05 足跡





 ぐるり、ぐるり、と。ゆっくりと回転しては、中心に吸い込まれ、外側から新たな空間を生み出している。一定の動きを延々と繰り返しているが、時折、ぐわり、と動きに変化がある。

 作業中にくしゃみをしてしまったかのように、法則性のある動きをぶつ切りにするそれが、妙に脆さを演出する。


 キャシーを探しに行ったサラダ先輩と別れ、僕はこの異門を見張ることになった。

 いつ消えるかわからないので目が離せない。


 とはいえ、暇なのも事実で、延々と廻るソレを目で追うばかりなのだ。



「あ、またぐわってなった」



 結構な頻度に"異門のくしゃみ"がやってくる。測ってみたけどおおよそ20から24秒周期ぐらい。けっこうばらつきがあるけど、このくしゃみも実は法則的な動きなのかもしれない。

 まあ、こんなの考えるだけ無駄かもしれないけど。


 こうして、ずっと見ていると、いつ消える兆候が表れるのかと待ってる自分がいる。本当はそんなの考えるのは不謹慎かもだけど。

 変化のないものはやっぱり退屈になってくるよね。



「ん?」



 なんて考えて、何か他にないかなと観察してると、その"歪み"の少し下の地面がくぼんでることに気がついた。

 何か"抉り返されたような痕跡"。

 重力と磁場による自然現象って言ってたけど、あれ内心「うっそだぁ」って思ってた。でも本当なのかもね。




『────プルルルルッ』


「うわっ、なんだ!?」



 びっくりした。着信音か……。電話の主はやはり彼女、サラダ先輩だ。

 ここだけの話心細かったので少し助かる。言ったら絶対馬鹿にされるから言わないけどね!

 僕は携帯を手に取った。



『ザーーーー』


「あの砂嵐で聞こえない……」



 電波悪いのかな?まあここ裏山だし当然か。どこか繋がる場所を探して……ってああそうか。



「なるほど、もしかして、異門に近いとつながらないのかな?」



 いかにも電波障害引き起こしそうな現象が目の前で起きてるし、この考察は多分正解。ちょっと離れた場所 (もちろんちゃんと異門は見える所)まで下がるとようやくつながった。



『やあ!ネギ君!やっと繋がったね。寂しかったかい?』


「いえ?べ、別に?」


『そうかいそうかい。さて、キミに朗報だ』


「朗報?」


『キャシーが見つかった』


「えっ!本当すか!?」



 なんと。意外と早いもんだ。



『第三小学校の旧校舎の音楽室さ。ここはキャシーを最初に発見した場所でね。ビンゴだよ、あっちからキャシーの声が聞こえる』



 第三小学校の旧校舎。ここからそこの木々を抜けてすぐ、こっちからでも十分見える範囲にある"裏山の学校"。ここで彼女と竜の子は会ったという。

 サラダ先輩の声は分かりやすく弾んでいた。よかったよかった。これで一安心。心置きなく元の場所に帰せるのだ。さて異門は────よし大丈夫だ!兆候は見られない!


 にしても……。



「第三小学校の旧校舎か……すごい偶然だな」


『む?知っているのか?この場所を?』


「ん、まぁ、そうだね。僕にとっては思い出の場所だよ。小さい頃、よくそこを秘密基地みたいにして遊んでたんだ」


『わざわざこんな廃墟に?』


「うん。1人になれる場所がそこしかなかったから」


『おやまぁ……キミって奴は自分でぼっちになったのかい?不思議だなぁ』


「……うるさい。僕だって、好きで1人になりたかったわけじゃない」



 本当に。僕だって、本当は友達の1人や2人欲しかったよ。でも環境は、そうさせてくれなかったんだ……もういいこの話はやめよう。古傷が痛むだけだ。



「さっさとキャシーを連れ帰ってください」


『ふーーむ。わかったよ』



 このときのサラダ先輩は案外聞き分けが良かった。僕の心情を察してくれたか、それとも単に時間に追われてるので、妙な詮索をする暇もなかったか。

 どっちにしろ、そうしてもらえると助かるよ。


 ……って。













「えぁ」


『ん?どうしたんだいネギ君!まさか異門になにかあったのかい!?』


「い、いえ。異門は大丈夫です……なんですけど」



 僕は息を呑んで、まず注釈する。



「これ、僕の推測なんで、定かじゃないんです。でも聞いてください」



 するとサラダ先輩が短くレスポンスする。『なんだね?』と。

 そして注釈の後に、こう告げた。








「────キャシー以外に、ドラゴンが迷い込んでませんか?」


 そう僕が言った理由は、異門のすぐそばにあった"抉り返されたような痕跡"が。現象による由来だと思っていたその痕跡が。


 明らかに。


 完全に。


 巨大なドラゴンの足跡に他ならないことに気がついてしまったからだ。


 さっきの場所だと近すぎて気が付かなかった。だけど遠目でみるとすごくわかりやすい。3本爪のどうみても足跡。


 大きさ的にキャシーのものではない。それに可能性としては十分すぎる。こんなに無防備に空いた出入り口。

 それこそ僕ですら簡単に出入りできるような穴が三日ほど空いていたら他の個体の一匹や二匹紛れ込んでもおかしくない。

 もしも、キャシーよりも何倍も図体の大きなドラゴンが現代日本に現れたとしたら、危険極まりないだろう。


 するとサラダ先輩が言った。



『なるほど、やっぱり、キミはワタシが見込んだ通り優秀だ』

 


 と、電話越しの声は妙に震えていた。悪寒が走った。



『どうやら君の推測は正しいらしい』


「サラダ先輩!?」


『あぁドラゴンだ────』



 途端に声はノイズ混じりの奇怪音とともに掻き消される。ザーザーザーと。電話の向こう側で、なにが起きている?



「ま、まさか。そんな……サラダ先輩!?」



 そうに違いない。ドラゴンに遭遇したんだ。遭遇して、襲われたんだ。キャシーの姿を見てる僕としては想像しただけでも恐ろしい。自分の身体より大きな肉食の爬虫類に襲われたら、人間なんてひとたまりもない。



「助けなきゃ……」



 僕はそう思った。



「異門は……いや、この際構ってられるか。人命の方が大事だ!」



 そうして1歩目を踏み込んだ。

 しかし僕は、どうしようもなく、2歩目で止まる人間だ。



「待て、助けるって言ったってどうやって?」



 相手はドラゴン。もうこれを夢だと言うには色々知りすぎた。

 人間の、それもただの高校生の僕が言ったところで状況が好転するわけがない。



「警察!警察を呼ぼう!『ドラゴンがいるので……ってダメだ!信じてもらえるわけない!!」



 よくパニックホラーの映画でその状況に陥る登場人物の気持ちがよくわかった瞬間だ。

 まさかまるでそのまんまのセリフ言うことになるとは自分でも思わなかった。



「こういうとき、僕は、いつもなら……」



 ピンチだ。これは特異な例にしたって、生きてりゃ少なかれ困難な状況に追い詰められることが多い。

 僕だって酷い時期があった。それどう乗り越えたか。思い出せ。こういうときは……








「逃る、か」


 

 ヤバくなったら。何ふり構わずグッバーイ。自衛本能ってやつだ。

 そういえば僕はこういうときは、いつも逃げていた。今回も、それが、正解なのか。

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