08 逸れ者達の放課後



 目を覚ますと、日が昇っていた。起きればそこは緑生い茂る場所。身体を起こして、前方の景色を見れば、抉り取られたように焦土と化していた。

 覚えてる、昨日のこと。僕はドラゴンと相対して生き残ったんだ。



「ようやくお目覚めだね、ネギ君」



 左から声がした。もう見慣れた星グラサン。ススだらけの頬を拭いながら笑うサラダ先輩がいる。 

 そしてその懐には、ドラゴン類ファフニール科の幼体の竜、キャシーを抱えている。



「……キャシーを異世界に帰すのは失敗してしまった」


「ピィ……」


「あっ……」



 子供の竜は悲しそうに鳴く。

 そういえば当初の目的はそうだった。完全に忘れてたよ。僕はこのふたりを助けられて満足してたけどぬか喜びだったんだ。……やっぱり失敗したのかな。



「でも、キミがいなかったらもっと酷いことになっていたし、ワタシはこの世にいなかっただろう……感謝するよ」


「っぁ、ぃえ……どういたしまして」


「気にすることないさ。異門はまたすぐに開く、いつかまたあの世界と繋がる日を気長に待とうじゃないか」



 彼女は力を抜いたように笑った。なんだか許されたような感じがした。僕も少し肩の荷が降りる。

 キャシーが何かを探すようにキョロキョロと首を動かしている。きっと帰り道を探してるんだ。

 僕たちはごめんよと撫でる。「いつか、いつかきっと帰してあげよう」と。決意を胸に。



「立てるかいネギ君?」


「足がめっちゃ痛いですけど、大丈夫です……サラダ先輩は」


「ワタシも、木の枝を杖代わりすれば歩ける」



 怪我は小さいとは言えないが、重症ってほどでもないのは幸いか、もっと言うなら奇跡か。それだけ色濃い放課後を過ごした気がする。



「じゃあ、帰りますか」



 と、先輩は切り出す。僕は「うん」と短く返事した。

 時刻は朝の6時過ぎ。あと3時間後には学校が始まる。家帰って、風呂入って、ご飯食べて、準備してすぐだよね。この時間帯。


 僕たちは丘を降って、朝の空気の透き通る帰路を進むんだ。



「ところでネギ君、聞いていなかったね」


「なにをですか?」


「ワタシの部活に入るかどうか」


「あぁ、その話」



 僕はそれを聞いて苦笑いした。そしてその後鼻で笑ってやった。



「全くひどいもんですよ。いきなり脅したと思ったらやれドラゴンの子、やれ異世界、しまいにはあんな化け物に追い回されて爆撃まで喰らって、こーーーんなクソ部活に入りたいかどうって話ですか?」



 もうそれはそれは止めどない愚痴。こんな徒労をして一銭も貰えないんだから僕は一体何をしてるんだろう?って思っちゃうよね。


 非日常っていうのがこんなに過酷だって言うなら、普通に生きてたほうが百倍千倍一万倍マシ。真っ当な奴ならこんな部活はいるわけないじゃないか。何をいってるんだ?って話ですよ。






 なんて、ね。わざとらしく言ってるけど。僕の中では決まってる。

 部活に入るかどうか?そんなのいうまでもないよ。



「副部長は僕でいいですか?」



 そう答えると、サラダ先輩は、ふっと小さく笑ってこう答えた。



「なら、理科準備室の鍵を渡しておこう」




◆◆◆◆





 茶髪に染まった髪の毛に、イヤーカフのついたフツメンが鏡に映ってる。これは僕。

 新学期2日目にして身体中の至る所に擦り傷があるけど、これは名誉の傷かなぁ?


 僕は嶺岸ミネギシ 隆磨リュウマ。ネギ君って呼ばれてるけどこのあだ名を公認する気はない。てか半分バカにしてないこの呼び方?


 さて、風呂に入ったし、顔を洗ったし。タオルで拭いて、制汗スプレーで消臭したら身支度完了。

 昨日と何も変わらないはずなんだけど、なんか気持ちが引き締まった感じがする。



「ん?通知がきてる!?……ってなんだサラダ先輩か。そういえば昨日連絡先交換したんだった」



 小学校は友達一人もできなかった。中学校はみんなから酷い扱いをうけてきた。で、この高校でようやく1人友達ができた。友達?うーん、友達かぁ?講義の意味ではきっと友達かもしれない。変人だけど。


 充実した学校生活をおくってみせると誓った気がするけど無理そうだね。入った部活がイカれ過ぎてて。でも、楽しいよ。



「よし、いこうか」










「髪の毛染めるな、ワックスつけるな、第一ボタンあけるな、イヤーカフ付けるな、それ全部校則違反」


「あっ……」



 完全に忘れてた。


「いったよな?今度から反省文」


「はいっ、すみません」


「原稿用紙だ、今日中に提出」



 現実って嫌なことが多いよね。リアルって上手くいかないことが多いよね。

 ていうか本当に何この先生。赤ジャージ竹刀持ち顔ゴリラ。こんなフィクショナリーな存在に説教されるの腹立ってきたよ?

 


「────にひひひっ、こりゃあ傑作!!まさかまた同じことで怒られるとはキミはお茶目さんだねぇ?」



 と、後ろから僕を小馬鹿にしたように笑い飛ばす阿呆一人。

 目をやるとそこには星形のサングラスをした変人不審者いや、生物部兼異世界動物研究部の部長、喜新那キサラダ 観雪ミユキこと、サラダ先輩がいた。


  3時間ぶりにあってもサラダ先輩は相変わらずだ。



「うるさいですよ!!昨日すぐ帰って黒染めしてたらこうなってない!!」


「おいおい学生は文武両道が基本だぞ?部活動と日常生活はしっかりと両立しなくちゃあ?」


「あんなの運動部より過酷じゃん。命の危機に瀕してんだよ僕ら?」


「いつもはあんなんじゃないぞ?あれはイレギュラーだ」


「言い訳は結構っ!!もっときっちりすべきです。あーんな行き当たりばったりに連れ回して、キャシー帰すぞーじゃないんですよ!!僕いなかったらどうするつもりだったんですか?今度から安全を配慮して……」


「はぁーーん?なんだキミ、ワタシに計画性がないとそう言いたいわけかい?」


「詰めが甘いんですよ。まずは理科準備室、なんですかあのゴミ溜めは?キレイにしましょう。あと字が汚い」


「ははっ、随分と偉そうになったじゃないか?たしかにキミはワタシの恩人ではあるが?もっと先輩であり部長であり、目上である人間には敬意をだな……」




「お前ら正門前で喋ってねえではよいけ!!!反省文追加で出すぞゴルァ!!!」


「「ひぇーすんません」」



 怒られた。


 さて、気を取り直して、新学期だ。僕たちは玄関に入って、上履きに履き替える。

 昨日と対して変わらない、あんまり面白味のない日常が始まる。

 側から見れば初日連チャンで怒られる、高校デビュー失敗した痛い奴にみられてるだろうし、むしろ悪化したかもしれない。


 でも全部が同じじゃない。昨日と違って部活動がある。僕の日常は、わかりやすく、劇的に変化した。

 

 でも周りのみんなはそれを知らない。僕が変わったことに気がつかない。


 異世界動物研究部、誰も知らない僕の活動は、放課後から始まる。


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