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そんな生活にも慣れてしまいつつあったある日、私は近所に住まう庭の綺麗なかたから花の種を譲っていただいた。
ずっと心に留めていた計画を実行するときがついにやってきた。花壇に花の種を蒔くのだ。
陽が傾き始めた頃に水汲みを終えると、私は土いじりの道具と花の種を持ってあの一度も使われたことのないという花壇の前にかがみ込んだ。
近所の方に教えていただいたように土を手入れして種を蒔いていく。
「ただいま戻りました」
声に顔をあげるとベスが帰ってきていた。規則正しい足音と共に私の傍までくると立ったまま覗き込む。
「なにをしているのですか?」
「近所の方から花の種を譲っていただいたので蒔いてみようと思いまして。見ますか?」
なにげない私の誘いに少しの逡巡を見せた彼女は、しかし小さく頷いて同じように並んでかがみ込んだ。
「これはどのような花が咲くのですか」
「大きな白い花びらを持った花が一輪ずつ咲くのだそうです。上手く育てば来年以降も球根から育って花を咲かせるのだとか」
花が咲くさまでも想像したのだろうか、少し
「ええ、そうね……ベスも楽しみにしてくれるのですね」
「あなたの植えた花ですから」
その言葉に僅かな引っ掛かりを覚える。
花が好きなわけではないのだろうか。そう思って視線を向けると、彼女は口元を押さえて視線を背けていた。ますますわけがわからない。
「どうしました?」
横から顔を覗き込むとベスは伏し目がちに視線を落として「なんでもありません」と首を振った。心なしか声がか細い。
これは、もしかしてよい機会なのではないだろうか。
息もかかるほどの距離で肩を並べて彼女と接することなど滅多にない。これからの日々を考えても、こちらから彼女の気持ちへ踏み込む必要があるのかもしれない。
「なんでもなくは、ないのではありませんか?」
ベスの伏し目がちに視線を落とす仕草は、なにか照れていたり恥ずかしいときの癖だ。私は身を寄せて俯き加減になったその顔を覗き込んだ。身体が彼女の肩に当たる。
その瞬間、彼女が呼吸を止めたのを感じた。
小さく震えている。あの心身共に鉄でできたような元使用人にして女主人、ベアストリが。
覗き込んだ彼女の顔は朱に染まり、なにかを堪えるように眉を寄せていた。
「どうしたのですか? ベス」
耳元で囁くと彼女は目を強く閉じて小さく鼻にかかった息を吐いた。
私の行いが彼女を乱していると自覚した。せざるをえない。
そして同時に思ってしまった。そんな彼女を、私はもっと見たい、と。
その刹那、彼女は私の土で汚れた手を引いて立ち上がり、勢いよく家の扉を開いて飛び込んだ。
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