03 非日常の入り口へ、異世界の扉は開かれる



 僕とサラダと小さいドラゴン……"キャシー"は学校の敷地からはもう出ていた。


 ここは街の外れにある丘の上。

 誰もいない黄昏の森に烏の声がこだまする。木陰のベンチ、その反対側には厠。あちらにあるのがもう使われず放置されてる旧校舎。


 道の真ん中は広い。


 そんな場所に佇む。明らかな"異常"。

 なんと表現したらいいか。


 僕の腰上ぐらいの高さ、直径はヒト2人分くらいの空間の"歪み"が発生してる。

 写真をあとから編集ソフトで加工したみたいに、ぐにゃりと、見えてる風景が渦を巻いてねじ曲がってるんだ。




「な、なんじゃこりゃ……」



 僕がつい言葉をこぼすと、サラダは言った。



「これは異世界へつながる次元の歪み。ワタシはこれを"異門ゲート"と呼んでいる」


異門ゲート……」



 流動的に動き続けるそれは、見てると不安になってくる。頭が痒くなるというか、気味悪さがすごい。一人夜道でこれに遭遇したら失禁するかも。



「この歪みの中に入ると、その先には異世界がある。キャシーはそこからやってきたのだよ」



 サラダ先輩はさらに続ける。



「キャシーは迷子でね。親の竜と離れ離れになってしまったんだ。そうして現代日本のこの街に迷い込んだ。見つけた当初は翼を怪我してね。ワタシが看病してあげたってわけさ」


「ピー」


「よしよしいい子だ。今キミの故郷に帰してあげるからねぇ」


「……いま僕は、やばいものに関わってる気がする」



 頭を抱えたよね。さも当たり前のように語られても頭バグる。常識さんがログアウトしたようです。

 つい、流れに身を任せてここまできてしまったが、これ後で口封じで消されない?大丈夫?厄介ごとは勘弁してくれよ。



「僕も、帰りたい」


「そうは言ってもキミ、心の中ではちょっとワクワクしているだろう?」


「はぁ?そんなわけないっすよ」


「じゃあなんでついてきてるのかな?」


「それは……」



 それは。その。なんでかといいますと。



「わかるよぉ?本当はみたいんだろう?異世界がどうなってるか」


「……」


「体験したいのだろう?"非日常"ってやつを」



 正直に白状します。異世界。見たい。


 そうだ。その通りだ。朝から生活指導を受けて最悪な気分の僕はこれから、またクソみたいな日常を送るんだって萎え腐っていたんだ。


 そんな時に、まさかこんな、まるで、小説か漫画みたいな展開あるのか?って。ワクワクするに決まってる。


 これが夢だったとしても、それでいいよ。むしろその方がいい。現実なら、ちょっと怖すぎる。

 けど現実だったとしても、はい何もありませんでしたって、家に帰る気には今更なれない。

 もう僕は"知ってしまった"んだ。ドラゴンがいることを。



 危険を承知で、少し勇気を出して、僕はついていくことにしたんだ。


 なに、心配ないさ。僕はこう見えて逃げ足が早い。ヤバくなったら。何ふり構わずグッバーイ。自衛本能ってやつさ。当然だよね?

 ただこんな本心を表に出すには、なんか、やだ。特にこの変人女の前では。なので僕はこう答えた。



「……そうかもね」


「じゃあ覗いてみようか。あっちの世界を。さあ異門に顔を突っ込んでみるがいい」


「いや怖いわ!できるかぁ!」


「恐れることはないさ!歪みに触っても人体に影響は全くない。まあ、途中で異門が閉じたら捩じ切れるが」


「ひぇ……」



 嫌なこと想像させないでくれよ……やっぱやめとこ。興味より恐怖が勝っちゃった。



「ふむ、怖がらせてしまったか……だがあの景色を見ないのは実に勿体無い……よし。ネギ君」



 彼女はぶつくさ言いながら僕の首の後ろに腕を回して、肩を組んで────いやっ、ちょっ、近っ、まあっっ!!



「これでいい。一緒に行けば怖くないだろう?」


「はぁぁ、そそそ、そうですねぇ?」


「どうしたんだい?顔が赤いぞネギ君?」



 やべえ。女の子の匂いが……いかんいかん!紳士になれ僕!!

 そういえばそうだ。星形サングラスやらドラゴンやら異世界やらインパクトありすぎて全然気がつかないけど、僕って異性とこの距離まで接近したの初めてだ。

 くっつきすぎでは?あの、色々身体当たってんのよ。



「それじゃあ覗いてみよう、異世界を」


「え?ちょっ、あ────」



 気を取られてるうちに、サラダに身体を押し当てられて、そのまま"異門"の中へと飛び込んでしまった。マジでこれ大丈夫?














 ────桃色の丘、その上に聳え立つ大樹はコバルトブルーの花弁を散らす。

 薄ら白い空、辺りに漂うシャボン玉、炭酸サイダーの中に入ったみたい。


 あれはなんだ?すっっっごく遠くで何かが飛んでいる?地平線の彼方のあそこ。

 ワタリドリかな?いや、違うなぁ。もしかしてアレ全部ドラゴン?


 ああそうか。



「ここが異世界、か」



 そう、僕は現実の外側に迷い込んだらしい。



「美しいだろう?」



 背後から声がした。

 サラダ先輩が僕の横に並び立って、向こうで飛んでいるドラゴンをじーっと眺める。

 すぅと伸びる鼻先、薄くもふっくらした下唇が、パステルカラーに映える、サングラスの耳掛けの隙間から覗かせるその瞳は……すごい綺麗だ。



「そうですね」


「いまワタシを見て言わなかったかい?」


「い、言ってないっす!!」


「ふーーん」



 いかんいかんいかん!なにをしてるんだ僕は!

 星形サングラスの変人は口の尻を持ち上げて、ふひひひっと気色悪い笑い方をした。

 確かに顔立ちは綺麗だけどこんな奴を"良い"って評価するのは早計だ。人は見た目じゃあないんだよ。ね!



「なっ、なんでしたっけ?キャシーを異世界に帰すんですよね!」


「……ああそうだねぇ」



 僕はいまの話を断ち切るように、本題に視点を戻した。

 


「さあ、キャシー、お帰り」



 風景に見惚れるのも程々に、サラダは抱きかかえる腕を解く。さあ翔け。そう言いながら身体を広げるが……。



「あれ?サラダ先輩?」


「およ?」



 サラダ先輩は自分の懐を見下ろした。



「……」



 その次に僕と顔を見合わせた。



「……」



 あたりを見回し、もう一度僕と顔を合わせた。



「「キャシーはどこいった?」」

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