04 子竜は何処へ




 "異門ゲート"。異世界と現世をつなげる時空の歪み。

 キャシーという小さなドラゴンは、この異門を通じてこちらの世界にやってきた。

 当然、元いた場所に戻すべきで、僕が出会ったこの変人不審者星形サングラスウーマンこと、サラダ先輩も、帰らせてあげようとしていた。


 しかし……。



「「キャシーはどこいった?」」



 そのキャシーがどこかへ消えてしまった。





◆◆◆◆





 場所は異世界から戻って現代日本の名も知られない裏山に戻る。



「もしかして僕たちが目を離した隙にもう元の巣へ飛び立ったんじゃないですか?」



 居なくなったのなら帰ったのかもしれない。都合のいい解釈だけど。そう言ってみた。



「だといいのだけどねぇ。もしこっちの世界に留まったままじゃ問題だ」



 サラダ先輩は少し余裕がなさそうだった。まるでなにか、そう、時間に追われているように。



「異門は、重力や磁力、さまざまな因果が偶然が引き起こした自然現象みたいなものなんだ」


「そう、なんですか?」 


「うむ。故にそれがいつまでその状態を保てるかは断定できない」


「えっ」



 僕は振り返って、もぞもぞ蠢くソレを見た。



「それって、『"異門ゲート"はいつ閉じるかわからない』ってことですか?」


「そのとおり。見込み通り察しがいいねキミ」


「いつどこで僕のこと見込んだんすか……」 



 そう言えば何故か・・・僕の名前を知ってたよねこの人。もしかして気づかないうちにあったことある?







 サラダ先輩は背負っていたエメラルドグリーンのリュックを下ろして中からノートを取り出した。普通のA4。しかし結構使い込んでいるようで汚れもひどく、束のように色褪せた付箋がはみ出ている。

 指をつるっと舐めて湿らせ、ページをひらひらとめくる。やがてあるページに止まった。サラダ先輩はそこを指差して言う。



「これは今まで発生した異門の観測記録だ」


「複数回出てるんですね」


「まあね。このところかなりの頻度で発生が確認されてる」



 それからその隣の表を指差してみせた。僕もそれに目をやった。ふむふむ、なるほど。



「字ぃ汚っ!!」


「おいおいそんなことないだろう。じっくり読んでみればわかるはずだ」


「じゃあココなんて読むんですか?」



 本当に酷いんだから。僕はとくに読めないぐっちゃぐちゃな所を指差してみた。えっ?なんて?「わからない、なんだったか忘れた」?

 ダメじゃん、せめて自分だけは読める文字で書こうよ……。



「そっ、そこは重要じゃないんだ。一旦置いといてだな……」



 サラダ先輩は気を取り直して、重要なことを説明した。結局、口で。



「異門の消失は最長でも69時間、つまり3日弱が限界だった」



 なるほど。



「じゃあ、アレは発生してからどれくらい経ってるんですか?」



 と、僕は今さっき出入りしたアレ。僕にとっては初めての観測になるソレ。

 サラダ先輩は答えた。



「65時間」


「……あと4時間ですか」


「いや、実際には4時間もないね。今すぐ閉じてもおかしくはないのだよ」


「そっか、あくまで最長記録だから……」


「平均からすれば24時間以内に閉じることの方が多いからねー。アレはまだ持ち堪えてる方さ」



 歪みは渦巻く。こうしてみると妙に儚くに見える。力みながらも空間を捻じ曲げ続けたいるが、今にも地球の修正力で元に戻ってしまいそうな儚げなさ。

 こうなってくるとサラダ先輩から焦りを感じる理由もわかった。

 


「もし閉じてしまったら、キャシーが次に帰れるのはいつかわからない。もしかしたら一生帰れないかもしれない……ワタシはね、それだけは避けたいんだ」



「だって可哀想じゃないか」と、彼女は最後にそう付け加えて言った。

 これには僕も同感だ。あの小さなドラゴンからすれば、僕らの住む世界こそが"異世界"。


 もし、異世界転移して、もう帰れないってなったら……考えるだけでも恐ろしい。そのまま現地でエンジョイライフを送れるのはフィクションの主人公だけだ。



「わかった、僕もキャシー探すの手伝うよ」



 サラダ先輩は面食らったように、驚いた様子でのけぞった。



「おや、まあ。キミの方からその言葉が出るとは。助かるよ」


「まあどうせ、『手伝ってくれよ』って頼むつもりだったのはわかってましたけど」


「よく解っているじゃないか」



 最初の部活勧誘の時点でアレでしたし。いまさらですよねって話。

 さあ、かくしてキャシーの捜索が始まったのだが、何から行動すればいいか全く思いつかない。だから正直に聞くことにした。



「サラダ先輩、僕はなにをすれば?」


「そうだね、ワタシはそこの旧校舎の中を探しに行ってくる」



 と、指を刺した先。木々でちょっと隠れてるが、すぐそこにある森と土地を切り拓いて作られた学校。第三小学校の旧校舎に向かうと言う。そして僕への指示を出した。



「キミはその間、あの"異門"が消えないか見張っててほしい」



 指差すそれは、まだうねりを続けている。消える気配があるかないかで言ったら、ある。僕は「わかりました」と返事した。



「いいかい。『うねりが激しくなって、膨張と収縮を繰り返し始める』それが消失する予兆だ。そうなったらすぐに教えて欲しい」



 そう言って次にサラダ先輩は携帯電話を取り出した。



「ってかキミLINEやってる?緊急用で連絡先を交換しておこう」


「あ、やってます。QRコードお願いします」



 と、彼女が掲示したそれに、僕のスマホをかざしてカメラに写すと、友達欄にひとつアイコンが追加された。

 わかりやすいね、アイコンが星形サングラスの画像だ……って。



「あの、何覗いてるんすか。人のスマホ画面覗くのはモラルに欠けてますよ」


「いや、あの、キミ……」



 言いたいことはわかるよ。



「友達登録3人ってマジ?」


「うるさい!わるかったな友達居なくて!!」



 内訳は親父と、親戚の人と、今追加したサラダ先輩です。筋金入りのぼっちです。本当にありがとうございました。いいもん!ぼっちでも生きていけるからいいもん!



「ふっふーん、そうかぁ、友達いないのかぁーっ」


「わーわー!!聞こえませーん」












「────じゃあ、ワタシはキミにとって最初の友達ってわけだ」


「えぇっ?」



 女性にしては低めでクールな声で、吐息を吐くように彼女はそう呟いた。

 艶々とした黒い髪、太めだがやわらく優しそうな眉毛、穏やかな笑顔……それらを全てぶち壊す星形の安っぽいサングラス。


 そうか。そういえば、こんなに長い時間普通に会話するのも久々な気がする。

 いつぶりだっただろうな。


 年齢とともに、なんか変に相手に気を遣うようになってさ。うまく返事しなきゃって思い詰めると、逆に返す言葉無くなって、キョドっちゃうのが常。僕は基本的に会話苦手だ。


 でもコイツ相手だとそういうのがすーーっと無くなって、喋れる。たしかにそう考えれば、遠慮せず会話できる関係ってことだから。

 つまり僕たちは友達っていうこと?



「……いや違う気がする」


「ずてーーっ!!そこはそうだと言っておけよネギ君……だからキミ友達いないんだぞ?」


「余計なお世話です」



 うんやっぱ、コレが友達ってありえないよね。変人不審者だもんね。




 

 

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