06 生き物とは時に同種をも殺す




「おまえサッカー部なんだろ?」


「う、うん。僕は、そうだよ」




 僕は会話が苦手だ。といっても、それは気を使うからそうなるだけで、心を許した相手には話せるはずなんだ。親父や親戚の人とはなんなく会話できるように。


 それに、いくらそうだったとしても、ずーーっと教室っていう環境にいれば、自分から人を避けない限り、一人くらいは話し相手がいてもおかしくないと思う。


 世の中悪い人ばかりじゃないし、本当にフレンドリーな人とか卒アルコンプ勢みたいな全員残さず話しかける物好きはいるんだ。


 じゃあなんで僕はぼっちかって?それは、学校に行ってないから。


これは、中学校の時の話。



「じゃあさ、スライディングしてみろよ、スライディング」


「えっ」


「小学校からやってんだろ?サッカー」


「や、やってるけど、その。僕は下手くそだし。そんな頻繁にやるものでもないし……」


「いいからやれよ、なぁ?」



 やーれ。やーれ。やーれ。一人が手を叩いて囃すと、周りも同調して、手を叩く。やーれ。やーれ。やーれ。

 でもみんな知ってる。僕がスライディングできないことを。

 サッカー部なのに、ボールの扱いが下手すぎることを。下手すぎるから、それをよく思わない奴がいる。なまじ集団競技だから。

 やーれ。やーれ。やーれ。


 僕はやらざるを得なかった。




「あっはっはっは!いまのみた?」


「……」


「浜辺に打ち上げられた魚じゃん!マジでウケる」


「……」


「面白いからさぁ!今度の体育の授業でもやれよな!」



 みんなが大爆笑する。中には笑わずに冷めた目で見てる者もいる。僕はスライディングが出来なかった。



「スライディングっていうのは、こうやるんだ、よ!!」


「うわっ!!」



 綺麗なフォームで、僕は足元から崩されて、ボールを取られた。やらせる側のやつは当たり前のようにできる。その自信の差が、こういう事象いわゆる虐めを生むんだと思う。


 今のはほんの一例。というか最初のきっかけにすぎない。


 事あるごとに、やってみろと注目を集めさせる。集めて集めて、僕は全部失敗する。

 昔からそうだけど。僕は要領悪いんだ。サッカー以外でも。どんなことでも。

 だから見せ物にするのにちょうど良くて、笑い物にするには逸材だった。





 ────僕は、学校に行かなくなった。







 高校で、入学して、ついさっき高校デビュー失敗して。

 僕は変わろうとした。でもすぐに失敗した。こんなことばっかりだ。だから現実はクソなんだ。

 頑張ってやろうとしても、嘲笑うかのように、それをへし折ってくる。


 だから逃げてきたんだ。それが正解だと思ったから。そして今回も。

 僕はどうせなにやっても失敗する。

 いまサラダ先輩の元へ駆けつけて何ができる?死体が一つ増えるだけだ。



「こ、これは夢、悪い夢。ドラゴンなんていないし、異世界なんてない、僕は今日なにもみてない」



 目を閉じた。なくなれ、って。



「忘れよう……忘れよう……」



 でもなくなる気配がない。羽でぶっ叩かれた左頬は痛むし、あのパステルカラーに照らされたあの横顔を忘れられない。

 消えろと念じて、目を開けても……空間の歪みがまだそこにある。



『────ぁ』


「……!?」



 右手の持ってる電話から。ノイズを発する電話から。微かに女性の声が聞こえる。言うまでもない。その主はサラダ先輩。

 僕はそれを耳元に近づけた。



『────す────て』



 なにか、同じ言葉を連呼している。四文字。そしてその四文字がなんなのかは、もう僕にはわかっていた。


  



 


『たすけて』



 ────クソみたいな現実だ。僕の人生いっつもそうだ。勇気を出して一歩踏み出せば、出る杭を打つように出だしで転ける。もううんざりだ。


 けど、僕が転んだ後に立ち上がって、こうしてさらに先へ走り出したのは初めてだ。


 なんでかわからないけど、僕の心は、今朝出会ったあの変人不審者に、死んでほしくないってそう叫んでて。身体が勝手に突き動かされる。

 本当になんでなんだろう?

 


「今助けに行きます!!」



 僕は一直線に第三小学校の旧校舎へと向かった。






◆◆◆◆




 第三小学校、旧校舎。ここはもう何十年も前に廃校になった場所。とある事情で取り壊そうにも後回しにされているそうだ。どういう事情よ?


 老朽化が激しく、近づくのも危険なので、当然立ち入り禁止のフェンスが建てられてる。

 運動神経があれば、登ってこえられるけど、僕には無理だ……。だからこうして、わかりづらい位置に、一人分がくぐり抜けられるくらいの穴がこじ開けられてる。

 これは僕が何年も前にペンチで切ったんだ。懐かしいな。

 念のため出入りがし易いように、フェンスの扉は内側から開けておこう。何が起こるかわからないからね。


 人間の手で作られた大きな溝地。そこに佇む学舎。荒れた校庭に、カビと穴だらけの木の壁。ガラスというガラスは殆ど割れている。廃墟にしたってもう少し人の手が入ってもいいのでは?

 そんなことはどうでもいいか。


 僕は正面玄関入り口から進むことにした。下駄箱が倒されている。そして……。



「……ぁっ」



 木目の廊下、その上に、サラダ先輩は倒れていた。



「先輩!」



 僕は倒れる彼女の元へ駆け寄って、すぐさま息を確認した。大丈夫、まだ生きてる。目立った外傷は……首元にくっきりとぶつぶつのアザができている。鱗の跡なのか。

 相手はドラゴン、だとすると尻尾かなんかで首を絞められた?



「うっ……うぅ……うむ?ネギ君?」


「だっ、大丈夫ですか?」



 先輩が目覚めた。上体を起こそうとしている。どんな傷になってるかわからないので、あまり無理しない方がいいと忠告してみたけど、止まらない。すぐさま僕の顔を見てこういったのだ。



「キャシーが危ない!!」


「キャシーが?」


「ピィッ!!」



 鳴き声がすぐそばから聞こえた。彼女の制服の上着の懐がもぞもぞと動いている。そうして小さな爬虫類の頭をひょっこり出す。キャシーだ。ちゃんと見つけられたんだ。

 でも全くもって安心はできない。




「習性だ。まさかそんな習性があるなんて!!ファフニール科のドラゴンは群れを作るんだ!!あるいは空腹で自分が生き残るためにそんな────」


「お、落ち着いてくださいよ先輩!!」


「ほぉ、ほぉ、すまない。つい興奮してしまった」


「あ、興奮なんですか?錯乱ではなく?」


「死に直面する緊迫感の中にある発見とは、何にも代え難いスリルだよ」


「……」



 ねぇ、これ、僕助けに来る意味あった?



「話の続きだ。この、キャシーを助けなければ。はやく逃げようと……うっ!!」



 そういって立ちあがろうとした瞬間、腰が抜けたように崩れ落ちる。口元を歪めて激しく痛みを感じているみたいだ。やっぱり安静にしてなきゃダメみたい。



「はっ、はっへっ、痛すぎるとなんか、笑っちゃう時あるよへっへ……ネギ君、たのむキャシーは共食いの餌食になろうとしている……」


「共食い……だって?」



 同種族による殺し。そんなこと、するのか?ドラゴンは。僕はキャシーに目をやった。なにかを警戒しているかのように首を振っているのがわかる。サラダ先輩は続けた。



「腹の空かせた肉食獣はときに同種の子供をも食べてしまうことがあるという。ファフニールも、例には漏れないらしい」


「ぼ、僕はどうすれば……」


「キャシーを守るんだ。そして、ファフニールを元の世界へ帰すんだ。やってくれるかい?」


「無茶すぎませんかそれ!?」



 頭を抱えるよ。一体どうして僕はこの明らかに怪しくて厄ネタの塊みたいな先輩と関わってしまったんだろう。これが非日常をもとめた代償と?

 


「────ギアァァァァ!!」


「っ!?」



 咆哮が鳴る。足音がする。廊下の突き当たりの曲がり角から。

 脅威が迫る。空気が揺れる。奴がくる。



「……ドラゴン」




 

 

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