大丈夫。ビジネスホテルの洗濯機があるから」
自暴自棄になって良からぬことを考えやしないか不安になったが、毎日一通は帰ってくるラインメッセージで修司の無事を確認していた。
一度、電話もした。修司は終始謝るばかりだったが、どこかスッキリしたような声色だった。祐奈と私の判断は間違っていなかったらしい。
電話の2日後、修司は家に帰ってきた。かなり
「ただいま」
「おかえり」
玄関でちゃんとこの言葉をちゃんと言えたのはいつ振りだろうか。
私が用意しておいたお風呂に入るよう修司に勧めた。私はその間に夕飯を仕上げ、二人でゆっくりとご飯を食べた。
修司は「おいしい」と何度も言いながら泣いていた。つられて涙をこぼしそうになったが必死に耐えた。
俺がやるというから、洗い物は修司に任せた。私はとっておきのさんぴん茶を丁寧に、ゆっくりと淹れた。
そして、記載済みの離婚届けを手渡した。
「あなたは悪くない。けど、私はテレビマンとして今後もやっていきたい」
離婚の理由を伝えると、修司は目を閉じてしばしの間、沈黙した。そして、急に立ち上がったかと思えば土下座をしながら、号泣した。
「本当に申し訳なかった」
修司は離婚に同意した。
不正の一件が私のキャリアを傷つけたというストーリーではあるのだが、今思い返してもだいぶ無理がある。テレビマン失格である。
案の定、修司の不正は氷山の一角だった。その後の取材で、会社のみならず業界規模で当たり前のように行われていたことが判明する。
不正を持ちかけた上司が、せめてもの償いで奮闘したこともあり、修司に責任が押し付けられることはなく、彼の名前が公表されることもなかった。
世間の関心もかなり薄かった。一般消費者とは関係性が低い事件だったし、営業職に従事するものであれば同情する部分が多かったのだろう。我が局の営業部署もやけにソワソワしていたように思う。
私の処分も当然無い。むしろ、自分からネタを提供したことでハクがついたようだ。
ということで、むしろ私が慰謝料を払うべき立場なのだが、なんてったって修司である。そんなことにはならない。彼は全財産を私に渡すと言い出した。
私は慰謝料として平均的な額だけ受け取ることに合意し、条件を付けた。
「女の子を不幸にしちゃダメよ」と
慰謝料の半分は祐奈の口座に振り込んだ。修司は世渡りがうまくはないから、もしもの時に使ってほしいとお願いして。正確には全額振り込んだのだが、「私に何かあったときはお願いします」とのことで、半額返金されたのだ。
家庭内離婚調停から3週間後、修司は部屋を出ていった。その後、高知県に渡り、祐奈と二人で暮らし始めた。
「俺に幸せになる資格はない」とかなんとか考えてしまうような修司である。国外逃亡しないか不安で仕方なかったので、ちゃんと祐奈に東京まで迎えに来させるのも忘れなかった。
高知県に住み始めた修司は県内の大学院に進学するため、勉強を始めた。その一年後、無事に学生に復帰した。22歳で卒業してから15年以上経って、彼は彼がいるべき世界に戻ったのである。
合格の報告は本人から電話で聞いた。私はお気に入りのボールペンを贈った。
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